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第12話:鋼鉄の居座り — 弟子志願者の忍耐力 —【後編】

数時間後。


リナが仕掛けたありとあらゆる「侵入拒否攻撃」――刺激の強い催涙ガスの散布、粘着性の高い激甘高粘度プロテインの噴射、さらには精神を直接削るマイルズ・キャラウェイの説法録音を、最大音量で三時間ループ再生。


これらを不屈の軍人精神(と、もはや修復不可能なレベルにまで肥大化した勘違い)で耐え抜いたルッツは、ついに研究所ロビーへの侵入を許可された。


正確には、モニター越しに涙目で耐え続けるルッツを見て、セイマが「もう……見ていられないから入れてあげて。彼、死んじゃうよ」と根負けしたのである。


ロビーに足を踏み入れたルッツは、軍服をビチャビチャにし、全身からプロテインの甘い香りと蒸気を立ち上らせながら、床に頭を擦り付ける勢いで鮮やかな土下座を披露した。


「師匠! 本日の過酷な入門試験、身に沁みました! 私の傲慢さが、あの極低温散水と共に洗い流された気分です!」


「……だから、師匠じゃないです。あと、びしょ濡れで入ってこないでください。床掃除が大変になりますから……」


「ハッ! 清掃もまた修行の一環! 床の汚れは、このルッツ・ベルナーが舌で舐め取ってでも磨き上げます!」


「それはやめてえぇぇ!!」


生理的な恐怖にセイマが悲鳴を上げる中、リナがゴミを見るような冷徹な視線で、ルッツの眉間を指差した。


「いいですか、ベルナー大尉。マスターの時間は一秒たりとも無駄にはできないのです。どうしても弟子を自称したいのであれば、まずは私が出す『理論物理学基礎試験』で満点を取ってもらいます。……もっとも、そちらの単細胞な脳組織に、私の理論が通じれば、の話ですが」


リナが差し出したのは、もはや「鈍器」と呼べるほど厚みのある試験問題の束。


ルッツはそれをひったくるように受け取ると、懐から使い込まれたメモ帳と、折れそうに握られたペンを取り出した。


「……なるほど。師の『神技』の根源を理解するには、まずこの世界の理(数式)を脳に刻めということか! 合点した!」


眼光を鋭く光らせるルッツだったが、ふと思い出したように居住まいを正し、セイマを直視した。


「それと師匠! これから私を呼ぶときは、敬称など不要。ただの『ルッツ』と、呼び捨てでお願いしたい!」


「いや、それは流石にできないですよ。ルッツさん、僕より年上ですし……しかも軍の大尉さんなんですよね?」


「関係ないです! 武の道に先後はあっても、精神に上下はない! 師の言葉は絶対! さあ!」


ルッツの異様な圧にセイマがたじろいでいると、横からリナが不満げに頬を膨らませて、セイマの視界を遮るように割り込んできた。


「……マスター。不公平です。私も『さん』付けなしで呼んでください。私と彼の扱いに差をつけるのは、論理的に許容できません」


「えっ、リナさんまで……?」


「『リナ』です。……さあ、呼んでください。マスターの唇から、私の個体識別名が放たれる瞬間を待っています」


「リ、リナ……」


「……っ! 今、私の脳内報酬系がかつてない速度で活性化を――! ああ、全神経がマスターの音波を分析しています……!」


限界突破した喜びで震え、何やらブツブツと数式を唱え始めるリナと、期待に満ちた熱い目(物理的に熱そう)で見つめてくるルッツ。


セイマは深い、この世の全てを諦めたような溜息をつき、今後二人を呼び捨てにすることを約束させられたのだった。


その日から、研究所には新たな「日常」が加わった。


「――E=mc^2(イー・イコール・エムシー二乗)!! 質量とはエネルギーの凝縮体なり!!」


軍服を脱ぎ捨て、タンクトップ姿で難解な物理公式を絶叫しながら、片手で懸垂を繰り返す筋骨隆々の男。


アカデミア・アイランドに、また一つ、救いようのないほど賑やかで、かつ非論理的なノイズが定着した瞬間だった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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