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戦艦越後太平洋戦記  作者: 賀来麻奥
壮絶なる消耗戦
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激震と驚愕

 オーストラリアに投下された特殊爆弾とは大量のビラであった。内容は"ダーウィンが爆撃されたのは知っていますか?もしこれがこのビラでなく大量の爆弾だったら皆さんはどうしていたでしょう?"

 まあ大体こんなものであった。住民がこの特殊爆弾を搭載した機を見つけたときは味方の演習かと思ったという。なにしろこんな低空飛行をしているのだからである。するといきなり何かを投下し田時はさぞ驚いたであろう。そして2つに避けてビラが出てきて住民は我先にと競い合うようにそれを手に取り呼んだ。

 軍部と民間の間に信頼感が失われ亀裂が生じたのはいうまでも無い。アメリカからの補給も南部のほうからのみであり北からは日本軍が上陸してきてもおかしくない。一部の国民は南部へと足を運んだり、猛烈な批判を軍に送ったりした。


 

 一方の日本は2空母が一気に戦闘力を喪失する結果を招いていた。商船などをつぶすだけだったのがこんな被害につながってしまっていた。

 ただマレーなどからのゴム、石油、ボーキサイトなどの補給は多少妨害されながらも開戦前日本軍が望んでいた量を上回る補給を得ていた。

 航空機の需要に対し供給が追いついているのは事実であった。ただ空母となるとそうはいかないのである。おまけに工作員は陸軍が徴兵して戦地に送ってしまっているためやや遅延気味である。

 

 それでも来年には正式空母6隻の建造が予定されていた。排水量は2万tで対空気銃を強化し搭載数は60機という実質中型空母なみの性能を備えたものである。このころアッツで応急処置を受けてきた赤城が呉に到着した。


 

 8月1日

 包囲されていた中国の重慶にようやく補給が間に合った日本軍と共にソ連兵がいっせいに攻撃を開始した。約1万発に及ぶ中/大口径弾が放たれ戦車が一斉に蹂躙し始めた。チハは25ミリ装甲をしっかり装着してやや車体には大きい8センチ砲を振りかざし進んでいった。

 同時に歩兵が進行する。ただソ連軍はほとんど戦車部隊のみを進撃させた。互いの戦法の違いが良く分かる。

 8月2日

 既に瓦礫と化している重慶の上空では日本機が長々と飛行している。数日前行われた航空戦で日本側は180機の戦闘機で砲撃などで300機から200機へ消耗した中国機をなぎ払っていたのだ。日本側の損害は23機で撃墜は重複があると思われるが140機を超えて撃破をあわせるとほぼ200機となった。

 

 支那兵は国土をこれ以上蹂躙されてたまるかと強固な抵抗を示した。トーチカにこもり日本歩兵部隊を攻撃するも手榴弾を投げられたり戦車の砲撃で潰された。

 ソ連戦車に対し支那兵は火炎瓶で抵抗した。日本戦車にもこれで抵抗しようとしたが歩兵が付いているため機銃で撃たれ返り討ちにされた。

 それでも建物の影などを利用してゲリラ戦法を使用し両軍の損害は増加した。しかし数の上では日ソ両軍は45万で支那兵は60万で有利だったが武器の性能、指揮系統で問題がありそれを加えると90万と60万と考えてよさそうなものである。それでも予想される被害は両軍合わせて10万名を超えるのである。

 しかしこれで中国の組織的戦闘がなくなるのであれば良いと軍部の上層部は考えていた。


 

 そのころ米軍はアリューシャンの日本軍が大損害を被り今攻撃すれば占領できるのでないかと考えていた。日本軍もアリューシャンに来るとよんでいたが反撃はあっても1年後として陣地作成もいまだ進んでいなかった。

 それより深刻なのはアメリカが講和に応じないところである。もはや早期講和は不可能となりつつある。もう1年は耐えれるだろうが、そうの次の年から撤退が頻繁におき、その次の年からはサイパン、フィリピンと攻めてくるであろう。


 そのためには米軍の戦闘意欲を下げるしかないのだがそれが出来ないのである。


 アメリカのハワイ占領を行おうと考えているものもいたが陸軍が乗り気ではない。そもそもミィドウェーも海軍が無理やり押し通したという感じであった。


 しかし連合艦隊は攻撃こそが防御と言いアリューシャンへ向けて派遣部隊をだした。

 戦艦「越後」「飛騨」「金剛」「比叡」「榛名」「霧島」の6隻を派遣することとした。これに対潜艦と補給船も加えてアリューシャン諸島に向かっていった。


 

 8月12日 またも世界中が衝撃に襲われた。ドイツがソ連に侵攻したのだ。ヒトラーはアメリカとイギリスは気息奄々であると見てソ連さえしとめればドイツは全世界を征服できると考えたのであった。

 ドイツはブルガリア、オスマン帝国、オーストリア、ハンガリーなどの国と同盟を組んだ。さらにポルトガルが中立国からドイツの同盟国となった。これを受けて隣国のスペインも中立から枢軸側に入ったのである。


 ここでややこしくなったのはドイツはヨーロッパとロシアを、日本はアメリカと中国を、ロシアは中国とアメリカとイギリスを、アメリカ・イギリスはロシアと日本とヨーロッパと戦争をしている。

 つまり3大勢力となったのである。ロシアは大至急中国戦線の補給をモスクワに向け派遣した。


 ポーランドの10個師団はドイツ軍の攻撃により7個師団に減少しモスクワまでじわじわと撤退した。

 ドイツが300万の兵力を率いて向かった場所はスターリングラードであった。さらにカフカス油田を占領しようとしていた。カフカス油田とはロシアが欧州戦線を維持するには必要な油田でありここをとられては戦争継続が危うくなる。


 さらに軍備を整えたイタリア軍が英米に宣戦布告。マルタ島占領、アフリカ侵攻を決定した。


 これにより戦線はまたたくまに全世界を包み込み、また不安も全世界を包み込んだのであった。


 ドイツを中心として第3勢力が台等。ソ連が欧州戦線をおさえるとしても、中国の戦局はどうなる?

 果たして第2次世界大戦はどういう道筋をたどるのか?

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