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第15話:深夜の執刀 — 夢見る聖者の無意識領域 —【前編】

研究所の「聖者の休息室」内は、冷たく無機質な静寂に支配されていた。


開かれたままの扉から、廊下の非常用照明が青白い筋となって差し込み、ベッドに横たわるセイマの姿を不気味に浮かび上がらせている。


その静寂を切り裂くのは、セイマの呑気?で規則正しい寝息と、スカルペルが握る高周波振動メス「エレクトラム」が放つ、耳鳴りのような超高周波の微振動音だけだった。


「……標本の固定ホールドは不要。この距離、この角度。0.2秒で神経を遮断し、その『反応の源』を暴き出す」


スカルペルの無機質な右目が赤く点滅し、セイマの右腕にある正中神経をミリ単位でロックオンした。


彼の指先が、一切の無駄を排除した流れるような予備動作で、銀色の閃光を放つ。


それはもはや攻撃というより、確定した未来をなぞるだけの「処置」だった。回避不能。防ぐ術なし。


しかし、刃がうっすらと産毛に触れようとした、その直前。


「……むにゃ。リナさん、(重くて)立ち上がれないよぉ……」


セイマは夢の中でその重圧から逃れるべく、現実の肉体でも激しく体を回転させ、あまりにも見事な寝返りを打った。


スカルペルのメスは、つい一瞬前までセイマの腕があった場所の空気を空しく切り裂き、高級シルクのシーツを音もなく切断した。


「……ッ!? 計算誤差、0.1秒。また寝返りによる偶発的回避か」


スカルペルは表情一つ変えず、即座に次の一手を繰り出す。

今度は、逃走を封じるために両足の腱を狙った、二段構えの同時執刀だ。


「点」の攻撃が二回連続で偶然回避なら、次の二発同時に放たれる「面」の攻撃は確率的に回避不可能なはず。


銀色のメスが、左右からセイマの両足首を挟み込むように迫る。

だが、セイマの意識はまだ深い夢の底にあった。


彼は今、リナの実験室で「イージス・カヅキ」を装着したまま、巨大ドラゴンに追い回されるという最悪の(ありえない)夢を見ていた。


「あ、危ない……っ! こないでぇー!」


セイマは夢の中で、迫りくるドラゴンの口を避けるべく、全速力で膝を胸に引きあげるようにジャンプした。


その瞬間。スカルペルの放った左右二枚のメスが、本来ならセイマの足首を捉えるはずの地点で、あろうことか「互いの刃」同士で衝突コンタクトしたのだ。


キィィィィン!


鼓膜を震わせる金属音が、静かな寝室に鳴り響き、暗闇の中で火花が散る。


「……何だと。私の執刀を、標的自らが互いの刃を誘導して相殺キャンセルさせただと……?」


スカルペルの右目が、激しくエラーログを吐き出し、データを書き換えていく。


『意図的な重心移動:確認不能』


『筋肉の予備動作:ゼロ』


『結論:この個体は、深層心理下において周囲の殺気を完全に同調シンクロさせ、最小限のエネルギーで全ての因果を無効化している』


スカルペルの額に、初めて一筋の汗が流れた。

彼にとって、予測できない現象は「失敗」と同義であり、それは完璧主義者としての死を意味する。


彼は自身の潔癖なプライドを守るため、エレクトラムの出力を臨界点まで引き上げた。


「……これ以上の時間経過は検体の鮮度を落とす。全神経系の一括解体フル・ディセクションに移行する」


スカルペルは、もはや手段を選ばなかった。

彼はベッドの上に飛び乗り、セイマの足元に仁王立ちになると、十本の指すべてにメスを挟んだ。


それはさながら、獲物を絡め取る鋼の蜘蛛のような、禍々しい構えだった。


その時だ。大きな金属音と、高周波メスが発生させる微振動音、そして異様な室内の雰囲気に、ついにセイマのまぶたがゆっくりと開いた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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