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第10話:鋼鉄の計算機 vs 予測不能の「神回避」 【後編】

全身のしびれと極限の酸欠により、セイマには首を支える力さえ残っていない。彼は目線を地面へと落とし、幽霊のように全身の力を抜いた状態でゆらゆらと揺れていた。


「……私を、そこまでなめているのかー!」


ルッツの額に、血管が浮かび上がった。


最高の装備を自ら脱ぎ捨て、敵と視線すら合わせない。それは、エリート軍人であるルッツにとって「貴公のようなレベルに、鎧など必要ない」という、最大級の挑発にしか見えなかったのだ。


「これならどうだッ! 私の計算が、その傲慢ごと叩き潰す!」


激昂したルッツが、先ほどよりもさらに鋭く、殺気立った連撃を放つ。

だが、今のセイマは全身がしびれきっており、脳と神経の連絡がほぼ断絶していた。


「う、うわ……脚が勝手に……ぐにゃって……」


しびれと痛みを逃がそうと、わずかに重心をずらす。


「おっとっと……倒れる……」


倒れまいとして、無意識によろめきながら半歩下がる。


だが、その「しびれによる、意図しないフラつき」こそが、奇跡を呼んだ。


ルッツの全霊を込めた、一点の曇りもない拳が、セイマの鼻先、首筋、こめかみを――数ミリという絶望的なまでの差で空を切り続ける。


「なぜだ! なぜ一発も当たらん!? なぜ反撃してこない、神月木セイマ!」


ルッツは獣のように叫ぶが、セイマは極度の酸欠で喉が癒着し、一文字も言葉が出ない。


ただ無言のまま、脱力しきった体で、揺れる柳のように立ち続けている。


その光景は、観衆の目には「荒れ狂う暴風のごとき猛攻を、静寂そのもののような構えで、紙一重の余裕を持ってかわし続ける超越者」の姿にしか見えなかった。もはや、それは戦闘ではなく、神事のような神秘性すら帯びていた。


その時、演習場の空気が一変した。


上空から空気を切り裂くような高周波音が響き、猛スピードで突っ込んでくる影が現れた。普通車サイズの巨大な塊――ドクター・ヴェノンが放った、殺戮専用の無人戦闘ドローンだ。


「危ない! 回避しろ!」


ルッツが瞬時に危機を察知し、セイマに向かって叫びながら身を伏せようとした。しかし、攻撃対象に固定されたセイマに避ける術はないと思われた。その時――。


演習場の地面にバラバラに転がっていた「イージス・カヅキ」の残骸が、突如として青い光を放ち、自律起動した。


リナが密かに、かつ強情に組み込んでいた隠しプログラム『マスターを死守せよ(いかなる犠牲を払っても)』が、セイマの危機に反応し、独断で「自律行動迎撃モード」を発動させたのだ。


「――ターゲット、排除シマス。マスターハ、ワタシガ守ル」


機械的な、しかしどこかリナの執念を感じさせる合成音声と共に、スーツのパーツが超磁力によって空中で再結合。装着者のいない「空の戦闘パワードスーツ」が、ジェット噴射して空へと飛び上がった。


そして、リナがハッカーのグリッチへの恨みを込めて設定した、あの「通常の50倍の自動反撃」が、音速で突っ込むドローンへと解き放たれた。


ズガガガガガガガガガッ!!


天地を揺るがすような大轟音と共に、ドローンは火花を散らす時間さえ与えられず、数秒で分子レベルの鉄屑へと粉砕された。直後、火球が空を染め、鉄の雨が降り注ぐ。


一瞬の静寂。


そして、ルッツ・ベルナー大尉は、その場に棒立ちのまま悟った。


(……この男は、最初から全てが見えていたのか。私の稚拙な攻撃など眼中になく、上空から迫る真の脅威を、自身の『残した意志スーツ』だけで自動的に処理させたというのか……! 私との戦いは、ただの暇つぶし、あるいは教鞭だったのか!?)


ルッツは震える脚で一歩前に進むと、その場に膝を突き、地面に力強く拳を当てた。その瞳からは敵意が完全に消え、代わりに、深淵な宇宙を覗き込んでしまったかのような、深い敬服と畏怖の念が宿っていた。


「……私の完敗だ。神月木セイマ殿。貴公の視野の広さ、そして全てを包み込む器の大きさ。鋼鉄の計算機などという安っぽい秤では、貴公の深淵は測りきれなかった」


ルッツは顔を上げ、魂の底から絞り出すような声で叫んだ。


「神月木セイマ殿! 貴公のその動き、その境地の中にこそ、私が生涯をかけて求める真理がある! どうか、この愚鈍なるルッツ・ベルナーを弟子にしていただきたい!」


その宣言は、高性能マイクを通じて全世界に同時配信され、地球上のあらゆる言語で翻訳された。


「(……えっ、弟子!? なんか今、すごいこと言った? 弟子って、僕が? 誰の?)」


セイマは、未だにしびれが取れない脚でガクガクと震え、口の中に広がる「リナ特製プロテイン」の雑草と土を混ぜたような不快な後味に必死で耐えていた。


彼はただ、冷たい水が飲みたくて、潤んだ目で虚空を見つめるしかなかった。だが、その瞳さえも「俗世を憂う慈悲の眼差し」として解釈された。


「……見たか! 諸君!」


実況席の一角で、マイルズ・キャラウェイが椅子から立ち上がり、涙を流しながら叫んでいた。


「聖者は会場にいる全市民の命を救い、そして暴れ狂う猛者の求道心に、無言の背中で応えたのだ! 迫り来る鉄の死神を指先一つ(※実際は自動追尾だが)でほふり、戦場の鬼に慈悲を授ける! タイトルは決まった! 『ドローン攻撃、一人で無言の迎撃を成し遂げし聖者』! これだ!!」


会場は地鳴りのような歓声と、「セイマ!」コールに包まれた。


セイマの意思とは180度裏腹に、彼の伝説はもはや神話の領域へと突入し始めていた。


そして今夜、ルッツは本当にセイマの弟子になるため、リナの研究所へ押し掛けてくるのであった。



一方、秘密基地のモニターを見つめていたドクター・ヴェノンは、狂気的なまでの悦びに身を震わせていた。


「素晴らしい……実に素晴らしい。理論も計算も、私の数式さえも超えた、完全なる第三の法則――『因果の特異点』そのものだ。神月木セイマ、君のその『魂』を、私のメスで美しく解剖したくてたまらなくなったよ」


ヴェノンの背後から、影が伸びる。一人の男が、音もなく歩み出た。


冷酷な剣士「スカルペル」。


彼は、ヴェノンの強化人間の中でも、細胞レベルで対象を「斬り分ける」ことに特化した暗殺者だ。


「……次は、その『聖者』とやらが、斬られても笑っていられるか試してやろう」


スカルペルは無音の中、漆黒の闇に溶け込んでいった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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