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第22話:忘却の巫女 — 逃げられない儀式 —【中編】

リナは手に持ったホログラムPCのデータを高速でスクロールさせながら、冷徹に告げる。


「マスター。私の解析結果を聞いてください。地神怜さんの生体データを遠隔スキャンしたところ、彼女の肝臓におけるアルコール分解酵素の活性化に伴い、脳内の海馬への情報書き込みが一時的に遮断される特殊な生理現象を確認しました。いわゆる『ブラックアウト』です」


「……つまり?」


「つまり、昨夜の彼女は意識というリミッターが外れ、先祖伝来の運動神経と殺戮本能のみで動く『全自動・因果切断マシーン』と化していたということです。


そして今の彼女は、そのログを一切保持していません。論理的に言えば、今の彼女を責めるのは『壊れたプログラムを叱る』のと同じくらい無意味です」


「フォローになってない! 全然フォローになっていないよリナ!」


すると今度は、ルッツが感極まった様子で床に膝を突いた。


「師匠! 怜殿の仰る通りです! 記憶にすら残らぬほど自然体で振るわれる剣……。これこそが、武の究極『無我』の境地! 怜殿は無意識のうちに、神の代弁者として師匠の『回避能力』を極限まで引き出してくださったのです! 私も、その境地に達するため、今夜は怜殿と酒を酌み交わさねばなりませぬな!」


「死ぬよ! ルッツ、君みたいなガチの武人が相手だったら、怜さん、加減を忘れて本当に首を飛ばすよ!?」


セイマは叫んだが、ルッツの耳には届いていないようだった。彼の瞳には、新たな修行への狂信的な輝きが宿っている。


「……この人たち、もうダメだ。全員、僕を殺す側に回ってる……」


セイマは朝粥を一口すすったが、そこには絶望の味しかしなかった。


怜はセイマを慈しむような目で見つめると、静かに、そしてあらがう声で告げた。


「さて、セイマさん。朝食もしっかり召し上がったようですし、体力の回復も早いようですから(※注:単なるアドレナリンによる一時的な空元気)、予定通り『解放の間』へ参りましょうか」


「……解放の間」


その不吉な響きに、セイマの肩がビクリと跳ねた。


「あの、怜さん。確認ですけど、その儀式っていうのは、安全なんですよね? 爆発したり、異次元に飛ばされたり、あるいは誰かがまた突然刃物を持ち出してきたり……なんてことは、ありませんよね?」


「ええ、もちろんです。儀式は至って静かなものですよ。ただ、あなたの因果を縛っている『枷』を解き放ち、魂を本来あるべき自由な姿に戻すだけ。……少しばかり、世界の見え方が変わるかもしれませんが、それは成長の証です」


怜が微笑むたびに、セイマの目には、昨夜の「真剣酒乱モード」の幻影が重なって見えた。彼女の背後に、血のように赤い因果の糸が見える気がして、セイマは激しく震えた。


「……マスター。ご安心ください」


リナが、これまでにないほど真剣な、しかしどこか熱を帯びた瞳でセイマの手を取った。


「『解放の儀』については、私もこの里の古文書を解析しました。これは脳の深層領域、いわゆる『未使用領域マイノリティ・エリア』への強制アクセスを誘発する、精神的なバイパス手術のようなものです。失敗すれば廃人になる可能性も0.003%ほどありますが……」


「数字が具体的すぎて怖い!」


「……ですが、成功すれば、あなたはもはや『たまたま避ける』存在ではなく、『避けるべき未来が存在しない』領域へと至る。私が恋い焦がれた『真理』そのものになれるのです。私も、全観測機器を動員して、あなたの覚醒の瞬間を記録します!」


「師匠! 私も、師匠が『神』へと至るその瞬間を、この目に焼き付ける覚悟です!」


(……拒否権は、ないんだなぁ)


セイマは悟った。ここで逃げ出そうとしても、背後には音もなくワープしてくる巫女がいて、前には最新科学で武装した天才少女と、筋肉の塊のような大尉がいる。


日本に来れば少しは平穏に過ごせる。そう思っていた過去の自分を、セイマは心底呪った。

ここはアカデミア・アイランド以上の魔窟だったのだ。


セイマは、生贄のような重い足取りで、離れから里のさらに奥まった場所へと案内された。

そこは、周囲を切り立った崖と、数百年は生きていそうな巨大な杉の木々に囲まれた、外界から隔絶された空間だった。


「こちらです」


怜が指し示したのは、岩山をくり抜いて作られたような、古びた石造りの堂だった。入り口には、太い縄が何重にも巻き付けられ、空気がそこだけ「重い」。


リナが測定器を見つめ、驚嘆の声を上げる。


「信じられません……。この堂の周辺だけ、重力定数が微妙に揺らいでいます。空間そのものが、何らかの高密度な情報量によって歪んでいる……。まさに、『特異点』ですわ」


堂の内部は、意外なほど広かった。中央には、透き通るような白石でできた祭壇があり、その周囲を無数の鏡が囲んでいる。天井からは水晶のシャンデリア……ではなく、細かく砕かれた水晶の破片が糸で吊るされ、わずかな光を反射して、銀河のような煌めきを放っていた。


「さあ、セイマさん。中央にお座りください」


怜の声が、堂内の反響によって重なり合い、まるで数十人の声が同時に響いているかのように聞こえる。


セイマは指示されるまま、白石の祭壇に座った。ひんやりとした感覚が、ズボン越しに伝わってくる。


「リナ、ルッツ。……もし、僕が戻ってこなかったら、パン屋の店長に、給料未払い分は母に渡してくださいって伝えて……」


「縁起でもないことを仰らないでください、マスター。あなたは死にません。……私が、死なせません」


「師匠! ご武運を!」


二人は堂の入り口付近で待機することになり、怜だけがセイマのそばに残った。

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