裏エピソード4
「お前、りょうとセックスしてるんだろ。気持ち悪いんだよ。出てけ、豚」
その言葉の意味をよく噛みしめる前に、優太朗が部屋から出て行ってしまった。残された私は、本当にきょとんとするしかなかった。
遼と付き合い始めたのはそう昔のことじゃなくて、今から3か月前の2月だ。向こうから告白され、付き合う理由もなかったけどそれ以上に断る理由もなかった。だからOKした。生まれて初めての告白に、私は少々舞い上がっていたのかもしれない。
友達には優太朗と私が付き合っているなどと勘違いしてる人が多かったけど、実際には私と優太朗は付き合っていない。私も優太朗も親友以外の何物でもないし、きっと優太朗もそう思っている。だって、もし私が優太朗で、私のことが好きだったとしたら小学5年生くらいの時点できっと告白している。それが中学3年生まで音沙汰無しなのだ。つまりそういうこと。友達に優太朗のことを突かれるたびに常々そう思っていた私は、そのことが証明されて自分の慧眼を褒めたいくらいだった。
ところが、その優太朗が最近おかしくなった。いつからかはよく覚えてないけど、ごく最近からだ。柄にもないことを言い出し、やたらと変なことを気にし始める。今日のそれは、その変なことの究極系だった。あの朴念仁の優太朗から、セックスなんて言葉が出てくるなんて想像の外にも程がある。優太朗の身に何が起こっているのか本当に心配になってくる。
肝心のセックスの話だけど、当然そんなことはない。というか、私と遼君は時々一緒に帰ったり、休日にその辺に出かけたりするだけで、キスすらしたことないのだ。そんなこと優太朗ならふつーに分かるだろうに、あんなことを口走るなんて。ただの情緒不安定なら笑って飛ばせるんだけど。
とにかくよく話をする必要があるのに、優太朗と来たら学校でもろくに顔を合わせてくれない。何をそんなに気にしてるのか、複雑なのは乙女心と秋の空とはよく言ったものだけど、これでは優太朗の方がよっぽど乙女だ。男なら男らしくドーンと来ればいいのに。
5時間目。給食の後の午後の授業は眠くなる。国語の授業、私とは教室の反対側に位置するクラスメートが教科書の朗読に当てられていた。ということは、私は今日当たらないな。この先生は席順で当てていくので、私は安心して自分の考えに没頭できた。穏やかな日差しの中、机の陽だまりの上で、私は自然とまどろんでいた。視界がぼんやりとし始め、意識はいつの間にか昔日の夢の中に飛んでいた。
あれは優太朗も私もまだ小学校に上がる前の話だった。年齢で言えば5歳くらいだったかな?
お互いの母親に連れられて、私と優太朗はとある有名な遊園地を訪れていた。4人はまるで親戚か、それでなくとも傍目にはすぐに深い繋がりが見てとれたと思う。実際ただのお隣さんじゃないしね。行きの新幹線の中でもお母さんは優太朗のお母さんとのおしゃべりに夢中で、私らにはほとんど目もくれなかった。まあ私は私で優太朗で遊んでたからいいんだけど。
日帰りの遊園地は中々楽しいものだったと思う。実際にはその後の出来事が印象的過ぎてよく覚えてないのだけれど。
夕日が水平線の彼方に沈んで、周りが華々しくライトアップされてきた頃合いだった。私は優太朗と共にお母さん達とはぐれてしまったのだ。トイレに行くという私に優太朗がくっついてきて、私はそっちを目指していたのだけど、途中で優太朗がキャラクターのパレードに目を奪われ、ふらふらとそちらの人だかりの方へ吸い寄せられ始めた。当然そこは混雑してるので、体の小さな優太朗はもっとよく見える場所に行こうと人ごみの中へ突っ込んで行った。
「もう、待ってよ!」
私が言うのも聞かず、優太朗は人ごみをかき分け続ける。ようやく腕を掴んで私が言った。
「迷子になっちゃうでしょ。パレードなんて後からでも見れるよ」
「えー」
優太朗は不満そうだったが、とりあえず私に手を引かれて言う通りにした。だが、人ごみを抜けてしまうと、それはまるで知らない通りだった。人をかき分けて進むうちに、全然違う方向へ出て行ってしまったのかもしれない。今思えば、それは大した逸れ具合でもなかったのかもしれないけど、当時の私は園内の地理を全く覚えておらず進行はお母さん達任せで、トイレへの道筋だけを一時的に記憶していたに過ぎなかったのだ。
通りで立ちすくむ私の気も知らず、私と手を繋いだままの優太朗が暢気に尋ねた。
「りんちゃん、トイレどこ?」
「まよった」
簡潔に言ったそれだけで、優太朗の眉が心配そうに下がる。ぼろ泣きまであとツーステップぐらいだ。
「え、迷ったの? お母さんのとこに戻れるよね? ね?」
「あーうるさい。ゆうちゃんがパレードの方に行くからでしょ!」
ちょっと強く当たると、優太朗はそれだけで涙目になった。いや、実際には不安のせいが大きかったのだろうけど。
「だって、りんちゃんが一人でトイレ行こうとか言い出すから。だからお母さんちと一緒に行けばよかったのに」
「トイレぐらい一人で行かないと。恥ずかしくないの、ゆうちゃんは」
「だって、ジッサイ行けなかったじゃん」
「それはゆうちゃんのせいでしょ!」
不安で大きく見開かれた瞳いっぱいに涙を溜めて、優太朗はオウム返した。
「ぼくの?」
私は私で不安で、なおかつ優太朗に腹をたてていたので繋いでいた手を振りほどいてこう言った。
「とにかく、りんなは行くからね」
そう言ってさっさと歩き出すと、後ろから優太朗のベソが飛んできた。
「まってよ! 置いてかないで!」