森緑の航空戦:前編
1人にスポットライトを当てたら少し全体像がわかりづらいことになりました。まあ一人の空戦録として見てください。
四月一九日 一〇〇〇
澄みわたる空に敵影無し。だだっ広いはずの滑走路が狭く見えるほどに味方機がずらりと並んでいる。戦闘機・爆撃機が何十機も翼を連ね今か今かと出撃を待ちわびている様子は見ているだけで戦意が増幅する。海軍機の九六式戦闘機もある。今回の作戦で我々海軍はインパール爆撃任務が課せられている。さらに陸軍も出撃するようだ。
整備兵達が細かく手入れをし爆撃機には黒々とした爆弾を、戦闘機には航続距離を伸ばすための落下式燃料タンクをそれぞれつけている。こういう光景を見ると今日の作戦は必ず良い戦果を残してきてやるという気分になる。
一〇三〇 その時、指揮所から誰かが出てきた。分隊長だ。分隊長が黒板に向かうのを確認すると私はその場へと向かった。すると先程まで機体を眺めていたり話をしていたりした者が、一斉に黒板の周りに集まった。その様子を気にする素振りも見せずに分隊長はただ無造作に黒板に文字を書く。
書いているのは今日の作戦に参加する航空機搭乗員の名前だ。私の名前は書かれるか・・・。今か今かと黒板に書かれる文字を凝視する。黒板に名前が書かれるといってもフルネームが書かれるわけでない。苗字の一番目の文字が書かれる。田中という苗字のものがいれば"田"と書かれる。私は裏神という苗字なので"裏"と漢字が書かれれば良い。
指揮官 沼田大尉に続けて"南"という字を三角で囲む。まるで囲んだのは彼が准士官だからである。三番機は同期の本田であった。"本"という頭文字に印を書き込む。これは下士官には印を書き込むからである。
次の編隊が書きまれる。古参の上壁飛行兵曹長の"上"の字を三角で囲む。続けて一等飛行兵曹の彩峰の"彩"の字に印が加えられる。
そして最後に裏という漢字が書かれ印が加えられた。私は今回の作戦に加わるということだ。俺は心の中で小躍りした。今回の重要な作戦に加えられたのがとにかく嬉しかったのだ。ちなみに私の階級は三等飛行兵曹である。
任務内容は九六式戦闘機を駆って爆撃ポイントの周辺空域の制空並びに攻撃機の護衛である。爆撃機は九六式陸上攻撃機が計四〇機である。俺たち護衛戦闘機は二四機。陸軍の九七式戦闘機は第二次攻撃隊の護衛に一五機が編入。そして基地の防空担当は陸軍機である。三機が1時間で交代するようである。しかし九七式戦闘機は九六式より速度などが早いらしく少しうらやましい。
一一〇〇 やがて滑走路の至るところでエンジンの轟音が聞こえ始める。無心に回るプロペラが整備兵達が丁寧に仕事をした証拠である。
「出撃用意!」の号令とともに愛機に搭乗員がゾロゾロと乗り込む。私も駆け足で九七式戦に向かい乗機した。エンジンの出力をぐっと上げ滑走路を走る。各機は滑走をいっぱいに使い各々申し合わせたかのようにほぼ同じ地点で地面を蹴り上空へと勢いよく舞い上がった。
総計約八〇機と基地の九割の航空兵力による堂々たる出撃であったがエンジントラブルによってか九六戦と九六式陸攻が双方一機ずつ引き返した。残念ではあるが無理に飛行して搭乗員もろとも敵機に食われては話にならない。
我々が護衛するのは第一次攻撃隊(陸攻一五機)である。後続の第二次攻撃隊(陸攻二三機)は千メートル後方より追尾してきている。
高度三〇〇〇mで私は下士官の彩峰曹長の機体の後ろにつく。雲の切れ目から僅かながらに森緑の大地が姿を見せては雲にその姿を覆われていく。にしても新型の九六式戦は中々に性能が良い。米国進出の時に改良された型にこの機体に装着された二〇mm機銃はとても威力が大きいものらしく大型機でも数発喰らえばたちまち煙を出すという。俺はいままでの撃墜スコアは二機である。それも戦闘補佐をして貰ってである。いつか自分一人の力で敵機を叩き落とすのが現段階での目標である。
どれほどの時間が経っただろう。突如として上壁兵曹と彩峰一等飛行兵曹が翼を傾けた。まだ到着地点ではない。「五〇〇m下方に敵機発見、俺について来い」と無線から上壁兵曹の声が聞こえた。普段そこまで聞こえの良くない無線だがこの時はしっかり聞こえた。
空気抵抗が大きくなる原因の落下型燃料タンクを落とすと、機体はスッと浮き速度が少し速くなった。
――――この時英国軍は日本軍の攻撃を察知し四〇機のスピットファイアで迎撃。
この時になってようやく機首の九mm機銃二丁に銃弾に一切の装填をし忘れていることに気づいた。本来ならこの時前の二機を追いかけるべきなのだが、あがっていたのだろうか装填の方を先にしてしまったのだ。
そのため―――。間抜けなことに自分の機位を失ってしまったのである。私はたいそう慌てた。空戦が始まったため速度を上げている。おまけに降下したのだから少なくとも最高速度の五〇〇キロは出たと考えて当たり前である。
謝りながら無線で位置を聞こうとした時だった。自分は生まれて初めて殺意というのはこういうものかと感じ取った。後ろに何か邪悪とでもいえる気配を感じ取ったのである。
自分は後ろを確認する暇もないと判断し機体を左に滑らせると・・・刹那。ダダダッと激しい音と曳光弾が自分の機体スレスレに流れてきたのである。間違いない敵機だ。自分は今敵に後ろを取られてるんだ。一瞬だけ後ろを確認する。いた!二〇〇m後ろだ。恐らく英国機とみて間違いないだろう。目と鼻の先の距離で自機が後ろを取られるなど最悪の状況他ならない。再び銃声と曳光弾が自分の機体に向かって流れてきた。スロットルレバーを全開にしエンジンの出力を最大にまで引き上げながら操縦桿を左に倒す。
しかし間に合わない。直後に蹴り飛ばされたような衝撃を受けるとともにカマを弾いたような音が神経を伝わったきた。ビリッと左腕の神経が痺れる。
左の風防ガラスが割れて左腕から出血しているのが確認できた。やられたか。直感が知らせてきた。だがまだ飛べる。エンジンは無心に動き続けている。
その時、敵は速度を出しすぎていたのか自分の機体の前にグッと出てきたのだ。これは最大のチャンスだ自分の機銃の前にわざわざ躍り込んできたような英国機に発射把柄を押し九mm機銃弾を撃ち込んだ。両翼の二〇mm弾も出たがこれは当たらなかった。しかし九mm機銃弾は敵機に吸い込まれるように次々命中。
敵機は煙を吐き出し機首をガクリと落とし雲の中へと消えていった。俺は敵落としたのか。やったという気持ちと共に安堵の気持ちの両方がでた。
さて二人を探さなくては、完全にこの時自分は安心しきっていた。が、突如として今度は右斜め後方から射撃を受けた。翼の上下に曳光弾が流れた。
本日は二話更新、引き続き森緑の航空戦:後編をお楽しみください。




