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【短編集】気ままに新たな自分を探して

騎士と魔導師と愛のお話〜仲間(仮)〜

作者: 春風 優華

「私を仲間にして」

少女は言った。年は、十代中頃。フードを目深にかぶり、マントに身を包んだ姿。辛うじて声と背格好で年がわかるほど。

「君は一体……」

少年は怪訝な顔をして少女を見た。少年の年は十代後半。膝まである長いマント、腰には剣、片腕に盾をした片手剣士風情。背中に大きな荷物を背負っている。

「私の名はない。通りが良くないので昔はフィナと呼ばれていた」

「そんなことが聞きたいんじゃない。なぜ一人でこんなとこにいる」

今度は少女が首を傾げた。

「一人でこんなとこにいるのはあなたもだろう」

「俺は旅をするという目的を持っているからな」

「私も旅をするという目的を持っている。だから、仲間にしてと言っているんだ」

少年は困り顔で何か少し考えて、一つため息。

「駄目だ、俺は一人で生きて食って決めた。仲間は必要としていない」

「そう、なら引き止めて悪かった。じゃあ」

「待て! 次の街までは連れていってやる。そこは安定した財力を持つなかなかいい街だと前の街で聞いた。ここで俺がほおっておいたせいで死なれたなんてことになれば寝覚め悪いからな」

少女はフードの下から少年を見つめた。まるで何か見定めるかのように。そして口元を少し緩める。

「あなたは、他の人と違って優しいのだな。だが安心しろ。私は死なない。少なくともこんなとこではな」

「他の人って、俺以外にも何人か聞いたのか?」

「何十人と聞いたさ。まぁ、皆すぐに駄目だと言って去ったがな。不気味がって背中から切りつけてきたものや、仲間になると言って油断させ持ち物を強奪しようとしたものもいたかな」

少年は衝撃の事実を聞かされ少したじろぐ。この幼き少女がまさかそんな経験をしてきたとは思わなかったらしい。

「どうして生きてる、とでも聞きたそうだな。教えてやろう、簡単なことさ……逃げたに決まっている。走って逃げる、それだけさ」

「それだけって、そんな小さい体で大の大人から逃げ切れるものなのか? それに、まさか怪物のからも走って逃げたなんて言わねぇよな」

少年は思わず声をあげてしまったらしく、そこまでまくし立てると急に口をつぐんだ。不思議そうな表情の少女はふと自分の左側を指差して一言。

「怪物とは、あれのことか?」

少年は少女の指す方向を見た。そこには間違いなく怪物と呼ばれる類の巨大生物がいた。こちらに気づき、ゆっくりと近づいてくる。

少年は怪物を認識すると一瞬で冷静になり、真剣な面持ちで告げる。

「君はここにいるんだ。一歩も動くんじゃないぞ。いいな」

そして少女が返事をする前に飛び出した。

剣を構え、一気に怪物に近づき斬りつける。しかし怪物もやられっぱなしではない。何度か斬られたところで怒り声をあげ前足で少年を吹っ飛ばした。少年は間一髪のところ、その反撃を盾で受ける。

「ぐっ……」

地面に叩きつけられしばらく動きが取れない様子の少年に怪物はのそのそとその巨体を揺らしながら近づいた。少年が必死に抵抗しようと剣を持ち上げた時、少年の視界に思いもよらぬ影が映った。

「なっ、動くなと言っただろ! なにしてるんだ君は」

慌てる少年を尻目に、先ほどの少女はゆっくりとした動きで、マントから何かを取り出し、両手でしっかりと握り近づいてくる怪物に向かって構えた。なにをしているのか、まだ体を動かせないで地面に倒れている少年の位置からは分からない。

「おい……なにしてるんだ」

少女にその声は届いていないかのごとく、またなんの反応も示さない。ただ目をつむり、静かに息を整える。

「おい、危ないぞ!」

もう怪物は目の前だ。少年は痛む体を懸命に動かし立ち上がろうとする。しかしもう間に合わない。怪物は二人に向かって再びその前足を振り上げた。さっきよりも大きく、高く。これ以上は誰の目にも無理だと分かるところまで上げると、重力に促されるがままものすごい勢いで振り下ろす。

少年は今出来る精一杯の抵抗をと地面に可能な限り伏せ、頭を盾で護った。

伏せろ、少年は少女にもそうするよう叫ぼうとした瞬間、太陽ではない光が辺りを照らした。

「この人を傷つけないで。次の街までは仲間になってくれるって言ってくれた優しい人なの」

少女は怪物の前足がその身に触れようとした瞬間目を開き、持っていたものの先から光を放ちその動きを止めた。少年は自分の眼前で起こっていることが信じられないのか何度か瞬きをした。

間も無く、観念した様子の怪物は静かにその巨体の向きを変え、遠い地の果てへと消えていった。

「大丈夫?」

少女は怪物が見えなくなると視線を少年へと向け、倒れる少年の傍にしゃがみ込んだ。片手には少女の背丈半分ほどある杖が握られている。怪物に向かって構えていたのはこれだろう。

少年はしゃがみ込んだ少女の顔をみて違和感を覚える。原因はすぐに分かった。さっき怪物が振り下ろしてきた前足の風圧でか、顔を半分以上隠していたそのフードが脱げている。中には前髪が目の上で綺麗に切り揃えられた、まだ幼さが残る面持ちの、くっきりとした大きな瞳を持つ可愛らしい少女が隠れていた。

少年は体を起こし、地面に膝を立てて座る。そんな少年に再び両手で杖をつかみ、それをかざしなにか力を送りながら少女は黙って少年を見つめた。無表情に見えるその顔が何処と無く悲しそうに見えたのは少年の気のせいかもしれない。

「君は……魔導師なのか?」

「よく知っているな。そう、私は魔導師。けど、それを表に出せば、珍しい私達は利用される」

「そうか。俺なんかにそんな大切な力見せちゃって良かったのか?」

少女は手をマントの中に戻して立ち上がった。すっかり回復した少年も続いて立ち上がる。

質問には答えてくれないのかと思っていたら、別にそんな気はなかったらしく少女は口を開いた。

「あなたは優しい。私を護ろうとしてくれた。それだけ」

少年は何のきない様子で答えた。

「そうか、助けてくれてありがとう」

それ以上何も気こうとはしなかった。代わりに笑顔で少女の頭を撫でる。

「次の街まであと数日、しっかりと君を送り届ける。よろしくな」

「その数日が、お試し期間か。先に言っておくが、私はその街にとどまるつもりはない。その数日で、あなたに私を仲間と認めさせる」

「そんな宣言されてもな……。俺より君の方が強いのは明白なのに。君を護れるような人を探したらどうだ」

少女は不意に体の向きを変えると、少年に抱きついた。

「な、いきなりどうしたんだよ!」

「それこそあなたしかいない」

「え?」

少女は更に腕の力を強めて体を密着させる。

「私を護れるほど強いのは、あなたしかいない。私には分かる。あなたは本来の力を隠している。他人の目はごまかせても、私の目はごまかせない。私は魔導師だから。それにあれだけの力で、一人この世界を生きていけるはずがない」

少女は顔を上に向け、少年の目を捕らえる。いたたまれないと少年は顔を背ける。

「ごめんなさい。私のせいだよな、本気が出せないのは。他人に見られたくないのだろう。本来の力を」

少年は歯をかみしめた。自分の行いを恥じているようにも、ばれてしまったことを悔やんでいるようにも見える。

「ごめん……けど、私はあなたの仲間になりたい」

少女は俯いて少年から離れた。少年は一つ息を吐いて、何かを決意したのか真っ直ぐに少女を見据える。少女も視線に気づき顔をあげる。

「次の街まで、絶対に君を連れて行く。絶対だ」

少女はその瞳に光を宿した。

「なら私は、次の街までに絶対仲間だと認めさせる」

少年はマントの内側からコンパスを取り出し、太陽と見比べて方向を確認した。そしてなにも言わず歩き出す。少女はその背中を黙って追うのだった。


何もない大地を歩き始めて何日か経過した。その間、何体かの怪物に遭遇し、少年は約束した通り少女を護った。なるべく殺さず、しかし少女の安全を最優先に戦う。少女が力を使うことは一度もなかった。また、人に出会うことは一切なかった。もともと旅の道中に人と出会うことは難しい。

ある時ふと少女は少年に尋ねた。

「あなたは愛を知っているか」

「え、うん、まぁ」

「そうか。あなたも知っているんだな」

その時、少女がどのような表情をしていたのか、少年には分からない。ただ、少しだけさみしそうであるのは確かだった。

「君は知らないの?」

「愛というものは知っている。しかし、愛とはどういうものなのか、それが分からないんだ」

「分からないって、愛を受けたことがないということか?」

少女は静かに首を縦に振る。

「人は生まれて間も無く愛を学ぶという。しかし私は、確かに学んだのかもしれないけれど、忘れてしまったんだ。愛というものがあるのは知っている。しかしそれがどういうものかまでは分からない。生まれたばかりの者が理解していて私が分からないなんて納得いかない。だから私は愛を感じてみたいのだ」

少年は少し考え、一つ質問をする。

「家族とか、友達は?」

答えづらいかとも思い、様子を伺おうと少女を見ようとしたら、そんな必要は一切なくすぐに返答がきた。

「親の顔は知らない。物心ついた時にはすでに先生のもと育てられていた。話によると、学院の前に放置されていたところ、私の赤子ながらに秘めた力を見込み院長である先生が拾ってくれたそうだ。友達というのも、学院の生徒だけ。それにあの人達は、友達というより競い合い蹴落とし合う一種の敵に近かったからな。家族代わりといえば先生かもしれないが、

生きて行くために必要な知識や魔導師になるための全ては教えて下さったが、愛は教えて下さらなかった」

少女はそこまで言ってから、初めて少年を見た。あなたはどうなんだと視線で訊いている。少年は少女の視線には気づかないふりをして、少女の方は見ずにいつも通りを装って答えた。

「そうか。俺はまぁ、家族がいて友達というか仲間がいたわけだから、愛はたくさん注いでもらったと思うよ。俺も、家族や仲間が本当に大切で守りたいと思っていたわけだから、愛していたんだと思う」

「愛を分かっているのだな。けれど、それならどうして今ここに?」

悪気の一切ない質問に少年は苦虫を噛み潰した。

「まぁ、俺にも色々あんだよ」

「そうか。……あなたも真の意味で愛を解っているのだな。やはり解るには感じ流のが一番早いのだな。私に愛を感じられる日はくるのだろうか」

少年は一泊おいて、マントから少女がいる側の腕を出し優しく頭を撫でてやった。

「そんなに求めてんなら、いつかはきっと解るだろ。でも、何でそんな知りたい」

少女はおとなしく撫でられながらしっかりとした口調で答えた。

「知りたい、解りたい、味わいたい。多くの人が持っている感覚を私も共有したい。万人が知っているのに私が知らないというのは理不尽だ。それだけ」

「立派な理由じゃないか」

少年は軽く口元を緩めると腕を戻した。一瞬少女の方を伺うと、まだこちらを見ていたので焦って前に視線を戻した。

まだ街までは距離がある。二人は順調に、歩み続けるのだった。


出会って十数日が経過した。特に何があったわけでもなく、お互いの素姓もほとんど明かさないまま二人は例の街へと辿り着いた。

確かに大きな街で、外壁や門もしっかりしており、外観だけなら安定して栄えていそうな良いところだった。

しかし、門の横にある小さな部屋で手続きを済ませ入る許可を貰う辺りから、少年は何か異変を感じていた。

「こんな時にきてしまうなんて、不運なことです。くれぐれもお気をつけ下さい。歓迎したいのに出来ず、この場を持って私からお詫び申し上げます」

という中年門衛の不吉な挨拶が何より気がかりだった。

街に入ると、妙な静けさがそこにはあった。外観からは予想もつかないような閑散とした様子。門から真っ直ぐに伸びる整備された大通り。左右には沢山のお店。その間にある分かれ道。その奥にある住宅街。しっかりとした街並みだ。しかし、昼間だというのに誰一人としてそこにはいないのだ。

「この街、おかしい」

街が見えてきた辺りから、会った時のようにフードを深くかぶっている少女が当たり前のようにそう呟いた。

「あぁ、話に聞いていたものとはずいぶんと違うな」

「この街に私を置いて行くの?」

少年は暫く考え、そして重たい口を開いた。

「それは、また、人にあってから考えるよ」

「そう、良かった」

二人は取り敢えず街の中心まで行ってみることにした。


中心部に向かうにつれ、段々と人は増えてきたものの、それにしてもやはり少なかった。街で日常生活を送っているような人数ではない。少年が聞いた話は嘘だったのか。いや、それよりも、少年が話を聞いたその人がこの街を訪れてから少年と少女がこの街につくまでの間に何か大きな異変があったと考える方が妥当だろう。普通に生活を送れた小さな街が不況で滅びたなんてことはよく聞く話だ。この街にも、きっと何かがあったのだろう。

少年がこれからどうしようかと思考を巡らせていると、少女が少年のマントを掴んだ。

「どうかしたか?」

尋ねると少女はある方向を指差す。そこには買い物を済ませたのか大通りから分かれた少し細い道に入る主婦風情の人がいた。

「なるほど。うだうだ考えても仕方ないし、聞いてみろってことか」

少女は小さく頷いた。少年はなるべく少女を自分の側に引きつけ、周りに警戒しながらさっきの女性を追った。

「すみません」

女性は自分が呼ばれたのだとすぐに気づき、肩をはねさせながら恐る恐る振り向いた。

「は、はい……私に何か後ようでしょうか」

女性の足は小刻みに震えていた。またすぐ逃げれるようにか片方の足を一歩後ろに引いている。

「我々は旅人なんですが、この街が噂に聞いていたのとはずいぶんと違う様子で、何かあったのかなと少し気になってまして。よければ教え」

「私は何も知りません!」

女性は最後まで話を聞かず大慌てで走り去った。後には何もない路地が続くばかりだった。

「逃げられた、か。やっぱなんかあったんだな」

「人に聞いても、きっと無理」

少女はこの街に入って初めて口を開いた。それまでは何かを警戒してか一切口を開こうとはしなかった。門横の小部屋ですら、フードを深くかぶり無口かつ顔を見せないことに専念していた。

「そうだな。でも、どうしようか」

少年は少女が今まで一回も口を聞かなかったことに特別違和感を抱いている様子はなかった。ただ、そういうものなのだと納得しているようだ。

「宿……」

少女は必要最低限の言葉しか発しない。少年は分かったと頷いて、少女が呟いた“宿”を見つけることにした。本当は何故宿なのか理由を聞きたいところだろうが、少年は我慢して少女を引き連れ、なるべく安い宿探しを開始した。


ただやみくもに探しても仕方がないが、現場他人に何かものを尋ねてもすぐに逃げられてしまうので、雰囲気などから検討をつけて歩き回ることにした。

大通りから外れた路地を歩いて数十分。目的のものは見つかった。安すぎなのではと思うほど兎に角安い宿だった。だが、一部屋に最低一つはベッドが用意され、シャワー室やトイレも完備された、宿としては申し分ない設備だった。少年は幾つもの街をみてきたが、この宿よりはるかに高く実悪なところは多々ある。まだ街として栄えていた頃の名残があるのかもしれない。しかしまぁ、食事までは用意されないので、それは他で調達するしかなかった。

二人は節約のため同じ部屋に泊まった。少年は二部屋取るかと提案したが、少女が首を横に振り拒否したのだ。部屋に入り鍵をかけ、窓のカーテンをしっかりと閉め、初めて少女はフードを下ろした。

「以外と警戒心が強いんだな」

少年が笑って言うと、少女は真顔で答えた。

「基本的に、素顔は晒さない。声も聞かせない。そうすれば、男が女か、実力はどれほどかなんて誰にもばれない。不思議、というのは謎、ということにもなり、それは自然と恐怖に繋がる。私はそうして身を守るのだ」

少年は、確かにと頷いて、羽織っていたマントを脱ぎ、畳んで机に置いた。自分も外では常にマントを羽織り、格好や武具を見せないように気をつけていたなと思う。

「俺にはあっさり晒したけど、後悔しないのか?」

「何故後悔する。私はあなたの仲間になるのだ、隠す必要などない。それを証拠に、あなたには話しかけるしあなただけの前ならフードだってかぶらない」

少女は真剣だった。何一つ冗談など言っていない、すべて本当だ。

「分かったから、そんな怖い顔するなって。こっちこいよ」

少年は一つしかないベッドの端にに腰掛けて、その隣に少女を呼んだ。少女は何の躊躇いもなく隣に座る。

「きみはそのマントを脱がないのかい?」

「脱げというのなら脱ぐが、これがないと杖が露出するからな……」

「脱げなんて言わないよ。ただ苦しくないのかなと思ってさ。俺も外にいる時はマント常備だけど、なんか締め付けられるようで息苦しくて。だから部屋にいる時くらいはな。とか言いつつ剣は手放せないんだけどな」

少年は苦笑した。少女は不思議そうな顔で少年を見つめる。

「そういえば大事なこと忘れてた。君は何で突然宿なんて言い出したんだ? 何か俺に知らせたいことがあったんじゃないのか」

少女は思い出したように頷いて少年の方に身を乗り出す。

「嫌な予感、する」

一言。しかし、重みがある。予知や予言の類ではなく、必ず何かよからぬことがある、と断言された気分だ。少年はうろたえる。

「確かにこの街は今よくない情勢下にあるけど、でもそこまでは」

「何かある、私の力が街に入った時から過敏に反応してる。何かある、気をつけろって」

少女はさらに身を乗り出した。互いの息が感じられるほど近くに顔を寄せられ、少年は慌て少女の肩を押さえた。落ち着けと目線で訴えるが、平静でいられないのは少年も同じだ。少女の力は確かなものだ。目の前で見たように、いや、それ以上の力を秘めていたっておかしくはない。だからこそ少女に力のことを持ち出されると少年は弱いのだ。

「分かった。俺も何か嫌な予感はしてる。それから逃げようとしてただけなのかもな……。俺はそういうとこ、弱くて卑怯だから」

「大丈夫。あなたは強くて誠実。私がいうから間違いはない」

少女少年に肩を押さえられてもなお顔を近づける。その瞳は私を信じろと訴え続けていた。

「ありがとう、少し勇気でた。だから身体を落ち着けようか」

少女は首肯して座り直した。そして少年が良かったと安心しているところ急にもたれかかる。

「人というのは、なかなかいいものなのだな」

誰にいうでなく呟く。少女は愛されずにこれまで生きてきたという。多分、人の温かみも知らなかったのだろう。少年は聞こえていないふりをした。

「それで、具体的には何が起こってると思うんだ?」

話題を元に戻して、少年は意見を述べる。

「俺は、そうだな。住人たちは大勢が何かに怯えているような様子だったことから、何者かがこの街にやってきて武力行使で支配したとかそんな感じじゃないかと思う。それでこの街は荒れた。となると明日にでもそいつらは俺たちに何らかの接触をしてくると思うんだが、君はどう思う?」

少女は少女に身体を預けたまま答えた。

「私も、そんなところだと思う。一つ言えるのは、これだけ広い街を短期間で支配したことから、そいつらというのは結構に大人数だということ。それから力もそこそこはあるということ」

そこまでは少年も予想の範囲だ。しかし、そこからは違った。

「油断するな。絶対に何かある。危険が迫っている」

「危険とは?」

少女はほんの一瞬考えたそぶりをして言葉を紡いだ。

「それはだなーーー」

少年の旅で得た知識や勘はなかなかのものだ。しかし、それでも少女の言うことは少年の意表を突き、また理にかなっていた。少女は少年ですら気づき得ないことを、まるでそうなることを前々から知っていたかのように気づいていた。少女の言うことはすべて的を射ており、しかし早々分かりうるようなことではなかった。


夜。二人は決して美味しくはないが栄養はある携帯食料を食べ、交代でシャワーを浴び就寝の準備を始めた。

「君はベッドの上で寝ろ。俺は野営用の寝袋を床に敷いて寝る」

少年が当たり前のように言って旅荷から寝袋を出そうとすると、少女が無表情のまま少年の服を掴んで動きを止めた。

「どうかしたか?」

「ダメ」

一言。これでは何がダメなの分からない。

「えっと、なにが?」

少年は困り顔だ。少女は相変わらず無表情だが、服の裾を掴んで上目で少年を見る姿は拗ねた子どものようにも見える。

「ダメ、床で寝るの。疲れが取れない。ベッドで寝る」

「でもベッドは一つしかないんだよ。疲れてるのは君も同じだろ。なら女の子の君がベッドを使うのが」

「疲れてるのが同じならあなたもベッドを使うべき。性別は関係ない。それでもダメだと言うのなら私も床で寝る」

意外にも少女は頑なだった。どうしたものかと少年は頭を悩ませる。

「けどな、もう一度言うがベッドは一つしか」

「一緒に寝ればいい。二人くらいなら大丈夫だろう」

正気か、と少年は少女を疑うが、少女が冗談を言うような性格ではないのはこの数日間でよくわかっていたので何も言い返せない。

「いいか」

「君がそれでいいなら」

もうお手上げだ。

「良かった」

少女は無表情だが満足げに呟くと、マントを着込んだままベッドに入った。それからフードを目深にかぶる。

「何している、早く来い。明日も朝は早いのだ」

「はいはい、すぐ行きます」

少年は備え付けランプの火を消して、相棒の剣を片手にベッドへ寝転がった。暫くして、少女のゆったりとした寝息が少年の耳に届く。少年はため息をついて目を閉じたのだった。


深夜。太陽が沈み、空は星の光だけとなる。今夜はどうやら月が出ないらしい。街も寝静まり、聞こえるのはどこか動物たちの遠吠えだけ。

気配がする。少年と少女が眠る部屋の、ドアの前。鍵穴に何か差し込みゆっくりと半回転させる。小さな音、しかし静まり返ったその場所ではよく聞こえる音が一瞬鳴ってあっさりとそれは開いた。取っ手を捻りなるべく物音を立てないよう慎重にドアを押していく。三人の黒い影が室内に侵入した。

一つの影はドアが閉まらないように支えている。すぐ逃げれるようにだろうか。もう二つの影は眠る二人に近づいていき、手の届く距離までくると布団とフードでほとんど顔が見えない少女に手を伸ばした。

「動くな、全員だ」

音がなかった。ただ、切り裂くような早さで空気が揺れた。冷たい。

「ひぃい!?」

「ドアのところにいるやつ、手を頭より上にあげてこっちに来い。そこで突っ立ってるやつも。変な動きするなよ、こいつの首が飛ぶぞ」

少年だ。少年が起き上がって素早く剣を抜き、手を伸ばした一人の首にそれを当てているのだ。

「おい、誰が手をおろしていいって言った?」

少年が振り向きもせず背後にいるドアを支えていた影に言う。少年の位置からそいつは死角になって見えないはずだ。言葉が、視線が痛い。身体の芯まで凍ってしまうような寒気を感じる。少女がフードを深くかぶったまま体を起こした。特に驚いている様子はない。

「ごめん、起こしたか?」

少年が影に向けたものとは全く違う優しい声で話しかけると、少女は無言で否定を示した。

「そうか」

少年はそれだけ言うと視線を捕らえている影に向けた。声音がが百八十度変わる。それが余計に恐怖を引き立てる。

「話を、聞かせてもらう」

影三人を部屋の奥に座らせ逃げられないようドアに鍵をかけ窓がしまっていることを確認した。三人は完全に怯えており、もう抵抗する気はないようだ。少年は剣を収めたのち三人の前に立ち幾つかの質問を浴びせた。少女は少年の背中に隠れ、珍しく人前で手を出して服の裾を掴みながら立っていた。少年は気にしていない様子だ。

「一つ、この街はつい最近まで栄えていたようだが、なぜ今はこんなに荒廃している。施設はしっかりしているが、街全体に流れる空気が淀んでいるようみに見えるが」

影の三人は何も言わない。口止めされているのか、恐怖からか。

「では二つ目。どうして俺たちを襲おうとした」

何も言わない。

「三つ目。侵入があまりにもあっさりすぎるように見えたが、鍵でも持っているのか。この宿の人も仲間か」

影三人は目配せを始めた。お前言えよ、いやお前がなどと言い争っているかのように世話しない。

「じゃあとりあえずどの質問からでもいいから一人一つ答えろ。早い者勝ちだ」

そう言うと三人は口々に何やら言い出しました。三人が三人ともそれぞれに違うことを同時に話すので少年は呆れた顔をしますが、何とか落ち着かせてすべての質問に答えさせることが出来ました。しかし、語順があやふやかつ噛んでばかりなので簡単にまとめよう。

つい最近旅人だと名乗る十数人の人々がこの街に入った。我々はいつも通り盛大にもてなしたが、大通りのちょうど真ん中まできたあたりで彼らはいきなり剣や斧、見たこともないような武器を取り出すと暴れ出したのです。そして街の一番奥にある建物、街の人にとっては一つしかない大切な教会を乗っ取られ、中にいた神父様や娘達を人質にし、街を支配し始めた。最初は抵抗し、追い出そうとしたものの、一番奥に人質ありで籠られるから何も出来なかった。そんな中俺たち三人は仕事を失い、止む無く盗人をやっている。この宿に旅人が泊まったと聞いたから鍵は宿の人を脅して手に入れた。襲ったのもただ金目のものが欲しかっただけだ。

と、大体このようなことを言った。

「なるほどな。ま、予想通りってとこか」

少年は溜息一つ吐いて背中にいる少女に視線を送った。

「きみは、どうしたい?」

三人は少女の只者ではない雰囲気に肩を震わせる。きっと罰は何にするかを尋ねたと思ったのだろう。今にも命だけはと叫んで許しを請いそうな勢いだ。

少女は服を引っ張って少年を屈ませ、耳元に囁いた。

「あなたはどうしたい。私はそれに従う」

と、静かに。少年は温かい笑みを少女に向けた。ありがとうと、言っているようだ。少女は頷いてただ少年を見つめた。

「その、街の奥にあるっていう教会の間取りは分かるか?」

少年は三人に尋ねた。三人はぽかんとしていたが、暫くしてやっと事態を飲み込めたのか、はいっと言い返事をした後少年が差し出した紙と筆で間取りを書き始めた。

最初はあーだこーだと言い争っていたが段々としっかりした構造が浮かんできたらしく、最終的には三人とも納得のいく綺麗なものが出来上がった。教会には街の人全員、一度入ったことがあるらしく、また個室以外どこにでも自由に入れるため結構な人が見取りを知っているらしい。

「お前さんたちが何をしようとしているかは分からんが、もし突っ込もうとか考えてるんならやめときな。あいつらは何せ人数が多い、しかも見ての通り協会の中は複雑な構造、人質だっている。これはお願いでもある。どうか人質に被害が及ぶようなことはやめてくれ。それに、お前さんたちだって危険にさらされるわけだ。こんな悪事を働いてるやつが言えることじゃないのは重々承知だ。けど、お願いします、街の奴等が傷つくのはもう見たくない」

三人の中で一番偉そうな人がそう言って紙を少年に渡した。そして頭を深く下げる。残り二人も同様に頭を下げた。結局のところ、この街の人は良い人ばかりなのだ。

「安心してください。俺が何とかしますよ」

少年は笑った。

「何とかって……まさか」

「この街の人がどうにかできなかったのなら、俺がどうにかする。絶対に人質を守り悪党どもを追い出してあげます。そのために俺が街の人から嫌われようと構わない」

三人は呆気に取られた。そんなことをしてくれるなんて、と言う顔だ。

「あなた方はもう帰って良いですよ。その代わり、今ここであったことは全て秘密です。ただの旅人が悪党退治する何て人々に知れ渡ったら大変ですからね」

少年からはもうあの冷たさはなくなっていた。ただ、街の人として暖かな声で諭すように言う。三人はそろそろとドアまで行くと、鍵を開け走り去った。

「いつ行くの」

足音が完全に聞こえなくなった後、ドアに再び鍵をかけて少女が言った。

「早朝、夜明け前」

少年が答える。声は少し頑なだった。

「君はここにいるんだ、いいな」

「嫌、私も行く」

こちらも頑なだった。

「危ない、君を危険にさらすわけには」

「あなた一人で敵十数人を倒すことはできると思う。けど、人質はどうするつもりだ。あなた一人だったら絶対に誰かは傷つくことになる」

少年からの反撃はなかった。どうやら分かっていて妥協したところなのだろう。

「私はあなたを街の嫌われ者なんかにしない。英雄にしてあげる」

人質に怪我があれば悪党を追い出せても肩身が狭いのに変わりない。それ分かって少年はあの時嫌われようと構わないと言ったのだろう。

「参ったな。そこまで分かってましたか」

少年は苦笑した。そして少女の頭をフードの上からそっと撫でる。

「いいのか、君の身も危ないかもしれないんだぞ」

「普通の人間なんかに負けやしない」

「もしかしたら君まで嫌われ者に」

少女は強い眼差しで少年を黙らせると静かに言った。

「その時は、あなたが護ってくれるだろ」

少年は仕方ないと折れて少女の頭から手を離すと窓の方を見て告げた。

「まだ少し時間はある。夜明け前、出るぞ」

少女は首肯してベッドに戻り目を閉じた。時間までは寝るつもりらしい。少年もベッドまで行き、今度は床に座り凭れるようにして目を閉じた。剣は大事に抱えている。既に、マントも羽織っていた。

そして間も無く、夜明けが訪れようとしていた。

少年は日が昇る少し前に目を覚まし、物音を立てないようそっと部屋を出ようとした。少女がいるので旅荷は置いていくつもりらしい。しかし、そううまくはいかない。鍵を開けようとしたその時、背後からマントを引っ張られた。軽く肩が跳ねる。

「置いて行かせない」

少女がそこには立っていた。いつもと変わらぬ風貌と口調だ。少年は一つ溜息。

「本当に、ついて来るのか」

頷く少女。

「じゃあ一つ約束。守れるか」

「内容による」

「俺から絶対に離れるな。どうだ?」

少女はまた頷いた。守るということで良いのだろう。

「じゃあ行くか。もう夜が開ける」

二人は旅の荷物も全部持って部屋を出ると、駆け出した。


数分で街の一番奥、話に聞いた協会に辿り着いた。もう太陽が姿を表し始めている。

「作戦は単純。取り敢えず突っ込むぞ。二人であがいたって仕方ないし、派手にやった方が奴等も虚を疲れるだろう。下手に忍び込んで取り囲まれるよりましだ。ここはもう奴等の巣だからな」

「最後に間取りを見せて」

「あぁ、俺はもう覚えたからあげるよ」

少女は少年から間取りの書かれた紙を受け取り、一瞬見てマントの中に仕舞った。

「じゃあ、いくぞ。絶対に俺から離れるな。それと、何かあった時は俺のことはいいからすぐ逃げろよ。それと、君は人質の安全を最優先に考えるんだ」

少女は肯定の意を示さなかったが、少年は構わず教会の前庭に駆け込んだ。そのまま門までいっきに走り抜ける。少女も、意外なまでの俊足さで少年に着いていく。少年は一度後ろを振り返ったが、少女がしっかり着いてきていることを確認するとすぐに前へ向き直った。

門前で止まるとそっとそれを押してみた。意外なまでにあっさりとそれは開いた。誰もわざわざこんなところにはこないと高を括っているのか、罠か。構わず二人は中へ入る。数歩先に玄関の大きな扉があった。そこは迂回して少し奥にある戸口から中にはいる計画だ。二人は作戦を話し合ったりしていないが、ほとんどそうするのが当たり前かのようになんの迷いもなく動いた。ここが一番、人質がいると踏んだ場所に近い。何より先に人質の救出をしなければならない。そうしなければ思い切り暴れられない。

戸口にはさすがに鍵がかかっていた。しかし少年は何ねためらいもなく扉を蹴り飛ばすと、脆い作りだったのかあっさりとそれは壊れた。二人は教会内に侵入する。派手に暴れると言っても、人質を助けるまでは慎重にやるらしい。人質がいると予想したのは修道女が普段食事をするという場所。そこなら広さ的にも位置的にも丁度いいと少年は間取りを見て思ったのだ。何人いるかは分からないが個室では流石に狭いだろう。

目的の場所にはすぐに着いた。見張りはいない。もう太陽は完全に見えていたが、悪党達は随分とゆっくりした生活を送っているらしい。少年は鍵かかかっているのを確認すると、二回扉を叩いて中の人を呼んだ。

「おはようございます。俺は旅の者です。事情を聞いて助けにきました。どうかここを開けてくれないでしょうか」

中の人々は驚いているのか少しざわついているが、返事はない。仕方ないと無理やり開けようとした時、暖かくて深みのあるお爺さんの声が聞こえた。

「私は神父です。あなたが何者か分からなくて皆は怖がっているようだ。しかし私はあなたのことを信じましょう。これも神のお導きです。ですが、問題が一つ」

「問題ですか?」

「はい。修道女の中で若い四人がここを襲った者たちに連れて行かれました。私達には逃げようとしたらその四人を酷い目に合わせると言って脅します。四人を、助けてはいただけないでしょうか」

少年は勿論ですと答えたが、内心では焦りを感じていた。別で人質を取られている可能性は考えていたが、まさか四人もいるとは。最低でも二人くらいと思っていた。

「それらしき四人の存在確認。身体異常なし。それより、早くここを移動した方が良い。もう時期人が来る」

少女が少年にしか聞こえない音量で言葉を発した。考え込んでいた少年は我に返る。

「四人のことは任せてください。俺が絶対に助けます。なので皆さんは逃げてください。その四人のためにも、今は……早く」

その時扉が開いた。神父らしき人が瞳に涙を貯めながら深く頭を下げる。

「ありがとう、本当に」

「お礼は、また無事に四人を連れ帰ってからにしてください。さあ、もう時間がない。今ならまだ正面を突破しても奴らには気づかれないでしょう、急いで皆さんを連れて」

「あぁそうだな。じゃあまた」

神父は中にいた総勢約三十名ほどの修道女を促して小走りでさっき少年達が入ってきた扉へと向かった。修道女の年齢は様々だったが、皆少年と少女を見ると小さく頭を下げて心配そうな表情で去って行った。全員無事部屋から出たのを見届けて、二人は行動に出る。

「さぁ行くぞ。ここからが本番だ。あの人達が気づかれないよう俺たちで奴等の目を引く」

そう言って走り出し、その場からだいぶ離れた、教会の奥まで行くと手当たり次第に物を壊し始めた。と言っても、あまりに高価そうな物や宗教的意味を持つ物は避ける。無論何の考えもなく暴れているわけではない。奴等を呼び寄せるためだ。奥で気を引き、外に目を向けさせないようにする。

「何の音だ! こっちからするぞ」

早速数人の足音が近づいてきた。少女は少年に言われるがまま近くの物陰に隠れた。

「お前、一体誰だ」

「人に物を尋ねるときはまず自分からだろ?」

「うっせーな、何考えてるか知らんが生意気なガキだ。ちょっとばかり躾が必要だなぁ。お前ら、殺すなよ?」

走ってきたのは三人。皆片手にボロボロの剣を構えている。少年を取り囲んでじりじりと間合いを詰めた。少年は呑気に突っ立っている。剣を抜こうとする様子は伺えない。

「やるのか。いいぜ、かかって来いよ」

少年が少し楽しげに目を光らせたその時、全員が一斉に襲いかかった。

「いくぜー!!」

そんな威勢の良い声をそれぞれにあげて斬りつける。少女はその様子を見ようともせずただ音のみを聞いていた。顔は見えないが少し体に力が入っている。何かしているのだろうか。

「おいおい、手応えねーなぁ」

一瞬にして声は止み、少年は剣を鞘に戻した。床では奴等が完全にのびている。待て、一体いつ抜いた。しかし、そんなことはどうでも良いと少女が物陰から顔を出そうとした時。

「……!」

何者かが少女の首を掴んで全長二十センチほどのナイフを首筋、と言ってもマントの上からだが、そこに当てた。鋭いナイフが的確に少女を狙う。奴等の仲間だ。

「その子を離せ」

そいつが口を開く前に少年はその事態に気づき、射抜くような冷たい視線で睨みつけた。さっきのように楽しげな雰囲気は既になかった。

「うるさいなー、お前等が勝手に入ってくるからいけないんだろ。あれ? この子女じゃーん。しかもまだ若い。何この張りのある肌、あの修道女より断然いいなぁ。かっわいー。そうだ、この子と修道女を取り替えっこしようよ」

そいつはフードの中を覗き込んだため少女が少女であることに気づいてしまった。おどけた口調でそう言って少女の頬に触れようとした瞬間、予想もできないことが起こった。

「気持ち悪い、話しかけるな。こっちは集中してるんだ邪魔するな」

うぐっという鈍い呻き声が聞こえたかと思うと、そいつは少女から腕を離してその場に崩れ混んだ。少女はその隙にさっさと少年のところに舞い戻った。

「やるなー、君」

「許せない」

相変わらず顔は見えないが語調から何処と無くむくれているようだった。

「ってーなぁ、くそっ」

お腹を抱えていたそいつがゆっくりと体を起こした。瞳が憎悪に燃えている。まだ痛むのか足取りは危うかった。

「後は俺がやる」

少年が一歩踏み出すと少女が首を振った。

「私にやらせて。許さない」

少年はそれ以上前に出ることはせず、おとなしく後ろに下がった。

「私に無礼働く者、その罪として対等の代価を示すさんことを」

少女が微動だにせずその言葉を言い終えると、どこからか風が巻き上がりそいつを取り囲んだ。そいつは以上現象に、持っていたナイフを落とし尻餅をついた。腰を抜かしたのかその状態のまま後退するが既に風の中、激しく巻き上げられやがて倒れた。口から泡を吹いて気絶している。

「そこまでしなくても……」

少年が苦笑すると、少女は少年を見上げて珍しく片腕を出し背伸びをした。

「ん? どうかしたか」

少女は何も言わない。ただ腕を少年に向け伸ばし続ける。

「まさか、抱っことか?」

少女は頷く。

「仕方ないなぁ。よっと」

少年は軽々少女を持ち上げると左腕だけで支えた。少女は出していた方の腕を少年の首に回す。

「しっかり掴まってろよ。このままボスのとこまで行く」

そう言って少年は走り出した。

階段を登って二階に行くと、また数人の剣やらナイフやらを持った人が襲ってきたが、少年は少女を抱いたままそれらをあっさりと気絶させ、二階中央にあるホールのような場所へ向かった。そこに奴等のボスがいるとは限らない、むしろ罠が張ってあるかもしれない。けれど、少年は迷わずそこへ向かう。間取りは頭に入っている。どこに敵が隠れ潜んでいそうか、どこから不意打ちをしかけてくるのか、罠はどこにあるのかまで全部予想済みだ。勿論どのルートで攻めるかも何種類か考えてある。

「残りは全員中央にいる」

少女が不意に呟いた。少し驚いて少年は少女の顔を見るが、またすぐに前を向く。

「分かった。じゃあ向かうぞ」

「それと、間取りでは結構大きく描かれていたけど、実際はそれほど大きくはない」

「了解、気をつける」

少年はなぜそんなことが分かるのか理由が知りたかっただろうけど、少女を信じて何も問わずただ進み続けた。

中央大扉前。そこだけはやけに豪華な作りとなっていた。罠かもしれない、と警戒する少年に少女は大丈夫と呟いた。少年はそうだなと返事をして扉に手をかける。そして一気に前へ押し出した。鈍い音とともにそれはゆっくり開いていく。

「待っていたよ、旅人ども」

一番奥で豪華な椅子にふんぞりかえる派手な装飾品をつけた偉そうな人が見下すように言った。その左右に修道女が一人ずつ、離れたところに手下が二人と修道女が一人の割合でこれまた左右に一組ずつ。敵の残り数は計五人。修道女は言われたとおり四人いる。

「ごめん、降ろすぞ」

少年はボスの方を向いたまま少女に言ってそっと床に足をつけさせる。その寸前、少女は何か少年に囁いた。少年は声は出さず小さく頷いて了解の意を示す。

「おい、立て」

少年はボスに近づきながら言った。ボスに動く様子は全くない。さらに距離を詰める。と、ボスが何やら手を動かした。肘掛にだらんと下げていた手を胸の前で組んだのだ。それを合図に左右に二人ずついた手下がそれぞれ一人、しっかりと整備された綺麗な剣を持って走ってきた。狙いはもちろん少年だが、しかし少年は剣を抜こうとしなかった。一撃目を重心を後ろに傾けることによって避け、二人の背後に回り込み、最小限の動きで首筋に手刀を決め込む。二人は気絶し重なるようにして倒れた。少年は剣を使わずに一瞬で二人の人間を沈めたのだ。これには流石に驚いたのか、ボスの声がすこし震える。

「ふ、ふん。流石だな。だが、こちらには人質がいることを忘れるなよ?」

左右の手下が修道女にナイフの先を当てる。当てたくらいで切れはしないが、修道女は怯えて小さく悲鳴をあげた。ボスも両手に剣を構えて側にいる修道女に向ける。だが、少年に躊躇う様子はない。まるで人質など関係ないかのようだ。

「おい、止まれぇ! こいつらがどうなっても」

「立て。お前が来ないなら、俺が行ってやる」

締め切られた空間に、風が流れる。ボスや手下達の髪を揺らし、修道女のスカートをなびかせ、少女のマントをはためかせる。少年が消えた。

「いやぁ!」

修道女の悲鳴が聞こえて、見るとボスが白目を向いて椅子に座ったままへばっていた。その前には剣を持った少年が佇む。それを視界に捉えた向かって右にいる手下が、情けない声を上げて修道女を盾にしようとした瞬間また空気が揺れ、修道女の足元にそいつは倒れる。そしてすぐ逆向きの振動が伝わり、今度は左にいた….…修道女が膝をついて呻き声をあげた。隣では手下が、いや女性が顔を押さえて泣いていた。

「ありがとうございます、ありがとうございます」

嗚咽交じりにそう言っている。他の三人の修道女もやってきて泣いている子の肩を支えながらお礼を言った。少年は軽く頭を下げて、ずっと扉の前で立って様子を見ていた少女の元に向かう。

「万事解決だな。まぁ、後少しやることはあるが」

そう言って少年が両の手を差し出すと、少年は飛びついた。そのままひょいと抱き上げられる。

「さすが」

少女がとても小さな声でいった。少年はふっと笑顔を見せる。

「君のおかげだ。人質を傷つけずに済んだのは君が守ってくれたからだ。それにあの時、君が修道女と悪党が入れ替わっていることを教えてくれなかったら、間違いなく俺はあの人に怪我を負わせることになった」

少女が少年に降ろされる際囁いたのはそのことだったのか。だから少年は最後、手下の格好をしている方ではなく修道女を、いや修道女の格好をしている悪党を狙ったのか。悪党からすれば、何故分かったのかとさぞ驚いたことだろう。実際驚く暇もなく気絶させられたがな。余裕だと思っていてやられた気分はさして良いものではないことだけは確かだ。

それよりも、入れ替わりさせられた修道女の方がよっぽど怖かっただろう。何も悪いことはしていないのに理不尽な恐怖を味合わされ、現にさっきから別の修道女達に宥められているが、一向に泣き止む気配はない。

「ありがとう、君には助けられてばかりだな。けど、危ない目に合わせた。ごめん」

少女は返事の代わりに、首に回した腕の力を少しだけ強めた。少年はフードの上から少女の頭を撫でる。

「あの、よろしいでしょうか」

修道女の一人が二人の元にやってきた。泣いている人もやっと落ち着いてきたようだ。

「この度は、誠にありがとうございました。私達はもう諦めていて、死ぬまでこの生活が続くものだと思っておりました。それでも毎晩、神に祈ることだけは忘れず行って……よかった。この御恩はどうお返しいたしましょう」

ゆっくりと首を振って少年は笑う。

「見返りなんて、皆さんが幸せなら俺たちはそれで十分ですよ」

「でも……」

「いいんです」

言い聞かせるよう、静かに、丁寧に言葉を結ぶ。修道女もそれ以上引き下がるようなことはしなかった。

「本当に、神はいるのですね」

最後にそう呟いて頭を下げ戻っていく。やがて泣いていた人も歩けるようになり、支え合いながら四人の若き修道女は教会を後にした。

「さぁ、俺たちは最後の仕事だ」

少年は少女を抱いたまま今いる部屋を出ると、まず一階に向かった。そして様々な形で倒れている悪党達を、少女を支えている方とは反対側の手を使い、まとめて何人か二階中央の部屋に集める。それを繰り返し、全員を部屋に集めることができたら、今度はそれぞれを元々持ってきていた縄で縛り上げる。しっかりと結べているか確認してやっと最後の仕上げだ。

やはり少女を抱いたまま少年は豪華な椅子の前でへばっているボスに歩み寄った。もしかしたら少女が降りたがらないのかもしれない。

「おーい、起きろ。いつまで寝てんだ。おい!」

声だけでは起きないので仕方なく服の襟ぐりを掴んで揺すってやった。

「手間かけさせんな、早く起きろ」

少し服を締め上げてやっとボスは目を覚ました。

「はっ、えーと、ん?」

「ん? じゃねーよ。こっち見ろ」

少年はだいぶ飽きれていた。こんなやつがよくもボスやってきたものだと思っているだろう。

「な、お前……よくもこの俺を!」

「おせーよ、それに全員捉え済みだからお前らの負けは決定な。それだけ分かってもらって、本題にはいるぞ」

ボスは周りを見回して、手下達が縛られているのを見つけると途端顔を青ざめさせ今にも泣きそうになる。

「まぁ、何が言いたいかっていうとだな。……もう二度と、こんなことすんじゃねぇぞ。てことだけなんだけど」

そこで少年は一旦口を止める。そして少女をぎゅっと抱き寄せた。

「今回はこの子に怪我なく済んだからこの程度で許してやる。けど、もしなんかあったら……流石に分かるよな?」

「ひぃ!」

「二度とするなよ。いいな、この世の中俺みたいにお前らなんか一瞬で潰せるやつなんて大量にいるんだ。調子のんじゃねぇ。反省の色は自分達で見せろ。分かったよな」

一段と声のトーンを下げ声音を冷徹なものに変えてボスを鋭い目つきで睨んで最後少年は締め括った。そして振り返りもせず少年は少女とその部屋を出て、足早に教会を去った。


街の中心部に着くと二人は人々に囲まれた。皆瞳を輝かせている。

「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます」

昨日の門衛が人集りを掻き分けて少年の前にやってきた。少女はそっと少年から降りて体を縮こませる。きっとこのように注目を浴びることは好まないのだろう。なるべくなら目立ちたくはない、そう考えているに違いない。と、少年は自分のマントで少女を隠すようにして包み込んだ。少女は服の裾をつまんで息を潜める。

「話は人質にされていた者達から聞きました。それに、盗賊をやっていたさんにんぐみも今朝自首をしまして、訊くと旅人さんに救われたとか」

「いや、俺たちは何も……」

少年は顔の前で手を振って見せた。しかし門衛の人は少年の言葉を全く聞き入れておらず、何より自分の気持ちを聞いてくれとばかりに身を乗り出し、少年が振っていた手を握り大きく揺すった。

「私達はですね、旅人さん。あなたに救われたのです! 旅人という放浪の身でありながらこんなどこにでもある街を……どうお礼をしたら良いのか」

「いや、お礼なんて。俺らがしたかったから勝手にやっただ」

「そうだ! この街にあるもの何でもいくらでも旅に持って行ってください。道具から食料から何から何まで! この街にあるものでしたらなんだって構いません。だよな、皆の者。この旅人さんに無償で何だって受け渡そうじゃないか!」

門衛は周りにいる人々を見回して大声を張り上げる。するとおーっという歓声が一帯に湧き上がった。

「でもそんな、大丈夫何ですか?」

「勿論! むしろ貰っていただけないと私達の気が収まりません。一生後悔するでしょう。ですからお願いです、貰っていただけないでしょうか」

少年は少し心配そうだが、そこまで言うのならとありがたく受け取ることにした。何が必要かと問われて、少年は迷うことなく旅には絶対欠かせないというものを的確に、それも無償でもらえるからと言って図に乗らず、楽に持ち運べて邪魔にならない節度ある量を指定した。もう少しと門衛は引き下がったが、少年はこれ以上あっても無駄にするだけですのでと言いどうにか宥めた。そして最後に少年はマントの中にいる少女に尋ねる。

「君は何か欲しいものある? 君の手柄だってあるんだ、遠慮なく言いな」

少女が考えるそぶりをとった時だ。

「これはこれは、申し訳ない。そちらの方も貢献なさっていたのですね。今まで気づかなくて……旅人さん達、あなた方と言わなければならなかった。これはなんて失態を、申し訳ございません。どうぞ私に」

「良いですよ、こちらは気にしていませんから。気づいていただけただけで十分です」

このままでは何か罰を与えられないと気が済まないとまで言い出しそうなので慌てて止めに入った。しかし、最後に訂正しようと思っていたことに気づいてくれたので少年は満足していた。当の本人は、きっと何も思っていないのだろうがな。

「では、急いで用意しますから少々お待ちを。また何かありましたら近くの者にお申し付け下さい」

門衛はくるりと向きを帰るととても楽しそうにまた人混みに消えた。そういえば、門衛がこんなとこにいて良いのか。少年は気になって近くで談笑している夫婦に声をかけた。

「すみません。今の方門衛さんですよね。門は大丈夫なのでしょうか?」

「あら旅人さん、お声をかけていただいて光栄ですわ。えっと、門でしたっけ。あれは確か……どうだったかしらね」

「あれは大丈夫さ。一日交代でやってるって、前に聞いたことがあるよ。だから安心してこの街にいてください」

少年は納得し、お礼をした後少女を連れて人ごみから離れた。

「きみ、疲れてない?」

道の端の、邪魔にならないところで少年は少女と目線を合わせて尋ねる。少女は小さく首を縦に動かした。どうやら平気らしい。少年が良かったと笑った。その時あの門衛が二人の元に駆けてきた。

「お待たせいたしました! これでよろしいでしょうか」

ご丁寧に袋入りで持ってきてくれたものを少年は受け取り、ざっと中身を確認して大丈夫、ありがとうございますと頭を下げる。いやらしく細かいところまで見るなんてことは、相手も不愉快だし多少違っても気に止める必要はないのでしなかった。門衛は良かったと胸をなでおろしてそれからと続ける。

「そちらの方に、私の妻から贈り物が」

と言って少女に差し出された手の中にあったのは、可愛らしい木彫りの鳥に紐がつけられた装飾品だった。少女が注意深く、しかし初めて少年以外の人がいる前で手を出してそれを指先でつまんだ。とても細かいところまで丁寧に仕上げてあり着色もされている、日の光に当てると本当に空を飛んでいるようでとても綺麗だった。少女は気に入ったらしくそれを指先で弄んだ。

「それはね、首飾りなんだ。気に入ってくれたらな、妻のためにもつけてやってはくれないかな」

少女は頷いて小さくありがとうと言った。少年以外の人に発せられた言葉というのも、ほとんど初めて聞く。少年は驚き喜んだ。

「ありがとうとございます」

少年も礼を言うと門衛は照れながらいやいやと謙遜した。

「これは妻の昔からの趣味でですね。作っては色々な人に配っているのです。これを作る妻はとても輝いていて……それで、喜んでもらうとなお輝くんだ。さっき妻に旅人さん達のお話をしたら是非そのもう一人の子にって。気に入ってもらえたのならこちらも嬉しい

ですよ。帰ったらすぐ、妻に伝えます」

では失礼しますと門衛が笑顔で去ろうとした時、ふと思い出したように呟いた。

「そう言えば、あいつらどうするかな」

それは少年にも少女にも向けられた言葉ではなかったが、気にはなることだった。あいつらというのが悪党達だということはすぐに検討がつく。

「あの、どうするんですか」

少年は思わず足を踏み出しかけた門衛の腕を掴んで訊いていた。門衛は振り返り相変わらずの笑顔で答える。

「おお、そうですね、旅人さん達も気になりますよね。まぁ普通に考えて死罪は確定ですかね。そこまでいかなくても終身刑は確実。今まで散々ひどい目に合わされてきたんだ、散々重労働をやらせるとか……取り敢えず、あいつらに希望ある未来はないですかな」

少年は苦虫を噛み潰した。ここでまた、負の連鎖を生み出してしまうのか、と悔しさから体に力が入る。そんな様子を敏感に感じ取ってか、少女にがそっと少年の硬く握られた手に自らの手を当てた。少年がはっと我に帰り心を落ち着かせる。

「旅人さん達は何か意見ありますか?」

自分達にも回答権が与えられ、ここぞとばかりに諭すよう言葉を紡いだ。負の連鎖を止められるのは自分しかいないのだと少年は言い聞かせ、先走らないよう一言一句丁寧に話した。

「俺は、その考えには反対です」

「ほう、反対ですか。ではどんな? まさか…….もっとひどいことをあいつらには与えるべきとか? でもそうですよね、本当にあいつらは」

「違います!」

思わず声を荒げてしまい、少年は自分でも驚いてすみませんと小さく謝る。けれども、まさかが少年の考えとは真逆の方向に進んで行ったので、つい怒りが湧き出てしまったのだ。自分の思う方向に進むと少しでも期待した自分が馬鹿だったと奥歯を噛みしめる。少女が少年の手に当てたそれに力を込めた。落ち着け、と言っているようだ。

しかし、驚いたのは相手側も同じらしい。今まで温厚だった少年がいきなり感情をあらわにしたのだから無理もないだろう。

「えっと……た、旅人さん達は、どのようにしたらいいとお考えなのですか?」

瞬きを何度もしながら口を開いて門衛は言った。まだ落ち着かないようだ。

「はい、門衛さんの話を聞いて思いました。多分皆さんには受け入難い考えだとおもいます」

「この街の救世主である旅人さん達のご意見です。伺いましょう」

少年は深く息を吸い込みゆっくりと時間をかけて吐き出した。

「まず、あいつらに罰を与えないで欲しいというのが一つ」

「えっ!」

門衛は耳を疑った。まあ、いきなり考えもしないようなことを言われたのだから仕方ないだろう。何やらいろいろ聞きたそうだったがそこは門衛も大人、ぐっと堪えて少年に先を促した。

「はい、それからですが、あいつら……いえ、これからは彼らと呼びましょう。彼らをこの街から追い出さないであげて欲しい。この街で、皆さんと同じように暮らさせて欲しい」

少年は一度言葉を切って、門衛の反応を見ることにした。門衛はあからさまに顔を歪め、不信感をあらわにする。

「何故、そうお考えなのでしょう。あいつらは我々にひどいことをしたのですよ? 同等の対価を支払わねばならないでしょう。何故我々が、あいつらを受け入れなこればならないのですか」

「同等の、というところは間違っています。皆さんは彼らに傷つけられ自由を奪われたかもしれない。ですが、誰か殺されましたか? 人質にされてた方が食べ物も与えられず苦しめられていましたか? 帰ってきた人達をみれば分かるよう、彼らは人質にも人間が生きるために必要な分の水と食料を与えていました。しかも、人質にされてた人と俺らにしか分かりませんが、彼らは人質を縛り上げなかったのです。俺が助けた時は自由に動ける姿で見張りもいなかった。逃げようと思えばそう出来た環境にいたのです。まぁ、そうはいかない理由もあったのですが。それに、皆さんは彼らに激しい肉体労働を強いられたりしましたか? 俺が見た限りそんな様子はなかった。皆さんはただ最初暴れた時の彼らに恐怖を抱き今までただ震えていただけでしょう。それは、皆さんの弱さです。皆さんが彼らに死を与えるのは自分達の都合。ただ恐れたものを消すことで解放されたいだけ。同等でも何でもない、不公平極まりない、いわば恐怖で皆さんを封じ込めた彼らと同じことをするだけだ!」

少年はそこまで一気に捲し立て、真剣な表情を門衛に向けたまま方で大きく呼吸をした。少女はその傍にずっと寄り添っている。

「だったら、我々はどうしたらいい?」

門衛は怒っていなかった。少年は確かに現実を伝えただけだ。しかし、街の人々に対してひどいことを言ったのに代わりはない。怒りをぶつけられても仕方がないのだ。けど門衛は、縋った。怒るのではなく救いを求めた。

「我々は、彼らに対してどうしたらいいのだ。そうだ、彼らに対して恐怖さえ抱きも怒りなんて今まではなかったんだ。けど、優位になった途端彼らを封じ込め恐怖と苦痛を与えることしか頭になかった。何て醜い、何て愚かなんだ! ですがね、旅人さん。私は悔しいんだ。何かしてやらないと気が済まないんだよ」

「分かっています。そう思うのは仕方のないことです。一つ、皆さんに知ってもらいたいことが。彼らは、元から悪党だったわけではないんですよ。彼らは俺達と同じ旅人なんです。けれど、これは大人数の旅集団に良くあることなのですが、お金も食べ物もなくなって、どうしようもなくなって、悪事を働いてしまうということが。これが少数だとうまくはいかないんですが、大人数だと以外とうまくいってしまうんです。それが今回の出来事。彼らだってやりたくてやったわけではないんだ。生きるために、必死だったんだ。だから皆さんには彼らを救ってあげて欲しい。彼らも自分達がした罪の大きさはとても良く分かっていると思います。どうか、彼らを助けてあげて下さい」

門衛は目を瞑って何か考えているそぶりをとった。やがて瞼を開くと笑った。

「分かりました。旅人さん達のお願いです、聞きましょう。それに、私も間違っていたなと気づいたんで」

「ありがとうございます」

「お礼なんて入りませんよ。街の人々は私に任せてください。うまく説得して見せましょう。彼らにはしばらく私の元で働かせ、街の仕事を覚えてもらいます。しっかり、街に貢献して貰わないとね。では、私はこの辺りで。ゆっくりしていってください。それから……またいつか、この街に寄ってください。今度は、もっと発展した街をお見せしましょう。ではその時まで」

深々と頭を下げて門衛は足早に去っていった。もうこの街は大丈夫だろう。頼りのある人に任せることが出来た。

「休憩するか?」

少年はずっと手を握っていてくれた傍の少女に尋ねた。少女は首を横に振った。

「じゃあ行くか。次の場所に」

少年は肩にさっき貰った袋を下げ、少女の手を引いて街の出口へと向かった。


「はい、手続き完了です。またいらしてくださいね」

今日の門衛はあの人とは違いまだ若さを顔に残した青年だった。部屋にはいると目を輝かせ、散々お礼を言われた。やっと手続きが終わって少年と少女は街の外へと出ると、若者門衛は少し寂しげな笑顔で最後の挨拶を済ませる。少年達が道無き道へと歩を進めると、二人の背中が見えなくなるまで手を振り続けていてくれた。


少年と少女は日が沈むまでただ歩き続けた。あの街につく前と同じよう、途中少し休憩も挟みながら。少年は行く宛があるのかなんの迷いもなくまっすぐに歩き続ける。少女はその斜め後ろを常に維持してその背を追った。

夕日が視界の端で暖かな光を地に反射されるようになってやっと二人は足を止めた。延々続くように見える大地に広がる小さな林を見つけたのだ。今夜はどうやらそこで過ごすらしい。不意に少年をある感覚が襲った。

「そう言えば俺ら、昨日の晩から何も食べてなかったな。何故だろう、すっかり忘れてた」

木の影に座って少年は言った。少女もその隣に座る。

「はい、少し余分に食料入ってたからたくさん食べれるぜ」

少女に手のひらサイズのパン二つと干し肉一切れ、それから水を渡し足りなかったら言えよと伝えて自分も食事を始めた。

「結局、あの街に私をおいていかなかったな」

少年は痛いところを突かれ口をへの字に曲げた。少女はいつもと変わらぬフードをかぶった状態ではむはむと小さな口にパンを運ぶ。

「仲間にしてくれないのか」

「次の街までだ」

「じゃあ何であの街においていかなかった」

少年はううと唸って顔を落とした。何か言い訳でも考えているのだろうか、少女は下から覗き込むようにして少年の視線を捉えた。相変わらずパンをはむはむと食べながら。

「それはだな、だから……君だって居づらいだろ、あそこには。色々やらかしちゃったし、あの街はもう安全だからと言って君を預かってもらえるような余裕のある人はいないだろうし、今はまだ不安定だから……」

少年はもごもご口を動かして言い訳を連ねた。少女はそれを聞いているのかいないのか分からないがじっと少年を見つめている。やがて一個目のパンを食べ終わり。舌で唇を舐めた。そしてまだ何やら言っている少年の口にもう一つ持っていたパンを当てた。少年は少女から無意識に逸らしていた視線をはっと戻す。目を丸くして、どうやら驚いているらしい。口をパンで抑えられうまく言葉が発せないようだ。今度はパンを持っている方とは逆の手で干し肉をよく噛みながら食べている少女。その瞳が見つめる先は変わらない。両手を使っているということは杖は今手放しているということか。中々珍しいことだ。少年は負けたよと少女の頭を撫でた。それからもう一方の手でパンをおしつける少女の手を取り、口から離させる。

「悪かったよ、許してくれ。でもな、やっぱり俺は仲間を作らないって決めたんだから今更その思いを曲げる訳にはいかない。ごめんな」

少女の表情は変わらないがどことなくむっとした様子だった。

「じゃあ、ここで置いて行くのか」

「まさか、街までは送り届けるよ」

「分かった。じゃあその街とやらにつく前に仲間と認めさせる」

少年は出会ったあの人同じことを言われ苦笑した。

「認めることは、ないと思うよ」

「私は死なない。足手まといにもならない」

「分かってるさ、君は強い。だからこそ頼ってしまいそうで怖いんだ。それじゃ、一人で旅に出た意味がない。強くなれないだろう」

また最後に少年は、ごめんなと付け加えた。少女もこれ以上無理を言うつもりはないらしくすっと身を引く。

「やはりあなたは優しいな」

木に凭れかかった後、小さく小さく呟いてほんの少しだけ口元を緩めた。少年の耳にその言葉は届いていたが、あえて聞こえていないふりをする。

「そう言えばさ、なんであの悪党と修道女が入れ替わってるの分かったんだ?」

「いきなりだな、話を逸らしたいっていうのが見え見えだぞ」

少年は少女のいる方とはまるで反対方向を見て口をへの字に曲げた。図星のようだ。

「まぁいい、私の思いは伝えたことだし教えてやろう。まず別に人質が取られていると聞いた瞬間に私はその存在を探した。すぐに四人それらしき人物を見つけたから取り敢えず魔力の保護幕でその四人を覆った。魔導師や魔力に深く関わるものしか見ることも感じることもできないから誰も気づかないだろう。で、あの部屋に着いた時その保護幕で覆われていたうちの一人が悪党の格好をしていたという訳だ」

ふーんと少年は流しかけ、慌てて少女に向き直った。

「じゃあ君は、あの教会にいた人すべての存在を感じることが出来、なおかつ遠距離でも魔力を届かせることが可能だというのか?!」

「あ、あぁ。多少消耗はするし集中力もいるが出来ないこともない。あなただって近くにいる人の存在を感じることくらい目をつむっていても出来るだろ?」

「出来るけど、それとこれとはまた別だろ? 俺は気配を感じることが可能なだけで」

少女は不意にマントの中から杖を取り出すとその先端の、丸い水晶があるところを少年の方に向けた。

「その水晶には魔力が宿っているのだが、そこを見ててくれ。淡く光っているだろう? その周りには白いが見えるはずだ。それがいわゆる魔力。まぁ、本当は魔力に空気が反応して変化を起こしたその痕跡なのだが、まぁそこまではいいさ。それで、何が言いたいかと言うとだな。私は人の存在を感じるのにまず魔力を放出する。で、魔力が何かに触れたりするとその感覚が私にも伝わり、それを繊細に捉えることで人の存在を感じるんだ。まぁ、やりすぎるとただの無駄遣い何だがな。あの広さの建物なら余裕だ。むしろ、こうして根拠のあることよりもあなたみたいに根拠のない気配というものを正確に察知できることの方が私からしたらすごいのだがな」

そこで言葉を切ると少女は杖をマントの中にしまった。

「感じるくらいなら集中しなくても出来るが保護するとなると少し集中が必要でな、その間自分自身は無防備となるからそこを狙われると非常に危険だ」

少年はそう言えばとあの少女が悪党に捉えられた時を思い出した。あの瞬間がちょうど少女にとってとても危険な時だったのだ。そんな時に護ってあげられなかった自分の不甲斐なさに情けなくなる。

「何を思いつめている」

「えっ……」

「自分の力不足に嘆いてでもいるのか」

嘆くまではしてないが、思っていたことは同じなので少年は言い返せない。

「あまり深く考えるな。あれは私が勝手に、やりたかったからやったまでだ。誰かさんと同じようにな」

無感情な言葉、無機質な声、それでも少女は少女なりの“励まし”をしたのだ。少女は自分のことを思い、心配してくれているのだと思うと、少年は何故だか嬉しくなった。

「それより、珍しく私がたくさん話したのだから」

「ありがとな」

少女の頭を相変わらずのフード上からくしゃりと撫でて満面の笑みを浮かべる少年。少女は何やら不満そうだがあまりにも少年が嬉しそうだからか、その勢いに圧倒されてか、おとなしく撫でられている。

「そういや俺の名前、まだ言ってなかったな。知りたいか?」

少女は素直に頷いた。意地悪く質問形式にした少年は苦笑いだ。自分の幼さにか、少女の正直さにかまでは分からない。あるいはその両方か。

「言って損することなんてないし、いつまでも二人称じゃ不便だからな。俺は、レリーズ・ライン。レイルだ」

少年が片手は少女の頭に乗せたまま、空いている方の手を差し出した。

「レイル……うん、よろしく」

少女も見よう見まねで手を差し出すと少年に強く優しく握られた。

「君は確か、フィナだよな」

「そう、フィナ。名無し、終焉という意味のフィーネアから取ってフィナ」

少年は絶句した。

「そんな意味なのか?」

「うん、昔の魔導師が使っていた今は亡き言語だけれど」

複雑そうな顔をする少年に、無表情の少女。本人は全く気にしていない模様だが、呼ぶ側としては気になるところだろう。

「嫌か?」

少女は悩んでいる少年にそう尋ねた。きっと少女には、難しい表情の少年がこの名前を気に入っていないと思えたのだろう。幾分そのことで傷ついた様子はなかったが。

「嫌というわけじゃないが、呼びにくいと言うか……響きはいいんだけど、その」

「意味が気になるか。じゃあ、レイルが呼びやすい名前を考えてくれ。どうせ親から与えられた大切な名などない」

さらっと衝撃の事実を伝えられ少年はもうどんな顔をしていいか分からなかった。曖昧に笑ってじゃあと意見を述べる。

「ミリアなんてどうだ? ミレナリアっていう泉がこの世界の何処かにあるらしくて、別名願いの泉とも言われてるんだ」

「ミリア、願いか……それでレイルが呼びやすいなら私はなんでも構わない」

「じゃあ決定な。ミリア、うん。いい響きだ」

少女も数回ミリアと呟いて、しっくりきたのかうんと頷いた。良かったと少年は安堵する。ただでさえこの物寂しげな少女に名無しだとか終焉だとかいう名前は渡したくなかった。せめて、この少女に少しの幸せをと願いを込め、伝説の泉から名前を借りた。たとえ目立つ感情がなくても、こんなに可愛らしい少女なんだ、相応しい名が良い。少年は沈みゆく太陽に手をかざした。

「ねえ、レイル。これはどうするものなの?」

少女がふと素朴な疑問を投げかけた。小さな手にはあの鳥の首飾りが握られている。門衛が首飾りだと言っていたことを思い出し、少年は少女からそれを受け取ってフードをとってごらんと言った。少女は何の躊躇いもなくそれに従う。

「後ろを向いて、ちょっと髪をよけてくれるかな」

言われるがまま、髪を横に流す。綺麗な首筋が露わになった。少年は少し緊張しながら髪の下に紐を通して首元の後ろで紐を良い長さに調節し、しっかりと結んだ。

「これでよし、髪を戻していいよ」

その時あることに気づいた。少女の髪を見たことはあるが、その長さまで気にしたことはなかった。何故か少女はマントの中から髪を全て出して軽く首を振ったのだ。少年は少女の髪がとても長いことを知る。立てば足の太腿を半分は隠してしまうだろう。知ったからと言って何かが変わるわけではないが、少年はその長く美しい髪に魅了されてしまったのだ。

「どうかしたか?」

少女に言われ、自分が少女のことを見つめていたことに気づき少年は慌てて視線を逸らした。

「いや、なんでも」

「そうか」

少女の胸元では鳥の細工が輝いていた。何か光に反射するものが埋め込まれていたらしい。夕日に照らされ、なお光を増す。

「それ、綺麗だな」

少年は気を紛らわすためにかそう言った。少女もそれが何を指すのかすぐに気づいて頷いた。

「こういうものは、初めてだ」

誰に言うでもなく呟いて、鳥を指でつまみ夕日に翳した。そんな少女の姿は憂げで、とても絵になるものだった。亜麻色の長い真っ直ぐな髪が夕日に照らされ淡い赤に染まる。また見とれそうになりすぐに目線を少女から外した。自然と瞳には地平線に沈む夕日が映る。

「もうすぐ夜だ。明日も朝から歩くし、今日はもう寝よう」

少年は夕日に向かってそう言い、旅用の大きな鞄からテントを取り出して組み立て始めた。

「ねぇ、本当に途中で置いて行ったりはしない?」

少女もそれを手伝いながらふと尋ねた。少女にとって、何よりも大事なことだろう。少年は頼もしい笑みを見せた。

「あぁ、良い街が見つかるまでは絶対にミリアを護るよ」


それから数日、二人の耳にある噂が入ってきた。

『悪者に乗っ取られた街が、奇跡的な発展を遂げたんだって! まだまだ大きくなってるらしい。もう街と呼ぶより都市と言う方が相応しいかも。で、何でこうなったかって言うとな? それがどうやら、悪者が改心して街の人と協力をしたからだとか……』

ここまで読んでいただきありがとうございます。優華です。

今回は久しぶりにファンタジーを書かせていただきました。他に二つ書きかけのものがある中、しばらく間を開けてしまったので感覚を思い出すために、頭にふいと浮かんだものをあれこれ着色して一つの物語へと仕上げました。実は、この続きの話を考えていたりします。気になる方、反響あれば続きを書こうと思っていますのでご意見お聞かせください。

その他、感想アドバイス等お待ちしております。

それではこの辺りで失礼します。


2012年 10月19日 春風 優華

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