21. 中途半端な俺たちの関係(三沖side)
駅ナカのコンビニで買った粒ガムを口に放り込み、コンドームの箱を開ける。
──今日は二個で足りるかな。盛り上がった時のために三個入れておくか?
箱から摘んでリュックの表ポケットのチャックを開けると、未使用のそれが一個残っていることに気が付いた。前回は事前に四個入れたが、体力が持たなくて余らせてしまったのだ。
レポートのせいで久しぶりのセックスだから、きっと今日は泊まって帰ることになる。翌朝、起き抜けに一発やるかもしれない。三個入れておこう。
歩きながら飛間の家を頭に思い浮かべた。歯磨きセットとパジャマ、下着の予備はあいつの家にある。帰り道に寄って買わなきゃいけないものがあるとしたら晩飯くらいだろう。
飛間に、『もうすぐ着くけど 晩飯どうする』とメッセージを送ったところ、『デリバリーにする?』と爆速で返ってきた。料理が嫌いなあいつは基本的に出来合いのものを食べる。自炊の方が安く済みそうなものでも買おうとするから、余裕がある時は何回か作ってやったりもした。
アパートの階段を駆け上がってドアを開ける。もちろん、鍵は事前に開けておいてもらった。
「飛間ー、来たよー」
「ああ」
ぎこちない笑みを浮かべた彼と目を合わせてから洗面所に入る。鏡に映るのは、頬が緩みきった自分のキモい顔。唇を噛んで手を洗った。
飛間の家に来るといつもこうだ。お互いにどうしたらいいのか分からなくなって、無駄にそわそわする。こんなことなら焼きそばの具材でも買ってくればよかったな……と後悔しつつ、ティッシュにガムを包んで捨て、部屋に向かう。
「レポートおつかれ」
「あ、うん。まじでギリギリだった」
「会いたかった」
「……この前会ったばっかじゃん。バイトでも会ったし」
彼氏みたいなことを言われると反応に困る。元々ベッタリで人懐こい性格ならまだしも、こいつの性格を知っている分、余計にむず痒く感じてしまう。
俺はラグに座っている飛間の隣に素早く腰を落とした。
「なんか飲む?」
「いや、いい」
「てかベッド使っていいよ。足痛くなる」
「お前もここ座ってんじゃん……」
「じゃあ一緒に座ろ」
飛間はベッドに上がり、俺の腕を引いた。
「……なんか、お前がそういうこと言うの意外だよな」
「いいから」
早くと促されて渋々立ち上がる。普通に隣に座るつもりが、また腕を引かれたせいで飛間の足の上に体が乗ってしまった。そのまま背後から抱きつかれる。
「おい」
「ちょっとこうしたい」
耳元に息がかかった。ぞくっと肌が粟立ち、思わず肩を竦める。
「嫌ならやめる」
「イヤじゃないけど……」
「今日は香水つけてないんだ」
「嗅ぐなよ」
どうせこのあとシャワーを浴びるのだから、香水なんてつけても意味がないということに最近やっと気がついた。
「どうせシャワー浴びるもんな」
「……お前、超能力者? 怖いんだけど」
「え、何が。同じこと考えてた?」
「心読まないでもらえますかー」
浅めの笑い声と共に、背中が軽く揺れた。
なんとなく手持ち無沙汰になってスマホを取る。メッセージがいくつか届いていた。サークルのグループチャットだ。ほとんど稼働してなかったが、皆でグランピング施設に行くことが決まったらしく、通知がポコポコと送られてくる。
「めっちゃ来てるけど返さなくていいの」
「うーん」
トーク画面を開くと、『グランピングに参加できる人はマル、できないひとはバツって送ってください』というメッセージがアナウンス固定されていた。読んだだけで、まだ返信はしていない。
「サークル?」
「うん。来月、グランピング行くことになったらしくて……行くか迷ってる。二泊もすんだって」
サークルには仲がいい友達が何人かいる。忙しくてあまり会えていなかったから、最後の思い出作りとしても行きたい。でも即答できないのは、予定が詰まっている時期に二泊するのはキツイからだ。
頭を後ろに少し傾けると、鎖骨のような骨っぽい感触がした。図らずも甘える動作になってしまったことに羞恥心を覚える。
「……それ、あの人もいる? 三沖がストーリーに載せてたやつ。誕生日の」
言われて思い出した。そういえば、飛間はあの写真に嫉妬していた。サークルで仲良いとか言ったから、余計に気になるのかもしれない。
「いるけど、最近は会ってない」
安心させるために居ないと嘘をつくことも出来たが、あとでバレたら色々と面倒だ。
ちゃんと答えたのに、謎の沈黙に包まれた。
(なんで何も言わないんだよ?)
ムッとして顔の向きを変えた拍子に、何かが唇に当たった。すぐ近くにあった飛間の首筋だ。青白いそこには、小さな黒子が星屑のように散らばっている。思わず吸い付いた。柔らかい肌の感触は、まるでマシュマロを齧っているようだった。
セックスの時でも触れないからこそ、新鮮だったらしい。目を見開いた彼と視線がぶつかる。
──あ、キスされるかも。
そう思うより前に、口を塞がれた。
「ん」
すぐには離れない。舌が差し込まれ、くちゅっと激しく絡む。飛間のキスは意外と強引だ。慣れてないくせに、こっちばかり乱されるような濃厚なキスを毎回かまされる。
「っふ、ちょ……っん」
言葉が飲み込まれた。
まだここには来たばかりだ。晩飯を食べてセックスをするための準備をして、シャワーを浴びる。男同士なのだから、挿入するには面倒な手順を踏まないといけない。
こうやってイチャイチャしていると流されそうになる。準備するからと言って中断するのは結構気まずい。
「まて、飛間」
指先で彼の顎を押し返すと、まつ毛で陰りが差した瞳と目が合った。
「その人と……寝たことある?」
「は? なんの話」
「だから、誕生日祝った人」
「なんでそれを……」
こいつに言ったことがあっただろうか?
記憶を遡ってみても思い出せない。
「やっぱそうか。なんかあの写真、距離近いなと思った」
「い、いやでも過去に三回くらいだから。そんな頻繁に寝る仲じゃなかったし」
「三回って結構だと思うんだけど」
「……今は普通の友達。あの日もしてない」
──なんで俺は必死に弁解しているのか。そもそも飛間とは付き合ってないのだから、過去に関係があった人との繋がりを申し訳なく思う必要なんかないはずだ。それでも、雨に濡れた子犬のような目で見つめられると、悪いことをした気分になる。
俺は罪悪感に耐えきれなくなって目を逸らした。
「まあ……彼氏じゃないしな、俺は」
「え?」
「口出す権利なんかないって分かってるけど……寝たことある人と二泊か」
どこか笑いを含んだ声だった。自嘲、いや、嫌味とも受け取れる含み笑い。
サークルのメンバーで泊まるのだから必ずしもそいつが同じ部屋になるとは限らないし、そもそも大人数いる中で何か起こるわけがないだろう。そう思ったが、言わなかった。飛間もきっと分かっている。
恋人じゃないから束縛することもできず、嫉妬心を持て余しているのだ。
飛間の感情が痛いほど伝わってきて息が詰まった。苦しい。俺の臆病なエゴのせいでこいつのことも苦しめている。
「行ってきたら?」
「……えっ。なんで」
パッと顔を上げたが、逆に飛間は反対側を向いてしまった。
──こんなに近くにいるのに、ずっとすれ違ったままだ。
「社会人になったらそういうのできなくなりそうじゃん」
「そうだけど」
「今のうちに楽しまないと」
まるで自分に言い聞かせているかのような言い方だった。
飛間が体の下からするっと抜けて立ち上がる。一瞬のことで、俺は反応できずにベッドに沈んだ。
「写真撮ったら見せて」
「あ、おう……」
なんと言えばよかったんだろう。ここで行かないと言っていたら、どうなった?
やっぱり中途半端な関係を続けるのは良くない気がする。俺も飛間も、無駄に傷つくだけだ。




