エピソード1
幼馴染の凜奈がやってきたのは、夕日も完全に没してしまった午後8時の頃であった。
「んだよ、もう夜なんだけど……」
玄関口でだるそうな声を演出してみるも、彼女にはまるで無効であった。
「いいじゃん、どうせ徒歩10秒の距離なんだし。あんたの家と私の家に垣根があった時期があると思うの?」
ない、断じて。少なくとも凜奈から見た場合は。深くため息をついて、俺は彼女を家に上げた。
ここに越してきたのは俺が4歳の頃だった。おぼろげながらもその頃の記憶はある。母さんの地元で買ったマイホームは彼女の親友の家が隣に位置していた。そんな立地条件だから、当然俺らの家族と凜奈の家族との交流は存在せざるを得なかった。
小さい頃はまだ人見知りだった俺は、初対面でも物怖じしない、明るく元気な凜奈に引っ張られて遊んだ。近所の公園や浜辺に行くたびに、知らない土地が怖くて腰がひけて半泣きになっている俺を、凜奈は強引に引きずり回した。
小学校の6年間を経て、現在中学3年になった俺と凜奈の関係はおおよそ変化していない。しかし、だからと言って甘酸っぱい関係が続いているのかと言うとそうでもなく、凜奈にはもう彼氏がいる。中2の時に告白されて付き合うことにしたらしい、サッカー部で学年2位の成績を誇るどこに出しても恥ずかしくない彼氏が。
「お前、彼氏いるんだからもう俺の家に来んなよな」
ある時、俺にしてはきっぱりと言ったことがある。凜奈は俺の部屋のベッドに寝転んで漫画を読んでいた。努めて冷徹な声色を作っていたが、凜奈は俺のそんな努力を察することなく、漫画を読んだまま答えたのであった。
「え?なんで」
「なんでも。そういうのよくないだろ」
ぺらりとページをめくる。凜奈は俺の忠告より漫画の方が価値のあるものだと思っているようだ。完全に聞き流されている。
「どうかしたの、急に」
「だから、迷惑だっての!」
声を荒げると、凜奈はびっくりしたように起き上がった。ようやくこちらを向いた目は驚きに見開かれている。
「え? わたし迷惑だった? 本当に?」
正面から見つめられると、今まで抱いていた感情を凜奈にぶつけるのが何故か躊躇われた。その感情はどこにぶつけたら良いか分からず中途半端に虚空を彷徨い始める。
「いや、迷惑じゃない。やっぱ……」
結局俺は俯いて、もごもごと言葉を濁すのだ。そんな時、凜奈はきょとんとして、それから笑い出す。
「変なの」