エピソード3
次に凜奈が俺の家に遊びに来た時に、何故彼女を家に上げてしまったのかは自分でも分からない。多分、玄関先で戸をぴしゃりと閉めてしまった方が俺も凜奈も負う傷は浅く済んだはずだ。それでもやはり、俺はそこに待っているのが良からぬものだろうと、進まずにはいられなかった。
無邪気に鼻歌を唄いながらやってきた凜奈とは対照的に、俺の心中は前回にもましてドス黒く染まっていた。
放課後の制服。俺のベッドに横たわって前回の漫画の続きを読み耽るその姿を目を細めて見やる。スカートから伸びる白い足、華奢な体躯、流れる黒髪。アダルトな事柄を子供の目から遠ざけ、あたかもそれが良くないことであるかのように扱っているくせに、世の大人はすべからくスケベなことをしている。この事実に俺は吐き気を催さずにはいられなかった。あいつもこいつも、全部エロいことで生まれてきたんだ。そのことに俺は、地上は不浄だと言う古来の神々の言は間違っていなかったと感じる。みんな汚らしい。俺は自涜する自分に嫌悪感を抱くのと同様に、世の大人に嫌悪感を抱いていた。そして、同じ感情を今、凜奈に抱いている。
「どうしたの、ゆうちゃん。ほんと最近何かあったの?」
そんな俺の様子を知ってか知らずか、こういう質問も増えた。前回もされたばかりだ。しかし、今回は俺にとって意味合いがまるで違った。相変わらず漫画しか読んでない凜奈に、俺は思わずいきり立った。
「あったさ! お前、汚いんだよ!!」
「は!?」
ばっと凜奈が立ち上がってこちらを向く。俺も椅子から立ち上がり、数メートルの距離を置いて凜奈と対立した。
「りょうと付き合ってんだろ。そういうのキモイんだよ!」
「意味分かんない。なんで優太朗にそんなこと言われなきゃならないの? てかそもそも汚いって何。謎なんですけどー?」
語尾を上げた口調にまたイラつく。しかし、俺の口はりょうから言われた言葉をすんなり口にすることを拒んだ。
「だから、そういうの。キモイし、うざい」
「今の優太朗の方がキモイしうざいんだけど」
世の中に性行為はいくらでも転がっている。俺はそんな事実を信じられなかったし信じたくなかった。世間が触れてはいけないことのように扱っているのが増々気に食わなかった。
「くんなよ、もう。お前キモイんだよ。エロ凜奈!」
「は? エロ? ほんっと意味分かんない。何、急に怒ってんの」
立ち上がっている凜奈。彼女は同年代の女子の中でも発育の良い方だった。足から腰、胸、首元、顔。もう昔のあいつとは違う。けれど、俺は凜奈の何を見ていたのだろう。多分、目には見えない部分だ。
つかつかと凜奈がやってきて、俺の目の前に立ちふさがった。
その目が、怒りの色をいくらか失って気遣わしげな様子を見せ始めた。
「ねえ、ホントどうしたの。私が何かしたなら、言ってよ。それで悪かったら謝るし、違かったらあんたが謝る。それじゃ駄目なの?」
「っ……!」
おもむろに凜奈が俺の手を包む。まるで大事な宝物のように。
「ずっとそうしてきたじゃん。どうしたの」
「るさい!」
俺がその手を乱暴に払うと、勢いで凜奈は数歩よろめいた。ベッドの淵にひざ裏をぶつけ、そのまま背中から倒れ込んだ。ベッドに仰向けに倒れ込んだ凜奈。息で上下する、膨らみを見せ始めた胸。
俺は冷然とその肢体を見下した。
「お前、りょうとセックスしてるんだろ。気持ち悪いんだよ。出てけ、豚」
言葉と色を失っている彼女と、俺はもう同じ空間にいることは出来なかった。たまらなくなって、俺が自室を飛び出した。豚は俺だ! 何故なら、何より凜奈にそんなことを言ってしまう自分が嫌いだったのだから。