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第8話:理性の決壊 — 天才乙女の復讐解析 —【後編】

「場所は完全に把握しています。逃がしませんよ」


リナは研究所の外壁にある秘密のカタパルトから、試作段階の「自律型拘束ドローン」を二十機射出した。


超音速で飛翔するドローン群は、数分で廃棄塔を完全に包囲した。


「グリッチ。あなたはドクター・ヴェノンの『手下』ではなく、私の『実験動物』として再定義しました。その身体を構成するパーツからDNAの塩基配列まで、すべてを解剖して解析バラしてあげます」


ドローンが地下へのハッチを爆破し、謎のガス弾を噴射する。


逃げ場を失ったグリッチが恐怖に目を見開いたその時。


真っ赤なモニターに、別のウィンドウが割り込んだ。


『リナ君、私の可愛いチェスの駒をそういじめないでくれたまえ。彼はまだ「使い道」があるんだよ』


画面に現れたのは、不気味な仮面をつけた男――ドクター・ヴェノン。


彼が強制介入させた防御プログラムが、リナの攻撃を一時的に弾き返す。

その隙に、グリッチの背後の壁がスライドし、緊急用の脱出カプセルが作動した。


「……ヴェノン、助かった……ッ!」


グリッチはカプセルに飛び込み、地下通路を抜けて強制転送(物理ログアウト)に成功した。


しかし、リナは逃げ去るカプセルを追うことはしなかった。彼女は静かにエンターキーを叩き、通信を遮断する。


「……逃げましたか。ですが、手土産は十分に持たせました」


数時間後。


命からがらヴェノンの秘密基地へと辿り着いたグリッチは、震える手で予備のキーボードを叩いた。


だが、その瞬間。基地内のスピーカーというスピーカーから、鼓膜が破れんばかりの大音量が鳴り響いた。


『――いいですか皆さん、セイマ氏が座ったその瞬間、因果の渦は宇宙を包み込んだのです! さあ、共に唱えましょう、セイマ! セイマ!』


マイルズ・キャラウェイによる、セイマを讃える狂信的な説法録音データ。


それがリナの手によって仕込まれたナノマシン・ウイルスにより、グリッチが電子機器に触れるたびに、二十四時間三百六十五日、最大音量で強制再生され続ける「呪い」となった。


「あああああ! 消せ! 音を消してくれぇ! セイマの顔も声もやめてくれー! 夢に出るんだぁー!」


グリッチは頭を抱えて絶叫したが、彼のスキルをもってしても、リナが設定した「ナノマシンの停止パスワード(三十万文字のセイマ賛美文)」を解くことは不可能だった。


研究所の「聖者の休息室」。


リナは、ようやくプロテインの味によるショックから立ち直り、力なくソファでぐったりしているセイマのもとへ歩み寄った。


その顔には、先ほどまでの氷の表情は微塵もなく、聖母のような慈愛の笑みが浮かんでいる。


「マスター。プロテインのお味はいかがでしたか?」


「……リナさん。次は、せめて普通の味がついた……いや、普通の水がいいです……。あと、さっき何か、外ですごい爆発音とかしませんでした?」


「いえ、ただのゴミ処理ですよ。ドブネズミを少しばかり駆除しただけですから」


リナは事もなげに言うと、セイマの手をそっと取り、真剣な眼差しで見つめた。


「今回の件で痛感しました。あなたの慈悲深さは、時として不届き者を増長させる。あなたの聖域は、私が『暴力』という名の盾となって支えます」


「え、いや、そんな物騒なことは……平和が一番ですよ」


「ですから。今度の国際合同演習では、私が愛と怒りを込めて開発した最新スーツ『イージス・カヅキ』を、ぜひ着てくださいね。自動反撃機能オーバーキル・モードを少しだけ……そう、標準の五十倍ほど積んでおきましたから」


「……国際合同演習……五十倍?」


セイマは頬を引きつらせた。


自動で五十倍の反撃をするスーツ。それはもはや「防御」ではなく「じゅうたん爆撃」と呼ぶべき代物ではないだろうか。


一方、暗い避難先でマイルズの説法を爆音で浴び続けているグリッチは、涙を流しながら誓っていた。


「リナ・フォン・シュタイン……あの女、セイマのことになると人をやめる……。この世で一番怒らせちゃいけないのは、神様じゃなくて、あの『狂信者リナ』だ……」


島の夜は更けていく。


セイマの平穏への道は、リナの「過剰すぎる愛」によって、またしても彼方の霧の中へと消えていくのであった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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