月影の殴り合い
二〇〇〇 ミッドウェー海戦でのウィスコンシンの仇討ちを果たすためにアイオワ級戦艦のアイオワ・ニュージャージー・ミズーリと新たに建造されたイリイノの四隻と同級のモンタナを失った戦艦フロリダの第三艦隊の合計五隻の戦艦は巡洋艦と駆逐艦を引きつれウィリアム・パイ指揮官の指揮の元海域を移動していた。ちなみに本土ではモンタナ級戦艦三番艦メインが既に起工していたがパナマ運河の幅が狭く航行できず、その他の海路を通るのに時間がかかるため本海戦には参加していない。
暗い海を移動する中アメリカ海兵の次第に増していく復讐心は疲れを忘れさせるようなものっであった。汚らわしい有色人種を排除し我々崇高なる白人こそが正義だということを全世界に見せ付けてやるという差別意識を持っていた者もいた。今の時代で肌の色で差別するのはごく少数の方々だけだが、この時代は白人こそがもっとも優れているという考えが白人の間では当たり前だった。
日本第一/二戦隊は迷うことも無くサイパン島方面へ向かっていた。そのため両者の接触は時間の問題となった。十八ノットという速力を両者が出しているわけだから一時間で七〇キロ近づいているのだ。
日付が代わり〇二〇〇。越後の測距儀がいち早く敵を捕らえた。三九〇〇〇mに敵影。測距儀の目盛りがほぼ最大であった。さすがにここからの距離からの砲撃は無意味である。それは敵艦も同じことだ。さすがに四〇〇〇〇m前後から敵艦を正確に射撃できる砲や測距儀は無い。
アメリカ艦隊の中で一番最初に日本艦隊を捉えたのはアイオワだった。
本海戦は一六インチの砲門数はアメリカ側が四八門、日本側が二七門で不利である。だが越後と飛騨は53口径という長砲身であり尾張も砲身長五〇口径とアメリカ側の砲身長である。
第二戦隊の駆逐艦隊と大型巡洋艦がアメリカ艦隊に最大戦速で突き進んでいった。巡洋艦がその後ろから八インチ砲を向け邁進する。
アメリカ艦隊はフレッチャー級駆逐艦を二七隻とクリーブランド級軽巡洋艦六隻が対抗した。
カタパルトから偵察機を出してみようとしたが対空砲火の餌食になるだけだと判断されたため中断された。
先頭の駆逐艦同士が距離二五〇〇〇メートルを切った時双方の戦艦の相対距離は三〇〇〇〇mだった。
その数分後本海戦の初発砲を行ったのは大型巡洋艦狩野の一〇インチ砲だった。仰角四〇度の大斜角で発砲した。もっともこの距離で命中することは無く豪快な水柱をあげるだけだった。
まともに命中弾が得られる距離になったのはそれから少しのことだった。
「敵戦艦との距離は」尾張の艦橋では栗田指揮官の命令により射撃準備に入っていた。
「距離二八五〇〇メートルです」この報告に次いで「方角北北東アイオワ級らしき大型艦三…いえ四!別の大型艦1隻」と口答報告がきた。
別の大型艦?珊瑚海にいたあの三〇〇m級の大型艦の事か。栗田はそれだけ考えると目標をアイオワ級に定め射撃体勢に入らせた。
敵艦に向かい縦に移動しているため単純に考え後方にあった三番砲塔は撃てない。前方の二つの砲塔の六門で狙わなくてはならない。アメリカ艦隊は目もくれず真っ直ぐ突き進んでくる。
「撃ち方用意」砲術長の指揮の元射手・旋回手が担当し照準を合わせる。
「撃てぇ」射撃のための準備が終了し射手が号令に答え主砲の引き金を引く。すると大音響と共に主砲弾が勢いよく飛び出る。海面に着弾すると海水が沸き蒸発する。
至近弾が幾つもアメリカ艦隊を取り囲んだが命中弾は得られなかった。
〇二二〇 大型巡洋艦がフレッチャー駆逐艦の一隻に命中弾を与える。甲板に殴りついてきた砲弾は榴弾であったため着弾し炸裂した。爆風により前部主砲が引き裂かれた。
対しアメリカ艦隊は包囲陣形を取り魚雷での一撃必殺を狙った。
常人であれば一寸先を確認するのさえ難しい暗闇の中、測距儀を通し水平線の向こうの敵を睨む測距士は尋常ならざる視力と暗闇に対する適応力を備えている。
「ジャップの遠方射撃は自信過剰すぎるな」アイオワ戦艦の艦長は水柱しかあげることができない日本艦隊の射撃を見てほくそ笑んだ。
「右九〇度に回頭だ。戦いとは使えるものはすべて使って勝つものだと地図の端っこにいる猿どもに教えてやれ」アイオワが回頭する。それにニュージャージー・ミズーリ・イリイノ、そしてフロリダがそれに続く。
「距離はどれほどだ」
「二五〇〇〇メートルです」
「わが軍が得意とする絶好の距離ではないか」と特に根拠は無いが言う艦長に対し砲術長は口角を少し上げ自信に満ちた顔を見せる。
徐々に正確になる日本軍の射撃に目をやる。同時に主砲射撃がいつでも可能な状態に入ったという報告を受け取る。
艦長は間髪入れずにすぐに「撃て!」と大声で告げた。主砲が火を噴き艦を揺らす。艦橋にもビリビリと小刻みに震動が伝わってくる。
だが、この射撃の時の振動は今までの中でも最も強力なものだった。慌てて椅子にしがみ付く。
「なんだ」しかし答えは自分で得る事ができた。体はよろけ揺れる視界の中紅蓮の炎がすぐ目の前に現れた。
「クソッタレ!」思わず艦長は呪詛を吐いた。
「直撃したか」越後の艦橋内は歓喜の声が聞こえてきた。「はいただ榴弾でしたのであまり大きな戦果は期待できません」
「そうか…使用弾を九一式徹甲弾に変更せよ」九一式徹甲弾は日本海軍の最強の砲弾でる。又これは水中に着弾した時水面下をそのまま突き進むという魚雷のような性能を持っていた。
その九一式徹甲弾を越後よりはやく使用していたのが巡洋艦部隊であった。妙高・那智・羽黒等はここぞとばかりに射程内にいる敵艦をひたすら撃った。
日本艦隊を取り囲んでいたアメリカ艦隊の内、駆逐艦は三隻が大破炎上中であった。一隻の巡洋艦は廃艦されて数十年たったような鉄屑同然の姿でそこに(かろうじで)浮いていた。
空気の振動。弾かれるように飛び散る閃光。波の音。淡い光に照らされる艦隊の月影。鋭い爆音。我を忘れるような時間の中、艦隊同士の殴り合いは続いた。
次回 12月22日か…年末休日の29日。