新型艦艇建造計画
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「小型空母を量産して南方、太平洋の方の戦況を安定させるべきだと思います」山本五十六は航空機主義者として有名だ。そしてこの意見に対して山口多門が大賛成した。
ここは会議室である。連合艦隊の戦力の喪失についてこの先予算をどのように使うかというものだった。第1案の現連合艦隊損傷艦の修復は決定した。第2案でこの先どうするかというもので、第3案は例の日向の扱いである。第2案での対オーストラリア用の小型空母の建造は決定していた。
豊田副武はこれに対抗して補助艦艇の大型巡洋艦や戦艦の建造を要求した。鴨田はどちらかというと豊田寄りであった。
「水上大艇ではあるが航空機が前回の攻撃でどのような戦果を挙げたというのかね」鴨田がそう口を開いた。五十六はしばらく考えこう言った。
「それを墜としたのも航空機です」議題は長く続いた。小沢中将や宇垣中将も五十六に同期した。しかし大艦巨砲主義の方が優勢となり神大佐も大艦巨砲主義優位論を唱えて、鴨田が対艦巨砲主義を最後まで進言したため時期作成される艦は戦艦2隻、またこれを援護する強力な巡洋艦4隻であった。しかし南方より物資はいまのところ順調に届いているため対オーストラリア用の空母4隻の建造は覆されず許可された。
問題の日向型戦艦は甲板上はひどく損傷していたが缶室じたいは微々たる損害のため甲板さえ修復すれば何とか使える状態であった。
しかし大砲を乗せるなら16in砲を乗せるのが望ましく艦橋などを新たに作るなら新しく大型巡洋艦を作ったほうが火力と速力も良いとして不許可となった。
このときこれに大型格納庫をつけて大型商船又は護衛空母として建造したらどうだろうという意見が出た。
9月5日となった今現在各艦艇のおおまかな設計が出来た。
戦艦建造案 2隻建造
・速力30ノット以上で対空戦闘能力を現越後型より向上させる。
・主砲は16in砲とする。ただし砲身を短くし砲の寿命が尽きるのを遅くする。
・防御力は対17in以上の装甲を要求する。
・砲門数は8門か9門。副砲は場合によっては取り付けなくても良い。
・排水量は5万トンクラス未満。全長/全幅は250メートル/35メートル以内とする。
大型巡洋艦建造案 4隻建造
・速力33ノット以上を発揮し得れ、30センチ以上の主砲を装備。
・防御力は敵巡洋艦の10in主砲に対抗し得ること。
・対空戦闘能力を現越後級と同等もしくはそれ以上とする。
・排水量は3万2000トン以内。全長/全幅は240メートル/30メートル以内とする。
小型空母建造案 4隻~6隻建造
・速力は22ノット以上。
・搭載数は40機を輸送でき、戦闘援護時は20機を発艦できること。
・対空戦闘能力は8機未満の敵に対抗できる装備。
・排水量は1万トン未満。サイズは特に問わないが小型にすること。
高速輸送艦日向建造案 1隻
・機関などはそのままで速力最低24ノット以上。
・搭載可能物資は戦車20輌、戦闘員1800名 揚陸艇12隻(1隻150名 戦闘車輌2輌)。
・47ミリ砲と爆雷及び俯角が大きく取れる機銃を統制できる対潜レーダー。
・空母として建造する場合は搭載数50機とカタパルト2基を装備する。
以上のような案にまとまった。対空戦闘能力が重点的に書かれているのは鴨田が航空機派の意見を少々妥協したからである。
戦艦案は越後と同じくらいだが性能は低下している。これは越後では異常なほどの装甲をつけたため装甲の装着に手間取り建造が遅れたのである。今回の戦艦は20インチ装甲から17インチ装甲と薄くしたて、内部に装甲に弾力を持たせるためゴムを内側につけて、コルクなどの浮力材をバルジに詰め込んだ。このため魚雷に対する能力は越後より強力になった。
大型巡洋艦案はポケット戦艦とも言え主砲の30センチ方は50口径支持派が多いため金剛、伊勢型と1門あたりの攻撃力はやや匹敵する。これは周りの巡洋艦を圧倒して敵戦艦は自軍の優勢な戦艦部隊で叩くというものであった。また対空戦闘、空母の護衛、戦艦の援護などがこなせるため今後の海戦の主力となりそうだ。
小型空母は数が決まっていないのは物資の建造資金の余裕を見て建造するためだ。4隻なら160機、6隻なら240機の輸送が可能となった。高速輸送船の航空機番が出来たのである。また戦闘でも哨戒、自軍の防衛などに活躍できる。
日向の輸送船案はただ単に輸送能力と速度に長けているだけでなくもともと戦艦としての丈夫な装甲がある。また陸軍戦車の47ミリ砲を対潜用として使用することを検討していた。
空母として建造する場合はカタパルト2基を装備し小型空母2隻の戦闘能力を発揮できるのである。
一方ソ連のドイツに対する防衛は悪化する一方でドイツ軍は現時スターリングラードの9割を占領しており、勢いに乗ってモスクワに攻め寄ってきそうである。またバルカン半島の制圧もドイツ軍は終えてこの勢いを見てトルコまでが中立国から枢軸側に入ってしまった。
ソ連は97式戦闘機を日本から急に800機を買い取った。日本軍は手持ちの97式戦闘機をほぼ売却してしまった。ここで得ることが出来たのは、多額の資金と2年間の北樺太の8割の経済権取得である。北樺太には油田があるため日本国内の石油状況はめまぐるしい勢いで潤っていった。
スターリンはドイツ軍をモスクワに近づけまいとシベリア鉄道などの輸送戦力で西部戦線に物資などを送っていた。
一方中国軍は大きな動きは示さなかったがソ連側で小型の反発を行い陣地を少々取り戻していた。日本軍は現時点の領土保有で忙しくそこまでかまっていられなかった。
太平洋での海軍拡張期に入っているとき枢軸国は領土拡張に入ったのである。
(この物語での)今年以内にはアメリカ軍との大きな戦闘はありません。さて欧州戦線はいよいよ激しくなって来ました。
それにより日本軍は陸軍戦闘機を売り払い北樺太の油田の8割保有を得ました。
次回はアメリカが大西洋で動きそうです。




