第18話:聖者の発奮 — 崖っぷちの生存戦略 —【後編】
リナのプライベートジェット(航法システムがハッキング不可の独自OSで動いている怪物機)で日本に到着した一行。
「素晴らしい! 湿潤な空気の密度、地磁気の安定した流れ。どれをとっても『高次元の精神構造』を育むに相応しい霊験あらたかな国家ですわ!」
リナは初めて訪れる「マスターの故郷」に興奮し、街中の自動販売機やコンビニのシステムを「マスターを育んだ高度な補給インフラ」として過剰に拡大解釈し始めた。
一方のルッツは、空港の売店で買った「必勝」のハチマキを堂々と締め、鼻息を荒くしている。
「これぞ武者修行の旅! 日本の八百万の神々に、私の研鑽を見せつけてやりましょう! 師匠、まずはどこの道場を破りに行きますか!?」
「行かないよ! 静かにして! 目立つから!」
二人が観光気分で盛り上がる中、セイマだけは「父さんが隠していた秘密」と、今後の修行への不安で胃を激しく痛めていた。
懐中時計の地図が示したのは、人里離れた険しい山奥にある、地図に載らない隠れ里だった。霧が立ち込める杉林の奥にたたずんでいたのは、古びた、しかし凛とした空気を纏う神社。
そこで一行を待っていたのは、セイマの遠い親戚であり、古神道系結社『天の鎖』の巫女――地神 怜だった。
「お帰りなさいませ、セイマさん。お待ちしておりましたよ」
「……えっ? どうして僕が来ることを?」
透き通るような肌に、深い藍色の瞳。穏やかに微笑む彼女だが、セイマの生存本能は、スカルペルの時以上の最大級の警報を鳴らした。
セイマが「不気味だ」と感じて距離を取ろうとしても、瞬きをした次の瞬間には、彼女は音もなく目の前に立っている。それも、歩いた形跡すらなく。
「運命の糸が、私たちを強く繋いでいますから。あなたがここへ導かれるのは、確定した因果。離れられるはずがありませんよ」
恐怖で顔面蒼白になり、ガタガタと震え出すセイマ。しかし、怜はその情けない姿を、まるで愛おしい宝物でも見るかのように慈しみ深く見つめた。
「……素晴らしい。恐怖に震えながらも、その奥底では感情を凍りつかせ、因果の荒波に動じない。これぞ『賢者の静寂』。鉄真様の血は、正しく受け継がれているのですね」
(………違います。ただ腰が抜けてるだけなんです)
セイマの「死にたくない」という切実な事情を聞いた怜は、一族に伝わる「真の身のこなし」を教えることを快諾した。しかし、その修行が、リナたちの特訓が「お遊び」に見えるほど過酷なものだと、今のセイマは知らない。
「まずは実力確認です。これから私がセイマさんを追いかけますから、全力で逃げ続けてください。ちなみに――私が追いついてあなたに指先一つでも触れた瞬間、あなたの因果は私と『固定』れてしまいますからね。一生、ここから出られなくなりますよ!」
ニコニコと微笑みながら、物理法則を無視した「縮地」……いや、空間跳躍に近い動きで追ってくる怜。
「無理無理無理! あの人、歩いてるのにワープしてる! 捕まったら物理的にじゃなくて、概念的に終わる! 一生逃げられない!!」
セイマは絶叫しながら、これまで見せたことのないようなキレのあるステップで山中を逃げ回った。岩を跳び、崖を滑り、木の枝をかいくぐる。その恐怖から逃れるためだけの「無我夢中の逃走」は、知らず知らずのうちに、物理的な因果律すら切断しかねない超高速移動へと昇華されていく。
「……ふぅ。セイマさん、確認終了で~す」
数時間後、涼しい顔をした怜が告げた。
(……はぁ、はぁ……死ぬ……やっと終わった……)
「セイマさん、すごいですねぇ。すでに『解放の儀』前だというのに、『時間超越』を無意識に所々で使っていましたよ。私の指が、あなたの残像をすり抜けましたもの」
「……『解放の儀』? 『時間超越』?」
「ええ。まず『解放の儀』を簡単に説明すると、神月木の血筋が本来持っている脳の演算リミッターを、文字通りすべて『解放』する儀式のことです。
そして『時間超越』ですが、能力者の意識と肉体の時間の流れを、周囲の時間軸より劇的に遅く……あるいは速くすることができます。熟練者になれば、飛んでいる銃弾の中を歩いて通り過ぎることもできるようになりますよ」
「なんですか、そのSF映画みたいな能力は。僕なんかが持っているわけ……」
「驚かれるのはごもっともです。それでは、本日はもう日が暮れますので、明日『解放の間』で儀式を行いましょう。今夜はゆっくり休んでくださいね」
このあとセイマたち一行は、『天の鎖』の宿坊で、高級旅館も顔負けの豪華な精進料理(と、なぜかリナの要望で用意された最高級プロテイン)でおもてなしを受けた。
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