2. ゲイの喧嘩を止める
うちの店は性別の組み合わせ関係なく利用することができる。一般的なラブホは受け入れ拒否しているところが多いようで、そっちの界隈人達がよく流れてくる。
初めて見た時こそ驚いたものの、勤めて一年にもなればもはや当たり前のことになった。
トイレから戻ってきた三沖が座る前にオーダーの紙を差し出す。
「お前の客」
「は?」
「ゲイカップル」
「俺ゲイ専用のスタッフじゃないんだけど」
パシッと手を叩かれてしまった。
三沖は眉を寄せながら椅子に深く座った。俺に行けということらしい。
「俺さっきも行ったのに」
「じゃあ次いく」
「……追加きたら言って。ポテトだから」
「あーい」
まったく。三沖は俺より何ヶ月か後に入ってきたのに、俺のことをこき下ろしている。
元々、性格的に女王様の気質があるのだろう。就活やめてゲイ専門のSMクラブとかで働けばと提案してみようか。
体のラインが出るピチピチの黒レザースーツを身に纏った三沖が鞭を振り回しながら微笑む──。
「くふっ」
思わずにやけた。可愛らしい犬顔に似合わなすぎてウケる。
冷凍庫から出したポテトを油に沈めてタイマーを押したところで、トランシーバーのランプが点灯した。
「飛間っち、同じ部屋で追加きた。結構あるけどいい?」
「なに」
「コーヒーとココア両方ホット、唐揚げとプリン」
「めんどくせー……」
「ありがと」
三階まで何度も昇り降りするよりマシだが、一度にそんな大量に持って行けるだろうか。
「てか飯食ってこいよ」
つい愚痴がこぼれる。わざわざラブホまで来たんだからさっさとセックスして寝てほしい。
ようやく調理を終えて部屋に届けたあと、これ以上追加で言われる前に速攻でフロントに戻った。
「早かったな」
「また追加来ると思って急いだ」
「追加じゃないけど火消しきたよ」
火消しとは、退出した部屋の火元確認を行うこと。煙草の火がついたままとか、アイロンの電源が入ったままとか、そういう火事の原因になりそうなものがないかを確認しなければいけない。部屋に入ったついでにゴミ集めと風呂の換気、リネンの状態確認もする。正直言ってかなり面倒くさい。
「え、また俺?」
「ジャンケンしよっか」
「いや三沖が行けよ……ん?」
ふとモニターが目に留まった。さっき品物を持って行ったばかりの部屋の前に、男が二人。音は聞こえないが何やら激しく言い争っているように見える。これは厄介なやつかもしれない。
「……俺、火消し行くわ」
「飛間っち、ゲイのほうよろしく」
「はあ? なんでよ。てかその呼び方キモい」
「ほら、ゲイの喧嘩にゲイが止めに入ったら変に拗れそうじゃん。俺は飛間より背低いし」
「身長は関係ないだろ。男じゃん」
「このご時世に性別出すのはどうなん? もし俺がめちゃくちゃ可愛い女の子だったら行ってたってこと?」
悲しそうな顔で見つめられる。わざとらしい演技だ。それでも言われたことは正論で、自分の発言に非があったのは否めない。
たしかに、こいつがもし女の子だったら格好つけて「俺が行くから任せて」とか言っていただろう。
「で、でも俺が行かなきゃいけない理由もないだろ」
「飛間」
唐突に三沖が立ち上がった。ただでさえ窮屈な箱の中で、じりじりと体を寄せてくる。
「な……なんだよ」
こんな真剣な顔は初めて見る。
後ろに下がったら背中に備品ケースがぶつかり、さすがに慌てた。三沖の肩を掴んで押し返す。
「おい近いな」
「怖いから、飛間が行ってくれない?」
両手を握られた。まるで捨てられた子犬のように上目遣いで見つめてくる。まさか可愛くおねだりされるなんて、夢にも思わなかった。
「……仕方ないな」
「ちょろ」
「あ?」
「いつかお前が美女にかもられないか心配だよ」
別に俺は騙されやすいわけじゃない。ただ、こいつにお願いされると断りにくいだけだ。
「……ゲイの喧嘩ってどうやって止める?」
「ゲイとか関係ないって」
「でも……あいつら俺よりデカそうなんだけど」
モニター越しでも分かるほどタッパのある男二人の仲裁。三沖が怖がる気持ちも分からなくない。しかし引き受けておいて、挑む前に引き下がるのはさすがに男としてダサすぎる。
「頑張れ〜」
心の籠もってない応援に背中を押され、俺は意を決して階段を駆け上がった。詰り合う声は廊下に響き渡っている。これでは他の客からクレームが入りそうだ。
自分より大きな体の二人を前にした途端、手が震えてきた。
「お前がっ、いつもそんなんだから!」
「はあ? おかしいのはお前だろ!」
「お、お客様……」
悲しいことに、彼ら視界にすら俺は入らないらしい。何度も声をかけたが一度も振り向いてもらえない。
「ここでは他のお客様の迷惑になりますので……」
「だいたい、先に他の奴と寝たのはお前じゃねえか! 言い訳してんじゃねえよ」
「それはお前が」
会話の内容から推測すると、お互い他の人と寝たことに怒っているようだ。どちらが先に浮気したとか、全然会ってくれないからとか、出てくる言葉は謝罪ではなく相手を煽るものばかり。解決しないことを話して一体何になるんだ?
仕舞いにはちんこが小さいなどと言い出した男達に思わず頬が引き攣る。
二人の間に手を伸ばした瞬間、
「邪魔!」
肩を突き飛ばされた。体勢を崩した体が床に落ちたというのに、彼らはお互いを罵ることに夢中になっている。
かあっと顔に血が集まった。突発的な怒りだ。仕事だから抑えなきゃいけない。そう分かっていながらも、自制できなかった。
「うるせえな! セックスしないなら帰れよ!」
キーンと、自分の声で耳鳴りがした。
言ったあとに後悔しても遅い。二人が同時に俺のことを見た。顔に集まった血が一気に引いていく。
──やべ、しくったかも。
これでクレームでも入れられたらクビになってしまう。この仕事は大変なことも多いが、嫌いじゃなかったのに。それに大学三年生という半端な学生を新しく雇ってくれるところは少ない。一人暮らしだから家賃の支払いもあるし──。
「たしかに……そうだな」
「せっかく金払うんだから、やらなきゃ勿体ないか……」
「え?」
「うるさくしてすみませんでした」
二人は俺に頭を下げたあと、一緒に部屋に戻って行った。
「なんだ……?」
張り詰めていた緊張が一気に消えて、その場にしゃがむ。
あれで怒られなかったのは奇跡だ。なんだかよく分からないが、とにかく喧嘩をやめてくれてよかった。
一体どれほどの時間が経ったのだろう。フロントに戻った途端、三沖が素早く立ち上がって俺のところに来た。心配そうに顔を覗き込まれる。
「大丈夫だった?」
「あ、うん」
モニターであれを見られていたのかと思うと恥ずかしい。本当は床に打った肘が痛むけど、何でもないふりをして座った。
「ありがとう」
「いや、別に」
「突き飛ばされてたけど」
「……お前が行ったら怪我してたな」
「飛間が居てくれてよかった〜。どうやって収めたん?」
「セックスしないなら帰れって言った」
三沖は目を丸くしてから、だはははっと豪快に笑った。
「お前のこと見直したわ」
「……男同士ってさ、浮気とかよくあんの?」
「なんで。さっきの客?」
「うん」
あの状態からセックスしようとなるのが理解できない。好きとかそういう感情関係なく、ただ性欲に振り回されているだけだ。
「まあ……浮気なんて男も女もするだろ」
「そりゃ、そうだけど」
「でも特に多いって聞くよ。こっちの界隈は」
声のトーンがわずかに落ちた。三沖の恋愛事情を聞いたことはないが、付き合ってる男はいるのだろうか。
気になるけど聞けない。「俺に興味あんの?」と誂われるのが目に見えている。
「……飛間は浮気とかしなさそー」
モニターを見ていた三沖が俺にちらっと視線を配った。
「俺はしない」
言ってから、なんだかこいつへのアピールみたいだと一人で赤面した。三沖の好感度を上げたところで何の意味がある?
「三沖は?」
「しないに決まってんじゃん。俺、一途だし」
「へえ」
「聞いたくせに反応薄」
「へえ~!」
「わざとらしい」
「注文多いな」
「あ、火消しきたー」
パソコンに、通知音と共に部屋番号と火消しマークの通知が届く。精算が済んでいることを確認した三沖は、くるんと椅子を回転させて俺のほうを向いた。
「飛間。お願い」
「味占めてんなよ」
「おねだりに弱いだろ、お前」
「何でも言うこと聞くと思ってる?」
「じゃあ、行ってくれたら俺の初恋の話する」
「…………初体験の話もしろよ」
溜め息をつきながら立ち上がった俺に、三沖また楽しそうに笑った。




