エピソード1 続
その日は父さんも母さんも仕事でまだ帰ってきてなくて、俺は一人でテレビを見ていた。凜奈は決まって俺の部屋で駄弁りたがるから、仕方なく切り上げて俺も自分の部屋へ行くのだ。彼女を一人で俺の部屋へ置いておくと、何をされるか分かったもんじゃないから。
凜奈は部屋へ入るなりまた俺のベッドへとダイブした。
「優太朗、ひま」
「知らねえよ」
彼氏にでも構ってもらえ、と言う言葉をぐっと飲み込んで俺は自分の机に向かった。凜奈が付き合い始めてから数か月。俺は今のような軽口すらいえなかった。
「ねえさー、あんた最近暴言酷くない? 荒れてるの?」
「バカいえ。俺が品行方正なことぐらい知ってるだろ」
ははっと笑われる。
「優柔不断な引っ込み事案の間違いじゃなくて?」
俺の印象は、幼い頃から変わっていないらしい。ふん、と鼻を鳴らしてみせる。
「で、今日は何か用か」
すると、凜奈やや顔を曇らせた。
「あ、うん……えっとね。最近、遼君がさ……」
「りょう君って誰だよ」
「2組の鈴谷遼君だよ。もー何回言ったら覚えるわけ」
もちろん覚えてる。意味のないことだ。でも、やらずにはいられなかった。凜奈の彼氏だ。
「あんたの家に入り浸るの辞めろだって。意味分かんなくない? 流石にそこまで縛るのはどうかと思うんだ」
どうやら、付き合って数か月でようやく気が付いたらしい。奴と凜奈がどんな会話をするのかは知らないが、どうしてか気持ちが浮き上がった。しかし、俺の口は脳及びハートとは結びついていないらしい。こう口走っていた。
「当たり前だろ。そういうもんだ」
すると、凜奈は口をへの字に曲げた。
「なに、あんたもやっぱり迷惑だったわけ。だったらちゃんとそう言ってくれればよかったのに」
言っただろ! という心の声はさて置いて、俺は大変言葉に迷った。どの言葉が自分の声で、どれが言うべきセリフなのか。心の中で無数の言葉が浮かんでは消え、消えては現れる。
迷ってるうちに、凜奈が先に口を開いた。
「前にあんた迷惑じゃないって言ったよね?」
しっかり覚えてやがった。しかも都合の良い部分だけ。
「そうだけど……」
「私が誰と遊ぼうが、遼君が制限するのはおかしいと思わない!?」
そうだろうか、
「お、おかしいな。うん」
「でしょ!? だからね、優太朗が迷惑だったら辞めるよ。どうなの」
まさかの再選択である。この前のやり取りを思い出す。あの時、俺はもごもごとごまかしてしまった。迷惑なのだろうか? いや、実際には全然迷惑なんかじゃない。でも厭わしいと思ったことはなかったか? いやそもそも、俺は何を厭わしいと思ったのか。
ごちゃごちゃと頭の中に浮かんだ考えは全て消え、
「うん、迷惑じゃないよ……」
「でしょ!」
結局俺は幼い頃の優柔不断な優ちゃんに返るのであった。くそ!