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この恋に目を閉じて

作者: 丹来カナイ

初投稿です

街灯も疎らな暗い道。

車内には各メーターを照らす微かな光だけ。

通り過ぎていく景色は黒、黒、黒。

隣でハンドルを握る相手の表情すら、私の目には映らない。


「寒いなあ、温度上げるね」

「あぁ、」


返事が戻る前に、手慣れた操作で温度を一度上げる。

そんな自分に気づいて、心にぽっかり穴が空いた気がした。


車の運転手は、朝霧。

今年、期を同じくて入社した同期だ。

朝霧とは同じ部署であることもあって、仕事を共にすることも多い。


「今日は疲れたな」


今夜、私たちは残業をなかなか片付けることができなかった。

全てが片付く頃にはとうに終電を逃していた私。

そんな時には、こんな風に「帰り道だから」と気軽に私を送ってくれる朝霧。


そのことに些か、心が軋む。

ついひと月ほど前に朝霧は、彼女と別れて独り身になった。そして私には海の向こう側に彼がいる。


彼とはしばらく会えていない。それは、私が入社したばかりということもあるし、彼が転属になったということもある。


フロントガラス越しを捉えようと目を瞬きさせても、何も見えない。

ほとんど見えない暗さにあぐらをかいて、目を閉じる。



まだ入社前、3月の頃。

卒業間近の頃になっても、私は中々就職先が決まらずにいた。

周りはほとんど決まっていたこともあって、対外的にはそれなりでも、心の中は荒れ狂っていた。

でも、そんな荒れ狂った最中を支えてくれたのが今の彼氏だ。


思うと、ひたすらネガティヴで、暗い言葉ばかりを繰り返す私を、彼は諌めることも無視することもなく受け入れてくれた。

なんとか就職先が決まった頃には、彼を失いたくない、好きだと思う気持ちもあった。


就活がうまくいったことを伝えた夜に、彼は自分の思いを告げてくれた。

私を「好きだ」ということを。

でも、付き合ってほしいとは切り出されなくて、「何故と?」尋ねる。


「転属になった」


4月からは海の向こうに行くのだと彼は言う。それでもいいなら、付き合おうと。


返事は決まりきっていた。

思いが通じた興奮で、私はあまり深く考えていなかったのかもしれない。


それから、瞬く間に4月になって、朝霧とも出会い、忙しい折を縫って、夏休みに彼とも会うことができた。


でもどうしても、日々の生活の中で、彼という存在が薄くなっていくのは止められない。

仕事は、やり甲斐がある。

周囲に期待もされていて、身近に朝霧というライバルもいたから、余計に仕事をすることに執心した。


当然仕事にまつわる悩みや不安も当然あったけど、遠く離れた彼に伝えるよりも、近い悩みを抱える同期同士で打ち明けることが増えた。

別に、嫌いになったわけではない。

けれど、必然と毎日だった電話のペースが落ち、返信は間が空くようになってしまった。


彼は変わっていない。

変わったのは、私だ。

彼は欠かさず、終業後に連絡をいれてくれる。


「木村?寝たのか?」


朝霧の尋ねているようで、返事を求めていないその声に甘える。

聞こえていないふりをして、反応はしない。


彼氏の事を思い出そうとする。

すると、左頬を雫が伝った。

朝霧には、見えない雫。

私自身も感覚でしかこの存在を認識できない。

この涙の意味が上手に分からない、というのが素直な気持ちだ。


彼氏のことは今も好きだと思う。

一方、朝霧は仲良くしていても関係性のベースは会社の同期。

彼は、私をまおと呼ぶけれど、朝霧は木村と苗字でしか呼ばない。互いに高め合って仕事もしているし、助け合うことだってある。基本的に、朝霧は良いやつだ。

もちろん、元カノと別れるためにうだうだ喚いていた部分もあるが、それは争いを避けたがる性分から来ていることだと、半年以上の付き合いでわかってきている。


私は、朝霧が好きなのだろうか?

そう思って見たこともある。

でも、答えはいつも曖昧。


私には、彼がいる。

私を好きだと言ってくれて、そしてそれを行動で示してくれるあの人がいる。

なのに、どうして、この車の感触に馴染む自分を見つけてしまうんだろう。



しばらくして、気付かれないように涙を拭って、目を開ける。

そこは、やっぱり闇ばかりの見えない世界。

耳を澄ませば、声を落としてラジオから流れる曲を口ずさむ朝霧の声。


「寝てたのか?」


曲が終わって、少しだけ彼より高い声で尋ねてくる。


「寝てないよ。ただ、暗いから、目を閉じてたの」


そう、暗くて、はっきり分からないから、目を閉じていたいの。


今しばらくは、このまま……曖昧なまま。


居心地のいい身近な相手と遠く離れた信頼できる相手。よくないとわかっていてなお、はっきり決められない気持ちを書けていたら幸いです。


末尾の流れが書きたくて、仕上げたひと作でした。読んでくださりありがとうございます。

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