その2
説明が遅れたが、この高校の校庭は、だいたい200メートル×300メートルの長方形で出来ていて、校門に面する東面を除いて三辺は土手や校舎や体育館をつなぐ小道に囲まれている。そして校門と対面するように校舎、そこから左を見れば体育館がある作りになっている。ちなみに岡崎が腰かけている朝礼台は、校舎を背に校門を向くように置かれていた。
その朝礼台の方から聞こえてきた、気の抜けたホイッスルの音に岩本は反応した。
「なんだか力が抜ける開戦の合図だな……」
言いつつ、岩本のいる位置からちょうど対面に築かれた敵方の拠点に目をやる。
男子の体育委員である川田陣営の拠点は、長方形の校庭の南西の一角に築かれている。そちらは野球部が主に使う一角で、その拠点の背後には野球で使うバックネットがそびえ立っていた。
拠点自体の防備は、ピッチャーマウンドの辺りに、扇状に雪を盛った防壁がまず一つ。恐らくその後方、ちょうどホームベースの辺りに旗があるのだろう。それからその防壁より左右十メートルほど前に、同じく雪を直線に盛った防壁が一つ。その防壁一つ一つには、三人くらいは人が隠れられそうだった。対する岩本の拠点の守りは、現段階では小さな防壁が一つあるだけだ。
「この短時間でよくやる……」
その防壁の近くの雪にスコップが何本か刺さっている所をみると、それを使って短時間で防壁を作ったのだろう。それならば、ただ雪を盛るだけの防壁は簡単に作れる。
「ま、あっちにそれくらいの利点があるのは、最初から分かってた事だろう?」
敵方の拠点を観察する岩本の隣に、彼の陣営の参謀的な役割を担っている城出が立つ。
「ああ。あっちは主に運動部が使う場所だからな。スコップの置き場所もあちら側にある。防御なら川田の拠点に利があるだろう。だが、こちらにはこちらで、別の利がある」
川田陣営とは相対する北東の一角。この一角には木々が多い茂り、一般生徒は元より運動部も滅多に使う事がない。また校門や昇降口とも遠く、人があまり寄り付かない。
それはつまり、誰の足跡もついていない雪が大量にある、という事だ。
いくら交通機関が若干麻痺するほどの積雪といえども、そもそも降雪の量が少ない地域なのだ。日も中天に差しかかるこの時間となってしまえば、その絶対量も、気温の関係や雪に対する生徒たちの好奇心によって少なくなる。事実、あちら側にある雪のほとんどは防壁に使ってしまったらしく、辺りにあるのは踏み固められた黒い雪ばかりだ。
辺りの雪の絶対量は、そのまま作れる雪玉の段数に直結する。
つまり、川田が防御に重きを置くのならば、岩本は攻撃――その手数に重きを置いたのだ。
「それでも常套に勝ちにいくのなら、あっちの拠点の方が有利なんだけどな」
と、城出がぼやく。
「言うな。俺は今日、一つの裏切りにあっている。朝のお天気お姉さんのお言葉によれば、俺の今日の運勢は最高にいいハズだったんだ」
「ああ、岩本、ジャンケン全敗だったもんな……」
そうなのだ。岩本は先ほどの「取りジャン」において、奇跡の九連敗を喫したのだ。よって、男子の総戦力は川田に分がある。戦力の差がある敵に対して真っ向から正攻法を挑むほど、岩本は愚かではなかった。それに、これは「負けてはいけない」戦いではなく「勝てばいい」戦いなのである。正攻法で戦っても、ジリ貧になりながらも授業時間中に負ける事はないだろう。しかし、それではすっきりしない。勝つにしろ負けるにしろ、物事はハッキリとしていた方が気持ちいいものだ。少なくとも岩本はそう思っている。だから負ける確率も勝てる確率も低い正攻法より、負ける確率も勝てる確率も高い奇策で攻めるのだ。
(それに……裏切られたと思ったお天気お姉さんは、やっぱり俺の味方だったみたいだ)
城出と他愛ない会話をしながら、なんとなく視線を左に逸らす。その先には、女子を率いてきた厳原の姿があった。
――彼女は、女子ハンドボール部のエースである。身体能力はそこらの男子よりも高く、また彼女の引き連れてきた女子の多数が運動部所属のスポーツ少女だったのだ。これで男子の戦力差が少しは埋まった――
(……っていう建前)
実を言うと、自分は厳原に少し気があるのだ。彼女は常に明朗快活、傍にいる人間に笑顔を分けるような女の子だ。そんな太陽みたいな子の傍にいたいと思うのは、男として当然の想いだ。
(……みたいな本音)
有り体に言うと。
気になる女の子と共闘する→俺、活躍→気になる女の子「○○くん、すご~い!」→俺「いや、それほどでも……」→計画通り――という事だ。
学級委員長、岩本。
まわりの友人には堅物的なポジションだと思われ、目上の人間には堅苦しい言葉を使ったり、趣味は時代劇観賞でも、中身は普通の高校生男子である。