22. 三沖と関係があった男(三沖side)
ウトウトと船を漕いでいた頭が、窓にゴツっと当たった。どうやらしばらく眠っていたらしい。
運転席と助手席から聞こえる騒がしい声のせいで、意識がくっきりしてくる。さすがサークルの中でも特に声がデカい二人だ。
「好きすぎて滅〜」
「そればっか歌うなよ」
「じゃあなんか曲かけて、上がるやつ」
「よっしゃ何にしよかな」
「滅〜でもいいよ」
「お前のせいで聴き飽きた!」
出発してから約一時間半、最初のテンションを未だに維持できているのはある意味すごい。
深いあくびをした拍子に涙がぽろっとこぼれ、手に握っていたスマホに落ちた。上着の袖で拭くと、誤作動で画面がパッと明るくなった。
(あ、飛間から連絡きてる……)
俺は迷わず通知をタップした。メッセージは三件。送られた時間は数分前。
『もう着いた?』
『いつか三沖と旅行したい』
『きょう説明会きてる』
思わず頬が緩んだ。あいつは、自分のことで忙しい時でも俺のことを考えているのか?
たった三つのメッセージで、どうしてこんなに嬉しい気持ちになるんだろう。
『まだ着いてない 今度いこ』
『説明会のあとは?』
送った瞬間、すぐに返信が来た。
『就職までに』
『俺もサークルの飲み』
──サークルの飲み会?
飛間から初めて聞く単語に指が止まった。俺と違ってあいつは飲み会とかそういう集まりは苦手なはず。酒も好きじゃないし、飲む相手は俺くらいしかいないと思っていた。
「あれ? 三沖、起きてんじゃん」
「あ、マジだ。会話入ってこいよ〜」
助手席に座っている男、小野がこちらを振り向く。
二人に運転とナビを任せて寝た上に、スマホを弄っていることを咎められた気分になった。
「悪い。ちょっと連絡返してた」
「彼女?」
「え、あーいや。そういうんじゃない」
「ちげえよ、三沖はゲイだから。彼女じゃなくて彼氏な。間違えんな!」
茶化すような声で横から修正が入る。小野は「えっ!」と大きな声を出して俺を凝視した。
「お前ゲイなの?」
さり気なくアウティングするなよ……とため息を吐きつつ、否定するわけにもいかないので頷く。今どきこんな反応をされるとは。
「あ、ゲイって言ったらあいつもだよな。山内」
「山内? 四年の理久のほう?」
「そうそう」
「え、それは知らんかった」
勝手に進んでいく会話に突っ込む気にもならなかった。
山内理久とは、誕生日を家で祝ってからというもの、めっきり会う機会が減った。あれだけ飛間を嫉妬させてしまったのだ。俺たちが中途半端な関係とはいえ、また複雑な気持ちにさせたいとは思わない。
「山内って三沖と仲良いもんなあ。付き合ってんの?」
「は? そんなわけないだろ」
「ごめんごめん、怒るなって〜」
「てか仲良いなら山内と同じ部屋にする?」
「え、いや別に」
「あーたしかに。部屋決めする奴に言っとくよ」
できれば同じ部屋じゃないほうがいい、なんて言えなかった。特に断る言い訳がない。仲が悪いと思われても面倒だ。
スマホに視線を戻し、メッセージを打つ。
『着いたら言うから』
『飲みすぎんなよ』
『帰ったら連絡して』
俺なんかより飛間のことが気になる。サークルには女子もいるだろうし、酔っぱらって家に……とかそんな展開がもしあったら?
『わかった』
『三沖も気をつけて』
──何に気をつけてほしいんだろう。
旅行だから普通の言い方なのかもしれないが、なんとなく、他の人と何もないようにという意味が込められているような気がした。
キャリーを部屋に運び入れると、すでに山内が奥のベッドに座っていた。
「お、三沖。久しぶり」
「うわ」
よりによってダブルベッドが二つ。ここで四人が寝る予定のはず。
「なに、うわって」
「いやベッド……二人ずつ寝る感じ?」
「そうそう。俺と一緒に寝よ」
山内は笑顔で枕をポンポンと叩いた。しばらく会ってなかったとは思えない、慣れた空気。こいつがベッドに居るのを見るだけで過去のことが頭にチラつく。
「……やめとく。俺は隣のベッドいくよ」
「え、なんで? こっち来いって」
「いやいいよ」
「なに嫌がってんの。あと二人、お前が前に苦手って言ってた奴らだけど。一緒に寝れる?」
「まじか……」
なんでいくつも部屋を借りておいて、仲良い人と同じ部屋になれないんだ。部屋決めが下手すぎる。こいつ含めて五人も仲良い人がいるのに。
山内はニコッと笑みを浮かべ、今度は手招きをした。
「だからここ来いよ」
「うーん」
隣のベッドを名残惜しく見つめながら、俺は荷物を移動させた。
体の関係があった男と一緒に寝るのは気が引ける。けど、もう仕方ない。なにも起こらなければそれでいい。
「そういえば三沖、最近なんか付き合い悪くね?」
ギクッとした。ここのところ、やたら飛間とばかり会っている。みんな就活やバイトで忙しそうだから予定を合わせるのが面倒だというのも理由の一つだが、何より飛間にすぐ誘われるのだ。
「ごめん。ちょっと忙しくて」
「もしかして彼氏でも出来た?」
「……いや」
「なにその間は」
──もはや付き合ってるようなものだけど、さすがに彼氏とは言えないよな?
俺はキャリーケースを開きながら曖昧に首をひねった。
「まあ……できてないけど」
ふと思った。一緒に居る時間が長すぎて飛間の口癖が移ってしまった気がする。元々、ハッキリものを言う性格だったのに。
「なんだ。じゃあまたヤろうよ」
「は? お前とはもうしないって言ったじゃん」
「え〜なんで?」
理由を聞かれても困る。こいつとしなくなったのは飛間に言われる前からだったけど、今は『性欲解消は俺だけにして』と言われたから誰ともしないと決めている。でも、それを説明する気にはなれなかった。恋愛話をするような相手じゃない。
「まあ、いいだろ別に。山内はモテるんだから」
「いやいや、顔が良いネコが三沖くらいしかいないんだよ〜。あとは付き合ってるし。なあ、たまにはいいじゃん? ヤろうよ」
「しつこい。こんな場所でそういう話すんな」
「んだよ真面目だな」
──お前がだらしないだけだろ。
出そうになった言葉をギリギリで飲み込んだ瞬間、部屋のドアがバッと勢いよく開いた。このグランピングを計画した男だ。
「外でもうバーベキューやってる! お前らも手伝って」
彼は俺たちの返事も待たずに、颯爽と走り去った。すべての部屋に声をかけているのだろう。




