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第31話:巫女の千本ノック — 聖者の絶叫、隠れ里に響く —【後編】

そして三週間目。逃走訓練、因果弾きの千本ノック。これら昼間の地獄すら生温く思えるほどの『最大の問題』が、セイマを待ち受けていた。それは、数日に一度のペースで訪れる、怜の「晩酌後」である。


草木も眠る丑三つ時。セイマが疲労困憊で布団に包まっていると、障子の向こうから、ズル……ズル……という不気味な足音と、甘ったるい鼻歌が聞こえてくる。


「せーいーまーさぁーん……。どこですかぁ……。逃げても無駄ですよぉ……。私とあなたの糸は、真っ赤に結ばれているんですからぁ……」


ガラッ! と勢いよく障子が開く。そこに立っているのは、一升瓶を片手に抱え、もう片方の手には鞘から抜かれた先祖伝来の『真剣』を持った、阿修羅モードの地神 怜(酔度100%)であった。


彼女の目は完全に座っており、普段の清楚な巫女の姿は見る影もない。ただひたすらに、セイマの因果を斬り刻もうとする「殺戮の権化」と化している。


「出たぁぁぁっ! 酒乱のターミネーター!!」


セイマは布団を蹴り飛ばし、窓枠を蹴破って縁側から夜の庭へとダイブした。


「ふふっ……ふふふふっ! 良い反応ですぅ! では、本日の『夜の特別稽古』、始めましょうかぁ!」


怜が真剣を軽く振る。それだけで、庭の巨木が音もなく袈裟懸けに両断され、ズズズ……と地響きを立てて倒れていく。


「ヒィィィィッ! 木が! 樹齢数百年の木が豆腐みたいに!! 冗談じゃない、あれにかすったら俺の人生が終わる!」


「どうしてですかぁ?……私の愛(刃)を、どうして避けるのですか……?」


千鳥足でありながら、そのスピードは昼間の比ではない。酔えば酔うほど、怜の動きからは「理屈」が消え失せ、純粋な暴力としての「結果」だけが押し寄せてくる。


(ダメだ! 普通に走ってたんじゃ絶対に追いつかれる! 出力ギアを上げないと、殺される!!)


セイマは極限の恐怖の中、脳内のリミッターを強制的に外した。


『時間超越』――周囲の時間の流れを、自身の認識速度よりも遅くする神技。セイマの視界の中で、世界が急速に色を失い、静止画の連続のようなスローモーションの世界へと変貌する。


舞い散る木の葉が空中でほぼ停止し、池を跳ねる鯉が水面に張り付いたようにほぼ止まっている。だが、そんな極限のスロー世界の中にあってなお、怜の真剣だけは「通常速度」でセイマの首筋へと迫ってきていた。


(この人、時間の概念すら斬り裂いて向かってくるのか!! 人間じゃない!!)


「うぉぉぉぉぉっ!」


セイマは半泣き状態で、刃が描く「死の軌道(真っ黒な糸)」のわずかな隙間に体をねじり込ませる。刃が鼻先数ミリを通過した。


「さすがセイマさん! もっと、もっと私を楽しませてくださいな!」


狂気の笑い声とともに、夜の森で終わりの見えない「鬼ごっこ(デスゲーム)」が明け方まで続くのだった。



そして、地獄のような一ヶ月が経過した。


そこに立つ神月木セイマの姿は、一ヶ月前とは様変わりしていた。着ている修行着はツギハギだらけでボロボロ、頬は痩せこけ、目の下には消えない隈が刻まれている。


しかし、その立ち姿には、かつての「怯えるだけの大学生」の面影はなかった。彼の周囲を、一匹の大きな羽虫がブンブンと鬱陶しく飛び回っていた。その羽虫がセイマの顔に止まろうとした瞬間、セイマは全く別の方向を見ながら、ため息交じりに右手の人差し指を軽く弾いた。


パチン。


微かな音と共に、羽虫は「セイマに止まる」という因果を失い、空中でバランスを崩してポトリと地面に落ちた。完全に無意識。呼吸をするのと同じレベルで、セイマは日常に潜む「不快な因果」を弾き落とすことができるようになっていた。


(……修行が……終わった。)


感動に打ち震えるセイマの前に、巫女の地神 怜がふわりと進み出た。今日の彼女は一升瓶も真剣も持っていない、どこからどう見ても清楚で神秘的な神の使いだ。


「一ヶ月間、よく耐えられましたね」


「……ありがとうございます。(やっと、やっと解放される……)」


セイマの目から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。それは達成感などではない。


ただ純粋に、「もう夜中に刃物を持ったヤンデレに追い回されなくて済む」という安堵の涙だった。



その横で、リナが両手で抱えきれないほどのハードディスク(セイマの観測データ)を胸に抱きしめ、恍惚とした表情を浮かべている。


「マスターの『時間超越』と『因果拒絶』の全データ、完璧にバックアップしました! これをもとに、私は世界の物理法則を根底から書き換える新理論を構築します! 世界中の科学者を驚かせてあげましょう!」


ルッツは、怜との修行(という名のただの巻き添え)でボロボロにささくれ立った木刀を天に掲げ、咆哮した。


「師匠! この一ヶ月、師匠の逃げ惑う背中から、無限の武の境地を学ばせていただきました! このルッツ・ベルナー、今ならば飛んでくるミサイルをも素手で叩き落とせる気がしますぞ!!」


(……気のせいだから。絶対素手でミサイルとか触りに行っちゃダメだから……)


セイマは心の中でツッコミを入れたが、もはやそれを口に出す気力すら残っていなかった。

お読みいただき、ありがとうございます!


ほんの少しでも面白いと思っていただけましたら、評価などしていただけると大変うれしいです。

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