水平線の光
「発艦訓練開始!」航空母艦凌鳳から風をきり新型爆撃機の九八式艦上爆撃機が甲板をぎりぎりまで使い舞い上がった。後ろから新型戦闘機の九八式艦上戦闘機が飛び立つ。
以降は各編成隊の一番機が高度を決定し、決められたルートを通り一〇分~二〇分で帰還する。各編隊はほとんど超低空飛行で海面をスレスレで飛行した。日本海軍もマリアナでの索敵は敵のレーダーのによるものだとして低空飛行でそれから逃れるようにと各飛行隊に伝えていた。一矢乱れぬ編隊を組み飛行し、やがて一五分くらいしたところで戻ってくる。一機の九八艦爆が着艦に失敗し海面に不時着したが搭乗員は無事であった。
六〇一航空隊 敵機動部隊の攻撃・防空に努める。
艦上戦闘機 八四機(九八式艦戦五四機、震電三〇機)
艦上爆撃機 八二機(九八式艦爆八二機)
艦上攻撃機 六〇機(九六式艦上攻撃機六〇機)
艦上偵察機 九機(特式九八式艦上偵察機九機)
六三一航空隊 対潜用の部隊
艦上戦闘機 六機(九六式艦戦六機)
艦上爆撃機 九機(九七式艦上軽爆二〇機)
艦上偵察機 八機(特式九八式艦上偵察機八機)
六五二航空隊 六〇一航空隊と同じく敵機動部隊への攻撃・防空
艦上戦闘機 五〇機(九六式艦戦二五機、震電二五機)
艦上爆撃機 二〇機(九八式艦爆二〇機)
艦上攻撃機 二〇機(九六式艦上攻撃機二〇機)
艦上偵察機 八機(特式九八式艦上偵察機八機)
六五三航空隊 六〇一・六五二航空隊と同じく敵機動部隊への攻撃・防空
艦上戦闘機 五〇機(九六式艦戦二五機、震電二五機)
艦上爆撃機 四〇機(九八式艦爆二〇機、九七式艦上軽爆二〇機)
艦上攻撃機 四機(九六式艦上攻撃機四機)
以上の四航空隊は日々訓練に励んでいたが、書類上はこうなっているが九八式艦戦・艦爆などは配備が間に合っておらず他の機体を使用している。
特式九八式偵察機とあるが九八式艦上爆撃機を若干改装したものである。そのため持ち前の速度が活かされることとなった。
内地から訓練を三年間積んできた戦闘機パイロットがフィリピンへと配置されることになり震電に乗り四〇機で台湾を経由して航行してくることとなっていた。無論台湾で一泊した後である。台湾には中国戦線から南方での戦いまで経験している一二人のベテラン搭乗員が乗る同機種の震電も付き添ってフィリピンのクラーク基地へと行く事になっていた。震電には九六艦戦の燃料タンクを改造したものを取り付けていた。これにより航続距離は一四〇〇キロメートルと伸びた。
この時期より震電の生産は打ち切られた。理由は単純。戦闘機に二つも発動機を取られると日本国力から考えてきつい物があるのだ。四つの発動機を使う九七式飛行大艇も陸上運用型の派生機を含めて約一一〇機で打ち切られている。
一月九日 震電五二機は三機編成で二回に別れ台湾から飛び立ちフィリピンのクラーク基地へ移動を開始した。当初は一回で航行する予定であったが、エンジンが二つ付いているということは一つが故障するとまともな飛行は無理である。当日に二機が不調となり結果四機が残り四六機と六機の二派に分けての航行になったのである。
一二〇〇 第一派から二五分ほど遅れて第二派が全機離陸した。それから実に三時間がたち増槽も空になって少し前に捨てていた。後二〇分もすればクラーク基地に着く時…自分達の高度より五〇〇メートル上方の雲の切れ目に黒い団子のようなものが、ぽつぽつと現れた。これを確認すると二編隊は二列で上昇へと移ったのである。高度は現在五五〇〇メートルのため六〇〇〇メートルを高度六五〇〇メートルまで上昇を命じた。酸素マスクを装着するとスロットルレバーを押し込み操縦桿を思いっきり引き上げるとエンジンが爆音を一層大きくあげ機首がグッと上を向いた。
怪鳥が現れた…。六機の震電の搭乗員はそう思った。同時にどえらい獲物を見つけたという気分で心拍数が跳ね上がっただろう。それは新鋭爆撃機B-29であった。内地の人間どころかフィリピン全域の航空隊すらそれを見たことは無かっただろう。偵察目的と見え機数は二機であった。
震電隊は一編成で一機を食らうこととした。乱れず編成を組んだ三機は槍のようにB-29に真上から襲い掛かった。大きな胴体に二〇mm機銃を向け降下した。この時になってオレンジ色の曳航弾が自分達の周囲をパラパラと飛来していることに気づいているが、そんな事を気にしている余裕はない。
衝突するのでは無いかと思わんばかりに機体が照準機の中で膨張していく。やがてはみ出るほどになった時、一番機が二〇mm機関銃をここぞとばかりに撃ち込んだ。二番機、三番機も数秒という短い時間の中で二〇mm弾を敵機に撃ち込んだ。そのまま敵の機体の横をかすめるように降下し旋回して被害を確かめる。敵はなんと白煙を噴いていたが何とかやり過ごしているように見えた。もう片方の編成隊が襲い掛かったB-29は操縦席を破壊したのか錐揉み状態となって墜落しているのが見えた。なにくそと対抗心がメラメラと湧き上がってくる。列機が付いてきているのを確認すると今度は敵の下腹に飛び込むように向かっていった。再び機関銃を撃ち付ける。この攻撃で敵の尾翼がちぢれ飛んだのが確認できた。とどめとばかりにそのまま上昇し、再び真上から攻撃を仕掛けた。今度はさっきより照準機の中の敵が大きく見えた。ダダッと二〇mm機関銃が唸る。確かな手応えを感じた。振り返った直後、敵機はグルグルとロールをうちながら墜落していった。途中で空中分解したのが確認できた。うれしい気持ちが働いたが幾ら大型機といえど三機が二〇mmをあれほど撃ち込んで三度攻撃を行わないと墜落しないというのは今度の戦闘はいままでよりも遥かにきついものになると古参パイロットは思った。
一月一〇日 機動部隊を任されたハルゼーはレイテ島にある例の地区を偵察し驚愕した。それは鉄やコンクリートで強固に作られた要塞であり対空火器を多量に装備している所か陸上放火が装備されていた。一番驚いたことは巨砲が詰まれていた。それは陸上で大砲として利用できるサイズはせいぜい一五五ミリほどであるが、それは少なくてもその倍はあるのだという。おまけに偵察機が三機新たに撃墜され二機が使用不能なまでに破壊されてしまった。
「戦艦だ…陸上戦艦だ」ハルゼーを唸らせたのはまさしくレイテ要塞と言われている戦艦陸奥であった。
一方の越後戦艦であるがリンガ泊地に停泊し訓練をしているとの情報が入っていた。この地は日本航空隊も健在でありまともに攻撃しようとすれば一〇〇〇機の航空隊を運用し、数百機規模の損害が発生すと見積もられた。そんなことをすればニミッツ大将は自分がライバル視しているスプルーアンスへと指揮を委ねるかも知れない。
「戦闘機隊発進、レイテ島の日本機と要塞を潰せ」ハルゼーの号令により一〇隻の空母甲板から糸をひくようにヘルキャットがつぎからつぎに飛び上がった。総数二五〇機。次いでアヴェンヂャー攻撃機、新鋭爆撃機ヘルダイバーなど一〇〇機が空を駆けていった。
その時だった。「ハルゼー提督」声が後ろから聞こえた。「どうしたカーニー」とロバート・カーニーに返答した。ロバウト・カーニーはハルゼーが後任の参謀長候補として選抜した人材であった。「短期でなさそう」といった理由だ。
「先ほどボルネオ島南部配属の潜水艦より、艦隊が出撃したとの事です。どうなさいますか」と通信兵から受け取ったような紙を見てそう言った。ハルゼーが左手を出すとカーニーは紙を渡した。
「なんだと」カーニーは何故こんなに冷静でいられるのだろうか。「約三〇隻の艦船が出港だと」
陸軍と連絡しB-29を出撃させた。
レイテ要塞五〇キロ手前の上空ではマニラのクラーク基地から震電が迎撃に来た。フィリピンの航空兵力はクラーク基地に集結させていた。本土では航空兵力の増産を続けている。
この日まで備蓄していた一〇〇機の日本機に対し米軍機は二倍以上の兵力で押し迫る。だがこれらをすり抜けた米軍機もレイテ湾上空に九六・九七式戦闘機が守りについているのを確認した。
レイテ沖で大空戦が勃発した。震電は抜群の火力で米軍機を火達磨に変えていった。だが数の優勢は米軍側にあり震電もまたバタバタと落とされる。防御力は日本戦闘機の中でも突出しているが一二,七ミリ機関銃を雨あられと撃ち込まれるとさすがに耐え切れるものではない。
レイテ要塞上空では陸海軍の激しい迎激戦が開始された。こちらの総数は六〇機。だが先の航空戦を突破してきた第一波は一一〇機で戦闘機は僅か四〇機であった。一対一で挑んだ場合もちろん日本側が余る。その余りは攻撃機へと殺到した。オレンジ色の曳航弾が四方八方に束となり流れ、それが当たろうものなら大小の航空機構わず海中へと落下した。
戦艦陸奥も迎激戦を行う。動けないものとなった以上それは的である。陸軍も陸奥の上で対空攻撃を行う。
「敵爆撃機三機急降下」耳をつんざくような降下音がなびく。それらが腹から黒いものを出す。それが丸くなれば直撃。それが長方形に見えれば外れである。幸いそれらは長方形になり数十メートル先の甲板に落下した。同時にものすごい音と赤が弾ける。硝煙で視界が閉ざされる。熱風が襲いおもわず手で覆う。砲声と銃声が絶え間なく響きエンジンの爆音が一帯を覆う。
「まだ来ます、六機です!方位四〇度」爆弾が投下される…。その爆弾は丸の形のまま落下してきた。
「ミリヒカル ミチヒカル」機動部隊に越後より打電。それは大東亜戦争に決着をつける戦いの始まりを告げるものだった。連合艦隊は水平線の光へと進んでいった。
最終回投稿日 明日か今日の夜




