鋼鉄の牙
一日遅延しました。物語りもいよいよクライマックスへと向かっています。どうか最後までよろしくお願いします。
大型巡洋艦狩野と小矢部が三〇cm砲を敵の巡洋艦に発砲しながら波を渡りどんどん進んでいく。巡洋艦も遅れまいと続く。敵の艦隊も被害はこうむっているがまだ戦闘力は喪失していない。
お互いは単列陣ですれ違う形となった。大型巡洋艦の砲撃で敵の駆逐艦・巡洋艦の周囲には水柱が直立する。しかし水柱が豪快に立つということは命中していないと言うことだ。
と思っていたが違った。それは九一式徹甲弾の効用による誤認だった。九一式徹甲弾は前回にも書いたとおり水に落下すると魚雷のように進む。これは五〇~一〇〇mしか進まないが当たれば魚雷同様の効果が期待できる。水中に落下した砲弾は水中を滑りつつもぐり柔らかい艦底付近を貫いて爆発する。
そのため「敵駆逐艦、突如轟沈」報告が来て初めて九一式徹甲弾がその効果を出したのだと悟った。
日本巡洋艦は妙高・那智・足柄・羽黒・青葉・最上の順列で突撃していた。熊野は手負いのため速度が思うように出ず後方待機。とはいえ速度は二四ノット以上出せる。その後ろに駆逐艦が続く。距離が一万を切ると同時に水雷戦隊は魚雷を一斉に放ち進路方向を一八〇度変える。米艦隊はこれをみるとジグザグ航行へと移ったが魚雷は扇形に放たれていたらしく一発、二発、三発と複数の爆音と共に砲弾とは違う水柱が立つ。駆逐艦に主に命中したらしく轟沈する艦が相次いだ。周囲は火の海となり艦首と艦尾が裂けている艦がちらほら見られた。生き残った米艦隊は今度は回頭したかと思えば進路を塞ぐ日本巡洋艦から多数の砲撃を受けた。大型巡洋艦も接近しつつ発砲してきた。米水雷戦隊は一時後退へと移った。
一方戦艦の戦いは一番槍で攻撃した日本艦隊は決して善戦とはいえなかった。戦艦フロリダをはじめとしアイオワ級戦艦との砲門数が不利につながっていた。既に飛騨の中央甲板からは黒々とした煙が噴き出てきた。命中したのはアイオワの砲弾でフロリダ戦艦まで飛騨を狙っていた。対空機銃がことごとく粉砕され兵員室が破壊されて一五四名が死傷した。
ただし日本艦隊にマイナス要素しかないかというとそういう訳でもない。なぜなら威力であれば越後と尾張は有利である。砲身内にはライフルという溝があり砲弾はこの溝により回転をつけて発砲される。大体の砲は二八口径により一回転する。そのため越後と飛騨は砲身内で約二回転砲弾を回しながら数百キロの爆薬で砲弾をはじき出す。その後高速回転しながら旅客機のような速度で砲弾は敵に向かって飛んでいくわけである。
「ジャップの戦艦の一隻は既に捕らえ一泡ふかせた。残る二隻もすぐに捕らえられるだろう」アイオワの艦橋から作戦室に移動した艦長は勝利を確信していた。日本は艦橋にたって指揮をとるがアメリカの場合は戦闘が始まると艦橋から離れることが多かった。文化の違いである。
砲の数では有利な立場にたつアメリカ艦隊は再び飛騨に命中弾を送り込んだ。第二艦橋が閃光を発し脆い塔のように粉々に散りつつ倒壊し激しく炎上した。すぐに火災の鎮火に当たるが先の攻撃により火災防止処置の水兵があわただしく消化ホースを持ち現場を駆けるが、火は激しく甲板上を舞った。さらに至近弾のため兵員を殺傷する爆風や破片、高熱にさらされ熱湯となった波が兵員達を襲った。さらには尾張にもミズーリの砲弾が二発命中。幸い一番分厚い装甲部分に命中したため砲弾をはじき返せたが、ミズーリが尾張を捕らえたのは疑いようのない事実であった。
「そうかジャップの戦艦一隻が火災を起こしているか。次は牙と足を潰してファイア・ズーム弾で止めを刺してやれ」珊瑚海で見せ付けた砲弾だ。過去に飛騨は直撃を受け甚大な被害を被っている。
その時再び強い衝撃をアイオワは受けた。第一砲塔が炸裂し紙細工のように天蓋の一部が損傷し、その破片がはじけるように甲板上に刺さった。それに加わり強い横揺れと艦を下から揺るがすような衝撃をアイオワに乗船している全員が体験した。さらにもう一弾がアイオワを襲った。その後受けた報告は彼らを絶望へと追いやるものだった。
「第一主砲、照準機故障」
「敵の砲弾艦内にて炸裂。機関室と連絡取れず。恐らく機関長以下機関室にいたほとんどのものが戦死した模様」
「アイオワに命中!二発です」「よしっ」と砲術士が表情で語る。アイオワは速度をどっと落とし一〇ノットに来たときいきなり右へと回頭した。それは艦長の意思ではなかった。
アイオワは右の機関は停止(破壊)したものの左の機関は生きていた。そのため左のスクリューだけが回っており右へ右へと船体が動いていたのだ。当然こんな状況では照準どころではない。
「目標アイオワから三〇〇メートル級の戦艦に変更」アイオワの様子を確認した艦長はそう指示した。アイオワには水雷戦隊が近づいていた。
「目標アイオワ型戦艦を挟叉」尾張はようやく敵艦に対し挟叉弾を得た。挟叉とは発砲した砲弾が敵艦の約一〇〇メートル位置の前と後ろに着弾することである。敵艦の前と後ろに落下すると言うことは前後の座標で敵を捕らえたのと同じである。そして数分後尾張はイリイノに命中弾を与えたのである。同時に駆逐艦暁・響・雷・電の四隻がアイオワに接近し内二隻が雷撃した。アイオワはまともな抵抗もできず六本の魚雷を船体に受け急速に海へと沈んでいった。
戦艦飛騨はもはや体中から流血した兵士のようにぼろぼろになっていた。艦橋は歪み中央構造物は倒壊し機銃や高角砲などの対空兵器はことごとく破壊されていた。甲板もすっかり剥げ鋼板が見え始めていた。中央部分の火災はある程度鎮火したものの熱により手を突けば火傷する地獄の場所へと変貌を遂げていた。
それでも飛騨は敵艦に照準を合わせ主砲を発砲する。暗闇の海は今や炎により紅へと染まりこれまでの惨劇、そしてこれからの惨劇を物語るかのように見えた。
やがて海戦は終結へと向かい始めた。
次回 1月以内(12日くらい)