ビルマの砲声
一九〇〇 宵闇で破裂音が轟いた。メラメラと木造建築の家のように鋼鉄の装甲を帯びた装甲車が燃え上がった。
「国府軍が周囲に潜伏してるぞ」銃声がなびく。混乱していたが帝国陸軍の意志の強さを見せるかのように直ぐに戦闘態勢に入った。
「第四小隊突撃せよ」銃剣を装着した兵士が数十人単位で銃弾が飛んでくる方向へと駆ける。国府軍はそれを寄せ付けまいとひっきりなしに銃弾を撃つ。しかしひるむことなく進んでくる日本軍との距離は次第につまる。背中を向けて逃走を図る時にはもう遅く背中に激痛が走り銃底で殴りつけらる。もしくわそのまま息の根が止まるまでメッタ刺しにされる。
「続いて中隊突撃」今度は倍以上の人数が大声を上げながら迫ってきた。重い小銃を持ちながらよくその速さで駆けてこれると関心さえ覚える。恐怖に心を支配された国府軍は一気に後方へと駆け出す。殺意を持った数十人の軍団がかけてくる。足音が聞こえ次第に大きくなる。一〇あった距離が五に縮まっている。時々うめき声が上がる。それは後方から迫る殺意に溺れた敵兵士に味方が八つ裂きにされる断末魔の叫びである事を逃げる兵士は悟る。同時にいつ自分が追いつかれて殺されてもおかしくないという宣告でもあった。
「夜襲は失敗か…」国府軍を率いる国民党軍の指揮官は話を聞く。ビルマの日本軍は今まで以上に防備を固めており少数部隊によるゲリラ攻撃では戦局を変えるには至らない事を攻撃に加わった国府軍の兵士は感じた。現に二八名の味方のうち帰って来れたのは自分を含めて四人である。
「日本人のやつらめほかの国と一緒に大陸から出て行ってくれ」そう言ってふと草むらを見る。黒い影が揺らっと立ち上がる。ガサガサと草が揺れる。背中に冷水をかけられたかのように鳥肌がたち体が一瞬硬直した。小銃に手を伸ばすが。潜伏には不向きな大きな発砲音が聞こえた。一分足らずでその周囲にいた国府軍は全員死亡した。
この夜あちらこちらでの戦線で一進一退の攻防戦が行われていた。
二二〇〇 「夜中に戦車走らせるのも悪くはないかもしれん」車体に合わない八八ミリ砲を装備した九七式チハが一五輌走る。「さぁて森林のお出ましだ」ついてきた四九〇名の歩兵が一列で移動する戦車を守るかのように両側面にそびえ始める森林を横目にして移動する。暗い夜道の中大部隊が移動する。ビルマの前線の主力戦車をかき集めてようやくこの車両数に達した。最近では後方ですら保有数が少ないという。それほどにまで戦況は悪化してきているのだろうか。
情報によればここから一〇キロ前方では味方三個中隊が国府軍と交戦し全滅し撤退したという連絡を受け取っている。既に敵陣に入っていると考えておかしくない。
どうして予想というものは悪い時に限りこうも当たりやすいのだろうか。
「敵襲です」林を見張っていた兵士が大声を上げた。そこには国府軍が待ち構えていた。
「しまった」戦車隊が猛スピードで左右に砲塔を向けつつ撤退をしようとしたが後方の林からも敵が現れる。まさに孤立無援。銃弾や手榴弾が容赦なく飛び交う。チハ車は視界が悪いながらも砲声をなびかせ敵を数人単位で吹き飛ばした。着弾地点には大きな穴があく。
装甲に度々流れ弾が着弾するらしくガンガンと甲高い音が出る。十字砲火を浴びせられながら浴びせるという血糊で真っ赤に染められた林の草木には兵士たちの臓器物や死骸が石ころのように転がっていた。戦車隊の中列のチハ車が爆発。森林の奥で閃光とともに発砲音が轟いた。
「右方向に対戦車砲です」歩兵が銃声や砲音に負けない声で伝える。「よし右方向の森林を蹂躙せよ」戦車隊は方向を九〇度変え背の低い木々や草を踏みにじりながら砲声がした方向へと突き進む。機銃弾を乱射しながら森林を駆け抜けてくる戦車隊に再び対戦車砲が咆吼した。
「三番戦車・一番戦車ともに大破」国府郡は前や後ろから執拗に手榴弾や機関銃を撃ち続けてくる。近くで再び戦車のものかと思われる爆発音が響いた。
「距離三〇〇煙が見える砲撃手、撃ち込め」チハ車の八八mm砲が咆哮する。周囲の戦車も撃ち周囲の木々が一斉になぎ倒される。一秒遅れて奥の方でボンッと紅の炎がはじけた。
しかしまだ対戦車砲があるらしく別方向からも砲声が聞こえてくる。国府郡の兵士を機関銃でなぎ倒しながら対戦車砲の地点を探り当て発砲する。手榴弾攻撃と対戦車砲の攻撃を受けながら戦車隊はひらすら林の中で砲声を上げながら奮闘した。
二三〇〇 燃え上がる森林を背にしながら七輌の戦車と二〇〇名の歩兵は国府軍を撃退しながら車体を前へと進めた。
この後も数日に及び国府軍との一進一退の攻防戦は続いた。しかし月が変わる頃には早くも国府軍は当初の勢いを失いつつあった。
一ヶ月半が経った頃ビルマから国府軍は完全にたたき出された。同時にインド方面でも敵の本拠地を包囲したとの連絡が入った。長きにわたって続いたビルマ戦線は二万という死傷者を出しながらなんとか終結した。
七月に入り真夏の日光が朝から照りつける。その日光を反射させながら長い間実戦をしていない連合艦隊の姿がそこにあった。九月に続々と新入りとなる船舶を待ちわびているかのようであった。
一・一・三・三・五・五計画に基づいて建造される船の内戦艦は既に船体がほぼ完成している。二週間後には進水式が行えるようである。さらに新造空母も戦艦より後に建造され始めたが異常な速度で建造が進んでいる。駆逐艦は既に進水式を終えており現在武装取り付け中で重・軽巡洋艦の建造もぼちぼち進んでいる。
全てを九月までには完成させるというハードスケジュールをこなしたら今度は新しい船での訓練が海兵達を待ちわびている。
太平洋は今日も静かだった。だが後に日米の総力による国家の存亡をかけた海戦が行われるのだった。
―――――西暦一九三八年。
大陸の陸上戦の帰趨が決した。しかしそれは単に太平洋での戦い前の一休みに過ぎなかった。
そして一九三八年の九月一日アメリカの日本殲滅作戦が始動する。帝国陸海軍の国家の存亡をかけた最終決戦が始まる。
次回:見殺し(+年表を外伝?のトコに一応投稿しときます)
更新日 九月二九日 予定