16. 三沖の好きな人 - 1
集合場所に指定されたのは、商業施設の中にあるスクリームの店舗だった。朝から並んでいたであろう大勢の人達が階段に列を成している。『最後尾』と書かれたプラカードを持つ人に近づくと、少し前に三沖と愛流がいるのが見えた。手は届かないが、声をかければ気づくだろうか。
「三沖」
彼らは振り返って横から顔を出した。目が合った途端に笑いかけられる。
「お、来たか」
「まじで飛間も来てくれたんだ。買ってほしいもの送るから見てー」
愛流はそう言うなりすぐにメッセージを送ってきた。
『スクリーム メンズメタルキャップ』
聞き慣れない商品名のあとに貼られた画像には、黒地ベースで正面に紫色のブランド名が入ったキャップが写っている。海外の売れないメタルロックバンドのドラマーが被りそうな帽子だ。
(ダサ……)
思わず心の声が表に出そうになった。デザインなのか色合いなのか、何かが絶妙にダサい。いくら顔が良い愛流が被ったところでカバーできないだろうと思うほど。しかも、値段はバイト二日分が簡単に吹き飛ぶブランド価格。
こんな物を買うために俺と三沖は呼ばれたのかと思うと、無性に腹が立ってくる。
「このあと皆で飯食う?」
「えー女の子と会うんだけど」
「お前いっつもそれだな」
「ま、昼メシくらいはいけっかなあ……」
「愛ちゃんも一緒に食おうよ〜」
「キモイ言い方」
俺を含めてほとんどの人がひとりで並んでいるから、彼らの会話はここからでもよく聞こえる。
自分も早く来て一緒に並べばよかった。三沖の楽しそうな笑い声が響くたびに神経がすり減っていく。
暇つぶしに動画でも観ようかと思ったが、いまいち気乗りしない。スマホを上着のポケットに入れ、三沖の横顔を眺めるために体を少し横にずらす。
「てか紹介してくれる男ってどんな感じ?」
「あ、写真あるよ」
「見たい見たい」
三沖のひと言でグッと二人の距離が縮まった。
──写真を見るだけなのに近すぎないか?
離れろ離れろと念じながら身を乗り出す。どんな男なのか見たかったが、叶わなかった。
「チッ」
前の人がこちらを振り返りながら舌打ちした。どうやら、俺が順番を抜かそうとしたと勘違いされたらしい。すみませんと小声で謝っておく。
「うえ、めっちゃイケメン。さすが愛ちゃんの友達」
「っしょ? こいつモテるからねー」
「結構タイプだわ」
くそ、よりによって三沖のタイプかよ。余計にどんな顔をしてるのか気になる。
「三沖って意外と真面目っぽいの好きだよな」
「そりゃチャラいよりいいじゃん。お前みたいなヤリチンなら遠慮しとく」
「こいつはたぶん真面目だよ。性格もいーし」
(……お前みたいなヤリチンは遠慮する?)
ふと、バイト中に三沖と交わした会話を思い出した。俺が無神経にも、愛流のことを狙っているのかと聞いた時のことだ。
──ゲイだからって誰でもいいわけじゃないから。
たしかに三沖はそう言っていた。あの時は誤魔化されたと思ったが、やはり本当に好きな人は愛流ではないのだろう。そうなると残った可能性は、大学の友達かネット関係という繋がりが多そうな二つ。
「でも俺に紹介していいの」
「たぶん。男もイケるって言ってた気がするから」
「気がするってお前、曖昧だな」
「てかさー、もう飛間でよくね? あいつ彼女いんの?」
唐突に出てきた自分の名前に、ドドドドドッと心臓が転がるように速くなる。
ナイスアシストありがとうと思うべきか、余計なことを聞くな馬鹿と思うべきか。すべては答え次第だ。
震え始めた手をジーンズのポケットに突っ込む。列が少し動いた。前に進みながら三沖がこちらを振り返る。ほんの一瞬。気のせいでなければ、彼と目が合った。
「冗談やめろよ」
三沖が笑いながら愛流を小突く。乾いた笑い声だった。
「ふは、いーじゃん。あいつ無駄に真面目やん。サボったりもしないし」
「まあ……もういいから。とりま紹介してその人」
キーンと耳鳴りがした。まるで聞きたくない言葉から耳を守るような、大きな音。思考がぼやけて何も考えられない。
「あの」
「……はい?」
後ろの人に肩を叩かれ、ハッと我に返った。強面の男性が顎をクイッと前に突き出す。
「前、進んでもらえますか」
「あっ」
指摘されて初めて、列が進んでいることに気がついた。すみませんと頭を下げながら急いで前の人と距離を詰める。
三沖とまた目が合った。一連のやり取りを見ていたのか、口パクで『なにやってんの』と笑われる。
──なんで俺はこんな所にいるんだろう?
ここに来た理由は単純だったはずだ。三沖と少しでも一緒にいるため。少しでも好きになってもらうため。なのに、まったく眼中にないという態度を取られてしまうのはかなりキツい。
(いっそ帰るか……)
途端に何もかもどうでもよくなった。クソダサいメタルキャップなんか、買わなくたってきっと愛流も困らない。それに元々は参加予定じゃなかったのだから、ここで抜けたとしても怒られないはず。
うだうだ考えているうちに列が進んだ。ショップの入口までの道のりはまだ長い。ざっと見ただけでも三十人くらいはいる。
「知ってる? 亜鉛取るとめちゃくちゃザーメン出るらしいよ」
「え、まじ? なにそれ」
「誰かが言ってたー」
「あはは、本当かよ」
「三沖やってみて。サプリとかコンビニに売ってんじゃん」
「俺を実験台にすんな!」
耳を塞ぎたくなる下品な会話。でもその内容よりも、愛流が三沖の性的な部分を想像したかもしれないということが嫌だった。
胃の奥から、何かドス黒いものがせり上がってくる。もう限界だ。今すぐ三沖の手を引いてここを離れたい。──でも、そう思っているのは俺だけだ。
「抜けるのでここ詰めてもらって大丈夫です」
後ろの人に声をかけつつ、俺は逃げるように階段を駆け下りた。
行く当てはない。ただこの宙ぶらりんになった感情をそのまま置いて帰る気分にもなれず、重い足を引きずって施設の中を彷徨った。そうして地下一階まで降りた先に、人気の少ない喫茶店を見つけた。昭和を彷彿とさせる外装に惹かれて店内を覗くと、ソファー席があるのが分かった。寛ぐのにちょうど良さそうだ。
取っ手が錆びついた扉を押し開ける。奥のテーブルを拭いていた若めの男性店員はわざわざ手を止め、こちらに近づいてきた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ、一人です」
「お好きな席にどうぞ……ん?」
店員が俺の顔を見て首を捻った。
いきなり向けられた不躾な視線に居心地が悪くなりながら、片側がソファーになっている席に座る。
彼は水が入ったコップと布おしぼりをテーブルに置いたあとも、俺の顔を見るのをやめなかった。
「えっと、なんですか」
「すんません。もしかしてなんすけど、三沖とバイトが一緒の……?」
「──あ」
思い出した。誕プレを選んでいる時に会った、三沖の大学の友達だ。
「ですよね? なんか見たことあるなと思って」
「よく分かりましたね」
「いや、だってあのあと、三沖が『飛間も同じ香水買った〜』ってずっとうるさいんですもん。さすがに覚えてますよ」
「え? そ、そうなんですか」
お揃いにしたことを本気で喜んでくれていたなんて知らなかった。沈んでいた気分がじわじわと上がっていく。
赤くなった顔を隠すためにメニューに目を落とす。朝何も食べなかったせいか、見ただけで腹が鳴った。
「あの、カフェラテとオムライスをお願いします」
「かしこまりました」
「……聞きたいことがあるんですけど」
ふと疑問に思った。俺が知らない三沖の友達はどれほどいるのだろうかと。しかしそれを聞いて、もしそこから好きな人を特定できたとして、何の意味がある?
自分のエゴで勝手に詮索した。そのことが三沖に知られたら気持ち悪いと思われるに決まってる。
「なんすか」
引き留めたくせに黙ったせいで、怪訝そうな顔をされてしまった。
「やっぱなんでもないです。すみません」
「はあ。メニュー下げますね」
こんな風に悩むくらいなら、気持ちを伝えたほうがいい気がする。浅い情報だけ入れた状態で体の関係を持ってしまったのが良くなかったのだ。
スマホにはいくつものメッセージや着信の通知が届いていた。どれも三沖からで、途中で抜けたことへの怒りよりも心配のほうが大きいようだった。




