連合艦隊
9月10日
広大な海が眼前に広がる。青々とした海面に潮が白いラインをいくつもひきながら揺れ動く。対して空は海のそれとは異なりなにやら不穏な色をしていた。太陽をすっかりと覆いつくすねずみ色の雲が上空を覆い、所々飴色の空が見える。
やがてその空は雨を降らしはじめ海も次第に荒れ始め、高い波を幾つもたてている。その波にも負けずに日本艦隊は訓練に励みに励み、そして本日いよいよ最終練習に入るためシンガポール南80海里に位置するリンガ諸島とスマトラ島の中間に位置するリンガ泊地に向かっていた。リンガ泊地はリンガ作業地ともいわれていた。島の環境は無風の熱帯地帯という地獄のような場所であった。赤道直下だから暑くないほうがおかしい。
しかし艦隊の訓練や停泊をする場所としては最適であった。まずマレーのバレンバンの石油の製油所などが近いため燃料の心配は要らず、湾は非常に広く多種多様な訓練が行えた。さらにこの湾に通じる水路はすべて浅いため潜水艦もほぼ浮上したような形で侵入しなければならない。そうでない水路には磁気探知機などが仕掛けられていたが今回は轟水が新たに見張りにつくためより安全である。さらにここは燃料の関係で航空基地が多く敵機もまともに侵入できないという、「どこで戦争があるのか」と思わず問いただしたくなるような場所であった。
航行中高速輸送船が艦隊から四〇〇〇メートルはなれ、すれちがいに航行していることが確認された。
そしてトラック島にいた艦隊もリンガ泊地へと移動した。事実上の拠点放棄であった。
9月15日には艦隊が全て集いリンガ泊地で訓練を開始した。この度この場所で訓練を行っている顔ぶれは以下のとおりである。
航空母艦は小型空母・大型空母をほぼ全て組み入れていた。
航空母艦「大鷹」「瑞鳳」「飛龍」「凌鳳」「日向」
新鋭小型空母「雲鶴」「大鶴」「迅鶴」
小型空母「飛鷹」「隼鳳」
戦艦 「越後」「飛騨」「尾張」「金剛」「榛名」
大型巡洋艦 「木曽」「狩野」「小矢部」
巡洋艦 「高雄」「愛宕」「摩耶」「鳥海」「妙高」「那智」「足柄」
「羽黒」「高瀬」「荒川」「六甲」「高倉」「三原」「小山」
「青葉」「衣笠」「利根」「筑摩」「最上」「三隅」「熊野」
駆逐艦「浜風」「天津風」「時津風」「峯風」「澤風」「沖風」「島風」
「灘風」「矢風」「汐風」「秋風」「夕風」「太刀風」「帆風」
「野風」「波風 」「沼風」「神風」「春風」「旗風」「追風」
「朝凪」「睦月」「弥生」「卯月」「水無月」「文月」「長月」
「菊月」「望月」「叢雲」「浦波」「敷波」「朝霧」「天霧」
「狭霧」「朧」「暁」「響」「雷」「電」「初春」「若葉」「初霜」
「白露」「時雨」「村雨」「夕立」「春雨」「五月雨」「海風」「涼風」
「薙刀」「鎌」「剣」「矛」「鉈」
潜水艦 「伊12型」「伊13型」「伊14型」
轟水 1/3/5/6/10/11/12/13番艦
高速給油艦 「千歳」「千代田」
連合艦隊が総力を挙げた約一〇〇隻にも及ぶ大艦隊である。高速給油艦が何故戦闘訓練に参加しているかというと実質「千歳」と「千代田」は高速給油艦兼水上機母艦だからである。
日向はセイロン沖海戦で損傷したが修復はギリギリ間に合った。日向はいままで何回も中・大破しては修復されている。
翌日16日 サイパン島から伝達があった。敵機が一〇〇機単位で幾度となく襲撃してくると。
同日 サイパン島から攻撃隊が出撃。戦闘機一六機・雷撃機一八機・爆撃機一二機の編成だった。
二時間後に機動部隊らしきものを発見する。攻撃を開始。
この攻撃で空母三隻撃沈、巡洋艦二隻撃沈と誤報を送った。実際は護衛空母一隻撃沈、軽巡洋艦二隻炎上というのが真実であった。
9月17日 〇九〇〇 再び米艦載機の攻撃が行われた。サイパン沖に展開されていた潜水艦伊19、伊20が敵艦隊を捕捉するが伊20が駆逐艦にかえり討ちにされてしまった。
伊19は昨日攻撃を受けた巡洋艦フィラデルフィアに雷撃を加え撃沈に成功した。
九六・九七式戦闘機が多数配備されていたが前日の攻撃で3分の2が損失する大損害を被っていた。
サイパン島には陸海軍四万の兵士が駐留しており、ある程度の防御陣地を作成していた。多数のトーチカ陣地や防空壕などが築かれていた。
防空陣も作成されていたがこれは不十分といわざるを得なかった。高射砲や対空機銃は数えるほどしかなかったのだ。
案の定このことを本土の陸海軍上層部は知っていた。そしてサイパン島を失えば日本の補給路確保が難しくなるのと同時に本土が日本が太平洋に持つ拠点のあらゆる場所に攻撃を加えることが出来るようになることも理解していた。
9月18日 大本営はサイパン防衛作戦を連合艦隊を主力として行うことを決定した。
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