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パントマイマーの小さな恋

作者: 立花ゆずほ

その公園には、鳩を相手に毎日パントマイムを披露する男がいた。細身の青年だ。

彼はちょっと前まで、名の知れた大手企業で働いていた。入社から二年、常に営業成績はトップ。あっさりと整った顔立ちは、女性受けも良かった。

目立つ存在である分、やっかみも多く。人間関係にひどく傷つき、ついには声を出す事すら出来なくなってしまった。

彼は心に引っ掛かった何かを、どうにか表現したかったのだ。習った事も無いパントマイムを、見よう見まねでやってみた。


散り始めの桜が夕陽に照らされ、ピンク色に染まる中。

いつも通りパントマイムに勤しむ彼の前に一人の女が立ち止った。彼をじっと見つめながら、うっすらと涙を浮かべている。

彼はちょっと首を傾げてから、華を渡すような仕草をしてみせた。

女は潤んだ瞳のまま口元だけ笑みを浮かべ、それを受け取るマネをした。

二人は顔を見合わせて微笑んだ。男は胸が温かくなる感覚にくすぐったい思いをした。


それから毎日、女は男の前に現れた。時には夜遅くなる事もあったが、男は女が来るまで帰らずにパントマイムを続けた。

夏の夜は花火が遠くに見える事もあった。


女は少しずつ、話をするようになった。

「大好きな人に裏切られちゃったの」

「それでも、その人を忘れられなくて」

「新しい恋に踏み出したいと思ってるんだ。気になってる人もいるんだよ」

女はどうやら自分に思いを寄せ始めている。男もそれを心地よく感じていた。

だが、気持ちに応える勇気は、まだ無い。

何も変わらないまま、季節は秋になった。


その日が女の誕生日だと聞き、彼は小さな石の付いた指輪を用意していた。

しかし、その日、女は来なかった。落ち葉がひらひら舞い落ちる公園で、男は夜が更けるまでパントマイムを練習していた。


翌日。女は嬉しそうな顔でやって来た。

「あの人が、もう一度やり直そうと言ってくれたの。結婚も約束してくれたわ」

その左手には、大きなダイヤの指輪が光る。

男は大げさにリアクションし、盛大な拍手で祝福した。

「おめでとう」とは言えなかった。彼はだいぶ上達したパントマイムで道化た。

女は踊るように喜んで無邪気に笑っていた。

渡せなかった指輪はゴミ箱に投げ捨てた。

「何を捨てたの?」

女に聞かれて男は、笑って首を振った。


次の朝、男は公園に行かずに寝続けていた。

昨夜からうるさいくらいに雨が降っている。

テレビで台風の直撃をしきりに注意していても。避難を呼びかけるアナウンスが外から聞こえても。彼は布団に潜っていた。


しかし。

女の悲鳴に慌てて飛び出した。


膝まで水浸しの道路。川のように流れるその中で、あの女が必死にガードレールにしがみついている。水の力は、人間など簡単に飲み込んでしまう。

危ない。

男は夢中で女のそばへ行き、手を伸ばした。

「つかまれ!」

大声で叫び、女の手を掴む。グイと引き寄せて、ギュッと強く抱きしめた。

二人は避難所の小学校まで、手を繋いだまま黙って歩き続けた。


びしょ濡れで辿り着くと、一人の若い男が走り寄って来た。女がパッと手を離す。


「心配したんだぞ!」

「ごめんなさい。怖かった…この人が助けてくれたの」

二人は手を取り合いながら、男に何度も頭を下げた。

男は深く一礼し、その場から去った。女の甘えたような鳴き声が、背中に聞こえていた。


部屋を出た男は、バタバタと毛布を運ぶ職員を目にした。

「そっち足りるか」

「はい。毛布は足りそうです。でも、人手が全然足りません」

「仕方ない。職員もほどんとが被害を受けて、それどころじゃないからな」


男は深呼吸してから、力強く一歩一歩近付いて行った。

「何かお手伝い出来る事はありませんか」

声は少し震えていた。

振り返った職員は、驚いた表情からパアッと明るい顔に変った。

「おお。助かるよ。この毛布を運んでくれるかい」

男は言われるまま、夢中で働いた。


冷たい床に横たわっていた老女が、しわくちゃの笑顔でそれを受け取った。

「ありがとう」

「どういたしまして」

男は笑顔で返事が出来た。

もう、自分は大丈夫。男は頷いた。

字数制限のある投稿だったので、ちょっと詰め込んだ感が。今回アップするにあたり、改行だけちょっといじりました。

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