夏雲と地平線
事実をありのまま書いた物です。
少しオブラートに包むべきだったような気もします。
あと下品ですのでお嫌いな方は戻ってください。ほんと下品です。
高校二年の事である。実話である。
学生なんて頭悪い癖にエネルギーだけ有り余ってるもんだから、思考がワケの解らない方向にすっ飛ぶ事が多々ある。
そんなお話だ。
友人グループの中でも「言いだしっぺ」担当となるのが、S君だった。
そのイベントを言い出したのもS君だった。
曰く、「今度の休日、隣町の温泉まで自転車で遊びに行こう」と言う物だった。
隣町と一口に行っても、僕の住んでいるのは北海道の端、ド田舎県ド田舎市のド田舎村なので、隣町へ行くには自転車で山を登り、峠を越え、長い長い国道を突っ走る必要が在る。正気の沙汰とは思えないので、僕は「またSがトチ狂った」と済ませるつもりだった。
が、なんだかんだでそのイベントは決行される事になった。奴の企画は、なぜか通る。そして通った場合、大抵なんだかんだで良い結果を残したりするので、釈然としない。
友人グループの全員が参加するわけではなかった。当然だ。得る物が無い。
差し当たって、家の近い四人がメンバーとなった。
僕と、言いだしっぺのS。それに運動センス◎だが根性×のN。そしてこの旅路で最初の脱落者となるTだ。
Tの脱落は早かった。
快晴となった当日の朝、待ち合わせ場所に彼は来なかった。
ケータイで連絡するでもなく、本当にただただ来なかった。ので、僕らはTの家へ直接迎えに行った。近かったからだ。近いくせに来なかったのだ。許されたもんではない。
インターフォンを鳴らして出迎えてくれたのは、Tのお母さんだった。
お母さんは二階に向かってTへ呼びかけた。これでTも出てくるだろうと思い、僕ら三人は庭先でそれを待った。
その間に僕らは、実に様々な種類の罵倒の言葉を用意していた。
数分後、二階の窓が開き、Tが顔を出した。
パジャマではないか。
何やってんだこいつ、と、唖然とする僕らにTは叫んだ。
「俺、眠いから行かんわ」
三人で隣町へ向かう道中、Tへの愚痴が話題になったのは言うまでもない。
そのあまりのクソ対応には「U・D・C」との異名が付けられ、後の『歩く迷いの森』の名と並び、Tの代名詞となった。
専門学校時代になって「JTの回し者」と言う仇名が着くまでは使われたのではないだろうか。
そちらのエピソードも大概に酷いもんなのだが、割愛する。
そんな彼の厚顔無恥さを語り草にしながら、僕らはすでに不安の種を抱えつつ、自転車での峠越えを決行したのだった。
自転車で十五分ほと飛ばすと、山道へ入る。
未だにテンション(´∀`∩)↑age↑ageなSに対し、僕とNはもう死にたくなっていた。
蛇行する上にアップダウンの激しい山道は、照りつける太陽光との波状攻撃によって、僕らの体力をガリガリ削ってきた。
RPGゲームの毒沼の如く、だ。
運動部のSは兎も角、帰宅部のエースであった僕と、辞書の「忍耐」の欄に打ち消し線を引いているNはたまったもんではなかった。
特にNの我慢の出来なさはちょっとした物で、五時までに帰れないから、と言う理由で部活を辞めたその面倒臭がりたるや、筋金入りだった。なんで参加したんだこいつ。
「今なら間に合うぞ! 引き返して家に帰ろう!」
「却下」
Sは聞き分けがなかった。
この青春エネルギーを止めるには、それなりにもっともらしい理由が必要だろうと思えた。
そして僕らはそれを用意できなかった。
やがて、下り道に入ると、自転車は軽快にホイールを転がしはじめ、僕らはしばし足を休めることができた。
風を切って高速で下る爽快感はなかなかの物だったが、「帰りはこの坂を登る」という現実が胸を重くした。
そんな折、Nがなかなか冴えたことを言いだした。
「この先の湖沿いに、観光旅館があるじゃん。あそこの温泉は開放されてるから、そこで風呂入れば、わざわざ隣町の温泉なんか行くことないよ」
僕はNになら尻を貸しても良いとすら思えた。
ここぞとばかり、意見に乗っかり、Tの説得を試みた。
「いや、隣町まで自分の足で温泉に入りに行かなきゃ駄目だ。思い出にならない」と、Sは脳味噌で発酵させたフルーツスイーツみたいな事を言った。
この貴重な高校時代に、思い返せる体験を作るのが目的なのだと言う。
まあ、普通に「死ね」と思った。
やがて、山道は終わり、ついに恐れて居た風景が姿を現した。
長く長く、何処までも滑走路のように伸びる国道である。
一面に広がる空と、畑。
そこを真っすぐに貫き、地平線の向こうまで伸びて行く長大なアスファルト。
景色は良い。
景色は良いが、あの、日の落ちて行く向こう側へまで続いているんじゃないかと言う、とにかく果てしない道を、時速100キロでぶっとばす自動車の脇を、自転車でせっせと漕いで走って行かねばならない。
しかも平らでは無い。
本当に地味なアップダウンが何度も待ちうける。
ちょっと勾配のきつい坂なら、降りて自転車を押していけば良いと思えるのだが、生殺しのように緩く長い坂道は、こちらのペース配分をかき乱してくれる。
相変わらずに、空は快晴。
風にそよぐ深緑の草々は、大自然の脈動を感じさせる。その中を人の敷いたアスファルト道路が切り裂いて、僕らの行き先を何処までも遠く導いていく。真っすぐだけど、終わりが見えないその道は、なまじ複雑な迷路よりも僕らの心を不安にした。
何処までも仕切りの無い広大な世界の中で、僕らは青春の迷子になっていた、とかなんとか。
最初の内は会話もあった。
しかし、漕げども漕げども、ループするかのように現れる道の先が、次第に会話する思考を麻痺させていく。
話題もなく、無言で走り続けては気が狂うに違いないので、誰ともなく大声で歌い始めた。
青空の下で「天体観測」を熱唱した。恥ずかしい事は無い。
確かに、その様は青春の一ページらしく感じた。
ただ、そのうちに歌のレパートリーが尽きた。
自転車をキコキコと漕ぎながら、次々と僕らを自動車が追い抜いていく。
その光景が、じわじわと僕たちの精神を蝕み始めた。
異変は早かった。
疲れから来る、Sの発狂である。彼の鋼の精神もまた、疲労に侵されていた。
歌も止んで久しく、数キロを走ったあたりだったろうか。Sが突如として男性器の名称を叫び始めたのは。
驚くなかれ、高校生男子はそんなものである。普段からシモの事ばかり考えて居るのだから、余裕が無くなった時に飛び出すのがシモネタである事に、何ら不思議はない。
そしてこれは高校生男子特有の、追い詰められた時に発生する、一種のテンションの反転でもあった。
まあ、そういう事は特に関係なく、Tは普段から息をするように「チ○コ」とか言う男だった。
僕も叫んだ。
喉が枯れるほど叫んだ。
国道の中ほどに、シモネタを大声で唱えるチャリンコのアホの姿が二つあった。
Nは完全に白けた様子だった。
この男はシモネタにはかくも厳しかった。
その時ちょうど、「野菜直売所」なる無人の小屋が見え始めた。
それは久しく僕らに与えられた、日陰に成りえる物体だった。
Nは即死した。
「ぬわあん!疲れたもお!」
直売所の前で自転車を降り、大の字になって喚いた。
僕もここぞとばかりに水分補給を行った。Sだけが、先を急かしていた。
Sの焦燥も解りはした。
何せ、先ほどまで延々とチン○だのチ○コだの叫んでいたうら若い青少年が、直売所の前でアジの開きのように横たわっているわけだ。
まあ別にNが叫んでいた訳ではないが、青春の一ページどころか売春の一ページになっても可笑しくは無い。
僕らは必死にNを殴る蹴るという方法で励まし、先を急いだ。
その後、陸橋下の日陰で次は僕が死んだ。
一瞬の日陰が作る癒し空間の破壊力は、相当な物だった。
しかし、目的地である温泉は目と鼻の先だった。
もう少し、あと少し、僕を奮い立たせるに足るだけの何かが、温泉には求められた。
棒になった足を踏ん張り、ペダルを漕いで、唸り声をあげながら、僕らは再び風を切った。
ペットボトルの水を被り、遠吠えのように唸って、夜叉のような形相で走り続けた。
丘になった坂道を上り、景色を遮る物がなくなった時。
道の向こう側には――。
「見えたぞぉ! 龍の巣だぁ!」
叫んでは見たが龍の巣ではない。温泉だ。
天然温泉を有する健康ランドは、砂漠のオアシスの如き神々しさを持って、僕らを出迎えた。
全てが報われた。
そう思った時、疲労で濁った僕の視界は、黒い雲が霧散していくかのように晴れ渡った。
肩こり、腰痛、リウマチに効く幾多の天然成分が。
刺激的な快感と新鮮な体験を期待させる、電気風呂の装置が。
そして、今まで僕らを苦しめた、果てしない快晴の青空を仰いで浸かる、最高の露天風呂が。
恐らくは、求められる悦楽の全てが、そこには在った。
そして、Sは言い放った。
「いや、ゴールは此処じゃないぞ。市街地に行ってまずは飯を食おう」
急速に視界が濁った。
市街地までの道のり、正にあと五キロ。
それは僕とNのソウルジェムを漆黒に塗り潰すには、十分すぎる一撃だった。
はたまた、Nは既に魔女と化していたかもしれない。性質は怠惰に違いない。
もう何もかも、どうでもよかった。ただ、温泉に浸かり、大地の温かさに慰めてもらいたかった。
そしてとっとと自転車を捨ててバスにのって家に帰って扇風機に当たってプレステ起動してSIRENをやりたかった。
けれども、僕らは走った。
なぜなら、腹が減っているのもまた、確かだったから。
その後、道東の市街地を魂を抜けた顔で闊歩するゾンビ一行の姿が目撃されたと言う。
その絶望は、帰り道の最後に待ちうける峠道によって最高潮を迎える事となる。
適当にざるそばで腹を満たし、潜るように温泉に使ってサイダーで喉を潤し、さっぱりした気分は、帰りに同じだけの道のりを辿る事に寄って、全てが憎しみに転嫁された。
けれど、僕らにSに対する恨みは無かった。
彼もまた、辛い道のりを乗り越えた仲間だったから。
不本意ではあったが、この体験は苦難を乗り越えると言うプロセスを踏んで、僕と、Nと、Sの間に、三日程度は続く強固な絆を作り上げていた。
さて、では鬱屈した負の感情がどこへ向けられたか。
当然Tである。
翌日の事だ。
僕等はこの愚かしい旅路を、けれど親しみを込めて、英雄譚の如く語った。
それを聴く輪の中に、Tも居た。
Nが動いた。僕も動いた。その時、思考は白く、ただ本能が僕らを突き動かしていた。
「SET――」
どちらからともなく、無駄に流暢な発音で合図を送った。
NがTの背後に、そして僕が全面を押さえ、挟み撃ちの形を作った。
突然の事に焦るTを尻目に、僕等は腰を落とし、Tの股ぐらにそれぞれ腕を差し込み、お互いの腕をがっしりと握った。
そして、両足で立ち上がると共に、振り上げた。
健康的な男子高校生二人分のパワーが、昇龍の如き唸りを上げて、Tの股間を直撃した。
「いやいやいやいやいやいやいやいやお前ら何してはヴんっ」
などと意味不明な事を言いながら、Tは宇宙を見たとかなんとか。
暑さから現実逃避したくて書きました。