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snow wars  作者: 檜 楓呂
1/16

その1

ちょうど三年前の冬、自宅の庭に雪が積もってるのを見て書き始めて放置してたやつを、完結させたものです。

「えー、今日の体育は、雪合戦をすることにします」

 太陽も中天に差しかかろうかという、午前十一時。学校の取り決めによって定められた時間枠で言うのなら、三時間目の授業。その時間の授業である体育の担当教師が、校庭に集まった自分の受け持つ生徒たちにそう言い放った。

「ああ、やっぱりそうなんだ」「まぁ当然って言やぁ、当然だな」「校庭一面、真っ白だもんね」「でもこういうのも楽しいと思うぜ?」「確かに。その気持ちに異論はないね」

 その言葉を受けた生徒たちの間では、そんな言葉が囁かれた。

 彼らが通うその学校は、関東のほぼ中心にある都道府県のやや南西にある市に建てられた市立高校である。近年の温暖化により、ここ二、三年は雪が降り積もる事などはまったくと言っていいほどなかった。

 しかし、その前の晩には雪が降り、その地方では珍しいくらいに――珍しすぎて交通機関がやや麻痺してしまう程度に――積ったのだ。その様子に、例外はあれど大多数の子供たちは喜び、大多数の大人たちは溜め息をついていた。

「……はぁ」

 その例に漏れず、例外的な授業内容に浮足立つ教え子たちを眺めながら、体育教師の岡崎は溜め息をついた。学校に出勤する際に何度車のタイヤが滑って冷や汗をかいた事か、とか思っている訳ではなく、せっかく買ったばかりのおニューなシューズがびしょびしょじゃねーか、とか思っている訳でもない。

(俺にもあんな時代があったんだよなぁ……)

 ただ単に彼は、雪にはしゃぐ若い生徒たちに昔の自分を投影して、若かりし頃を思い出しているのだった。例えば雪が降ると嬉しく思えたりする事や、雪が縁で交際関係に至ったかつての恋人の事など。

「で、岡崎先生」

「……はぁ、いつから俺はあの無邪気な気持ちを地元に置いてきたんだっけかなぁ……」

「先生?」

「……ん? あ、なんだ?」

 と、少しばかりセピア色になった青春を回想していた岡崎の意識は、そのクラスの学級委員である岩本の言葉で現実へ回帰する。ついでに今のちょっと恥ずかしい独り言を生徒に聞かれていなかったどうか気にする。

「さきほど雪合戦をすると言われましたが、実際どんな感じにやるんですか?」

「ああ、そうだな……」

 岩本の言葉に、岡崎は考える。雪合戦をする、なんて言ったのは、どうせグラウンドには雪が積もっててまともな体育の授業なんて出来ないと判断した末に導き出された答えなのだ。有り体にいうと、とりあえず雪合戦とか言っときゃいいかなと思ったのだ。

「……どうしようか」

 つまり、雪合戦について詳しい事は何も考えていなかった。

「あー、まぁあれだ。雪合戦にはそんな厳密なルールはないと思う。つか俺が知らんから、ないって事にしておいてくれ。だから……とりあえず二つの陣営に別れて、楽しめばいいんじゃないか?」

「子細承知しました」

 岡崎のそんな曖昧な指示に、岩本は頷く。そんな喋り方で疲れないのだろうかと岡崎は思ったが、口にはしない。

「んじゃま、とりあえず二つの陣営に別れてくれ。……そうだな、とりあえず委員長の岩本陣営と、体育委員の川田陣営で」

「はい」

 その言葉を聞き、岩本の隣に川田が歩いていく。そして両者の間で、公平正大なるジャンケンによる人材引き抜き――地方によって言い方は変わるが、いわゆる「取りジャン」が行われる。その間岡崎は手持無沙汰に、なんとなく持ってきた小さな旗が五つ入った筒から一つ旗を取り出して弄びながら『仲間外れとか出ないよな、このクラスは。みんな仲良さそうだし』なんて事を考えていた。

 そして三分ほど経った所で、両陣営の面子も定まったようだ。

「決まったみたいだな。それじゃあ……勝利条件でも決めるか」

 岡崎はそう言って、三分間の間にひらめいたアイデアを提示する。

「適当に拠点を決めたら、この旗を雪に差して立てておいて、それを奪われたら負けな」

 そう言って岩本に赤色の旗を、川田に青色の旗を渡す。

「そしたら最後に禁則事項を言い渡すぞ」

 禁則事項その一、雪玉の中に石とか硬いものをいれない。

 禁則事項その二、雪玉を氷のように固く握らない。

 禁則事項その三、イジメ、ダメ絶対。

「んじゃ、いまから五分くらいの間に、どっかで拠点を作ってくれ。俺が笛を鳴らしたら開戦な」

「はーい」「はい」「りょうかーい!」「かしこまった」「うぃー」など、そんな風にバラけた返事をよこした生徒たちに頷くと、岡崎は校庭が一望できる場所にある朝礼台に腰かけた。そこにも雪が積もっていたが気にしない。

「あ、岡崎さーん」

 そして、若いやつらは元気だな、と年寄りくさい事を考えていると、不意に背後から声をかけられた。振り向くとそこには、女子の体育を担当する峰崎がいた。

「ああ、なんスか」

「いやね、男子が雪合戦するって言ったら、女子もやりたいって言いだしてね~」

「へぇ……」

 岡崎は気のない返事をしながら、なんだってこんな雪の日に体育館での授業をほっぽり出してまで外に出たがるんだろうか、と考えていた。

「だから女の子も混ぜてくださいな」

「…………」

 その間延びした朗らかでにこやかな提案に、岡崎は考える。果たして、高校生の体育の授業を男女共同にしてしまっていいのだろうか、と。

「ま、いっか」

 結果。

 体育祭も男女共同みたいなもんだし、高校生にもなって好きな女の子とか気になる女の子を狙って雪玉を投げる男子はいないだろう。そういった結論を出した。

「良かった~。それじゃあ女の子も混ぜてもらいますね~」

 その言葉に、峰崎は嬉しそうで無邪気な笑顔を浮かべる。その笑顔を見て、『確かこの人って俺より年上なお姉さんだったよなぁ。年下にしか見えないんだけど』なんて考えつつ、岡崎は岩本と川田を呼ぶ。

 呼ばれた二人は雪が跳ねるのも構わないといった風に、岡崎の元へ駆け寄ってくる。

「すまないな、二人とも。ちょっと女子も雪合戦したいそうだから、また二人でジャンケンによる――」

 そこまで口にして、ふと思い至る。高校生と言えば、中学生ほどじゃないにしても思春期な事には違いがない。そんな男子に、女子を選んで自分の陣営に加えろっていうのは何だか酷じゃないのか。少なくとも俺はそうだった。仮に選ぶとしても、「じゃあ運動神経のいい○○を選ぶ」とか「じゃあハンデで○○を入れてやるよ」とか青臭くてたまらない言い訳を混ぜていたと思う。そして後々になって「あいつ○○のこと好きなんじゃねぇの?」とか友人の間で囁かれて「ばっ、ちげぇよ、そういうんじゃねぇっつの。あれだよ、ジャンケンに負けたからしょうがなく入れてやったんだっての。俺が自分から進んで選んだわけじゃないから」とか言って、それをその○○ちゃんに聞かれて泣かれて超焦ったりするかもしれない。いや、するに違いない。俺が経験者だし。そんな思いをするのは、俺だけで十分な気がする。(←この間、約三秒)

「ジャンケン?」

「ああいや、違う。女子も雪合戦したいそうだから、混ぜてやってくれ。峰崎先生は、女子に二つの陣営を作らせて、赤チームと青チームに分けてください。それでチームが決まったらお前らのところに行かせるから」

 よし、我ながらナイス配慮。これなら男子は元より、女子も深く考えずに所属する陣営を選ぶことが出来る。岡崎は内心そう思う。

「ああ、分かりました」

 岡崎の言葉に、二人はそんな返事を残して自分たちの陣営に帰っていく。

「それじゃあ、峰崎先生も」

「はいは~い」

 峰崎も同様、間延びした声を残して体育館の方へ。

 一人その場に残った岡崎は、せっせと雪で防壁を作り上げている男子たちをボンヤリと眺め、

「……あの女の子に泣かれた時って、絶対に俺は悪くなかったよなぁ……」

 そんな呟きを洩らすのだった。


 岡崎が帰らぬ日々への追想をしている間にも、時間は着々と進む。

彼がボンヤリと、件の泣かせてしまった女の子にその場で告白されてしまいとてつもなく焦った事を思い出しているうちに、峰崎は女子を引き連れて校庭に出てきていた。

「岡崎さーん、女の子、まとめてきましたよ~」

 そして彼女は無邪気な笑顔を浮かべて岡崎の元へと駆け寄る。

「……あの時、その場の雰囲気でついうっかりオーケーしちゃったけど、それから恋愛をそんな軽いものと捕えていいのか自問自答の日々を送ったよなぁ……」

「あの、岡崎さん?」

「え? あ、峰崎先生……」

 と、目の前で声をかけられて、岡崎の意識は現実に帰郷する。ついでに今の身悶えするようなセリフを聞かれていなかったか少し心配になる。

「どうかしたんですか?」

「あ、いや、なんでもないです。ちょっと若者の乱れた恋愛について考えていただけです」

 その言葉に峰崎は「へー」と「ふーん」の中間くらいの発音の言葉を発する。

「と、とにかく。峰崎先生、女子のチーム分けは済んだんですか?」

「ええ、済みましたよ~。副委員長の奥田さん率いる青チームと、女子の体育委員の厳原いずはらさん率いる赤チームに」

「分かりました」

 岡崎はそう言うと、もう一度声を張って、岩本と川田を呼び寄せる。そして駆け寄ってきた二人に、それぞれの陣営に加わる女子を引き連れて行くように言い渡す。それを聞いた二人は、女子が固まっているところに行き、二、三度言葉を交わしてからそれぞれの陣営に加わる女子を率いて、現在制作中の自分たちの拠点に戻っていった。

 女子を引き連れた自分たちのリーダーが拠点に行くと、そこでまた会話が生まれる。「えー、お前が同じ陣営かよー」「それはこっちのセリフよー」だとかなんとか、そんな声が岡崎の耳にも届いた。

「……楽しそうだな」

 そう呟いて、なんだか自分が仲間外れにされて寂しがってるような気分に襲われる。

「それにしても、雪合戦なんて事になると、もう私たちの出番はありませんね」

 と、隣に立つ峰崎からそんな言葉をかけられる。

「ええ、そうですね。流石にあそこに交じれるほど俺も若くありませんし」

「ふふ、何言ってるんですか。岡崎さんも十分に若いですよ」

「俺もう、今年で大人六年目ですよ? というか、あなたほどではないと思いますけど」

「あらお上手。でも私、年上のお姉さんなんですよ?」

「年下にしか見えません」と喉元まで出かかった言葉を飲み込む岡崎。代わりに「ああ、そろそろ試合開始の時間だ」と言い、首から下げているホイッスルを手に取る。

「あ、私が吹きたいです」

「え?」

 また子供っぽい事言うなー、と岡崎が思うより早く、峰崎は素早く彼に近寄ってホイッスルを奪う。

「え、ちょ――」

 そして制止を促す岡崎の言葉よりも早く、息を大きく吸ってホイッスルに口をあてがい、

 ――ぴぃ~。

 そんな気の抜けたホイッスルの音が、雪化粧でイメージチェンジに成功した校庭に響いた。

「つーかこれ、間接キスじゃん……」

 そして岡崎の中学生のような呟きは雪に吸い込まれて消えた。


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