欧州戦線の崩壊
外伝として投稿したのですが間違えた章に投稿してしまいました。
変更は効かないみたいなのでこのままにしておきます。
ソ連は対ドイツ戦で連戦連勝していたが死傷者だけで見るとこれが勝者の数字かと思わずにはいられないような規模を出していた。おまけにここにきて物資の不足が深刻化して来ており戦線は膠着状態であった。
一方ドイツ南方軍団はドニエプル川まで下がり内地から頭数だけ何とかそろえた予備の歩兵軍団を加えて強固な防衛陣を築いた。ヒトラーはこれを東部戦線の壁と位置づけた。 この南部戦線はハンガリーも内地にソ連に蹂躙させまいと一個軍を出していたためこの防衛線の突破は容易なものでは無くなっていた。
空軍は北部・中部も合わせて戦闘機二五〇〇機、爆撃機五〇〇機を貼り付けていた。中央軍団・北部軍団はその南部軍団上部で防衛線を展開。新鋭戦車を第四機甲軍団に編入し機動力を強化していた。まさに出来うる限りの対策をしているといえる。だがこれが破られればドイツは国土を蹂躙されベルリンは血塗られた荒地になることは火を見るより明らかである。
この頃アフリカではイタリア・ドイツの両軍はかつての栄光を失っていた。砂漠の狐といわれ戦車隊を指揮し英国軍を幾度となく破ってきたロンメル将軍も手に負えないような状況となっていた。エジプト国内軍は英国軍と共にドイツ軍に対抗し国土を取り返した。
さらにアフリカ各地はこの時代列強国の植民地となっていた。ドイツ軍が英国軍と戦闘をしているのをチャンスとして独立のため蜂起したアフリカ独立部隊がドイツ軍の兵力を削った。ただしこちらは独立のために英国兵士に対しても攻撃を仕掛けていた。ドイツ・イタリア軍は北部中央・西部に次第に追い詰められる形となっていた。
一番の要因は連合国側のシーレーン確保の成功である。
大西洋はかつてドイツの潜水艦Uボートの物であったが、今や哨戒機と護衛空母・駆逐艦等により動きを封じられていた。
アメリカは西海岸で日本軍と戦闘を行った際に対潜水船轟水を確認。このとき米軍は対潜装備が貧弱であることを思い知らされる。そもそも開戦して早くも太平洋艦隊が壊滅規模の被害を受けたのは潜水艦の攻撃に対しての対処が出来なかったからである。その後の海戦で太平洋艦隊は事実上壊滅…。おまけに大西洋において次々商船が沈められて行く始末である。
太平洋艦隊は米国の生産力を持って今や再建されている。そして海戦当初は対潜装備が貧弱だったが今や世界中のどの国よりも強力なものとなっている。水中ソナーという発明品のおかげである。これにより二五〇〇メートル以内の敵潜の発見が可能となっていた。これを装備した船舶を大量に大西洋で運用した。
効果はジワジワと発揮され大西洋の勝者は連合国となった。
こうなると英国本土もアフリカにも補給が行えることになりドイツを南北から攻撃できる体勢になる。地中海にも手を出した米英はイタリア海軍の船舶を航空機の奇襲で壊滅させドイツとアフリカのシーレーンの分断に乗り出した。アフリカの英国軍は米軍の補給を過剰なほど受け取った。
そして日本軍のマリアナ沖海戦が終了して一週間ほどが経過した。十分な補給を得た米・英国軍はアフリカのイタリア・ドイツ軍に大攻勢を仕掛け北中央部に追い詰め包囲した。ロンメルは本土になんとか逃げることが出来たが一〇万を超える独伊両軍はそのまま絶望の中で戦闘を続行した。
しかし十分に補給を受けてきた英国軍にはかなわず八〇〇〇〇名ほどが投降した。米英の次の目的はイタリア本土となった。
だがアメリカ軍としてはこれ以上独伊両軍と他の同盟軍に手をだしたくなかった。なぜならソ連は現在独伊同盟軍と戦争をしているからだ。アメリカは元々ソ連を良い目で見てはいない。大体日本と不可侵を結んでいるどころか中国に対し共同侵攻まで行っている国であり、いずれの日か必ずアメリカに何らかの形で対立しあうことになる事はもはや決定事項のようなものである。同盟国(日本)が我が国と戦争をしているがソ連は米英に関しては中立である。だが実質的には敵の一員として捉えれる。英米国と戦争をしていないが間接的にはしているのと同義である。
だからアメリカとしては独伊同盟軍とソ連を疲弊するまで戦わせソ連の戦況が不利になれば何らかの方法で手を貸してやり、ソ連が勝利しているのであれば極力独伊同盟軍には手を出さずソ連だけに戦闘をさせようという考えであった。要は欧州戦線に関しては同盟軍とソ連が共倒れするように行動しようという訳だ。
この時ドイツはなんとか東部戦線は現在の形で維持しつつ可能であれば反撃に出るという結論に至っていた。東部戦線は後一回反撃に出るのが精一杯だったからである。米英軍に関しては制空権さえ奪われなければヨーロッパ大陸に上陸してくることは無いとし必死の防空戦を行っていた。事実ドイツ軍は対空レーダーと技能の優れた航空部隊を駆使して昼・夜に爆撃を試みる米英両軍の航空隊を幾度と撃退していた。ドイツの技術陣営は最新のテクノロジーを活かしなんとか連合国の攻撃を跳ね返そうと努力し功績を収めていたのである。
ソ連の対独戦が順調に進んでいる事と爆撃の被害をみた米軍はこれを一時中断しアメリカ軍は日本軍を優先し攻撃することを決定した。
日本攻略作戦
マリアナ諸島を陥落させた後パラオ諸島を占領しフィリピンを攻撃するための根拠地とする。
制空権を掌握した後レイテ島を攻略する。さらにルソン島に南北から上陸し島内にいる日本軍を挟撃する。完全に制圧した後フィリピン残存日本軍を陸海航空隊で撃退。フィリピンから爆撃機で日本本土へ空襲を行う。
そして一九四〇年四月一日までには以下の二つの作戦を開始。(尚この時までには需要物資の供給は終わらせておくように)
一、海軍は硫黄島攻略のために海空で島を攻撃し飛行基地を破壊させ敵の航空隊を撃退。
二、ボルネオ島を攻略し敵の海軍根拠地(リンガ泊地)とマレーを分断させる。
硫黄島の制空権を無力化させた後は海兵隊を用いて占領。護衛戦闘機の基地とする。
沖縄を海軍の機動部隊で制空権を奪取。後に占領する。
日本本土を陸海軍で攻撃する。半年これを継続し対馬を占領。次いで桜島・志布志湾・から上陸し九州南部を占領。ここを陸海空軍の代根拠地とし整備する。これが完成次第四国にも上陸。四分の一を制圧する。九州と四国の基地から呉湾を叩き壊滅させる。また無差別爆撃で町を焦土化させる。
三ヶ月後東京湾から海兵隊を上陸させる。空挺部隊は陽動作戦を行う。四国の空軍・東京湾の海軍は最大の支援を行う。
東京を占領し天皇の身柄並びに上級軍人を拘束し戦争を終結させる。
日本攻略作戦という名の日本焦土化作戦に基づいて作戦は既に開始されていた。皇国の崩壊は眼前に迫っていたのだ。