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1. 今日もラブホのフロントで


 その日、出勤したばかりの三沖鉄司(みおきてつじ)は椅子に座るなり体を捻って俺のほうを向いた。


「レポートの提出、間に合わなかったんだって?」


「……なんで知ってんの」


 せっかく忘れかけていた一昨日の失態を掘り返され、重いため息が出る。

 職場の人には言ってないはずなのに誰から聞いたのだろうか。


「ギリギリまで先延ばしにしてるから遅れるんだーって、小田が言ってた」


「勝手に俺の友達と繋がんのやめて」


 ──チリチリチリ。

 入館を知らせるベルの音に、俺たちは反射的に監視カメラのモニターを見上げた。

 駐車場に一台の車が入って来る。早足でパネルの前に立った男女は部屋選びも早かった。今残っている中で一番料金が高い部屋の鍵を金庫ケースから出す。


「ご利用ありがとうございます。お部屋は二階にございます」


 小窓から手を伸ばして客に渡すと、「どうも」と小さな男性の声が聞こえた。顔が見えないように配慮されたこの窓は、必要以上に愛想を振り撒く必要がないからありがたい。


「ねえ、私ほんとに休憩でもよかったよ?」


「いいじゃん、ゆっくりすれば」


 エレベーターに向かいながら交わされる会話の内容は、よくあるものだった。

 何事もなく部屋に入ったのを見届けたあと、三沖が俺に視線を流した。


「車番行って」


「三沖に譲る」


「じゃあお前がオーダーな」


 よろしく、と言いながら三沖はノートを持って出て行った。

 客が車で来た時は、何かあった時のために車番やメーカーのメモを記録しておかなければいけない。今日みたいな特に気温が低い日に駐車場にわざわざ出るのは億劫だ。いつもこの作業はなすりつけ合いになる。

 ブー、という音と共に卓上の機械から短い紙が一枚出てきた。ハイボール×2と書かれた文字にやる気が削がれた。


「冬なのに冷たいの飲むなよ……」


 のろのろ戻ってきた三沖に苛つきつつ廊下に出ると、肌が冷気に包まれた。

 この建物は昔ながらのラブホテルらしい造りで、部屋の選択パネルやセルフ精算機は俺が入る直前に導入されたそうだ。廊下は暖房が効いてないし厨房も古臭くて汚い。おまけに製氷機が壊れていて氷が拳ほどの塊になってるから、砕く必要がある。


「めんど」


 ──二杯目を頼まれないように氷を多く入れてやろう。

 キンキンに冷えたグラスを持って階段を上がる。呼び鈴を鳴らしてマスターキーで外扉を開け、お待たせしましたと声をかけて台の上に置く。

 たまに仕組みを理解してない客が、内扉と外扉の間で待機していることがあって心底びっくりする。ホテルによって仕組みが違うから仕方ないとはいえ、全裸で出て来られるこっちの気持ちも考えて欲しい。

 フロントに戻ると、椅子に背中を預けて欠伸をこぼす三沖と目が合った。


「めっちゃいい車だった」


「なに、アルファードとか?」


「わからん」


「わかんねーのかよ。てかじゃあメモに何て書いた?」


「高そうなやつ」


「それでいいんか」


「だって車詳しくないし」


 そう言ってまた口から「ふあ」と間抜けな空気を出したこいつは俺と同じ大学三年生。長めのセンター分けでタレ目が特徴的な、とにかく無駄に整った顔。犬っぽい愛嬌のある見た目に反して、中身は意外と冷めてる。口も悪いし面倒くさがり。まあ、俺も含め大学生なんてそんなものだ。


「三沖が二十歳の可愛い女の子だったらなあ」


飛間(ひま)が高身長マッチョイケメンだったらなあ~」


「おい真似すんな」


 三沖の恋愛対象が男だと知ったのは、こいつが初出勤で顔合わせの時にカミングアウトしたからだ。趣味はゲームです、のノリでさらっと言うもんだから、当初は驚くこともできずに流してしまった。


「てか、イケメンではあるだろ」


「自分で言わないよ普通」


 客観的に見て、俺の容姿はそこそこいい。クラスの一軍陽キャみたいな派手さはないが、顔の一つ一つのパーツはくっきりしてるし、高校の頃から女子に「龍大(りゅうだい)くんは俳優の誰かに似てるよね」と褒められてきた。服装や髪型をなんとかすればもっと格好良くなれる。まだ本気を出してないだけ。


「筋肉もまあまあ……ある」


「嘘つき」


 どうやら三沖のタイプと俺はかけ離れているらしい。話を聞くたびに、高身長が~とか、胸筋が堪らない~とか理解できないことを言われる。


「いつも身長いじってくるけど、俺低くねえし。お前よりデカいじゃん」


「何センチ?」


「……ひゃくななじゅう……はち?」


「はい嘘。175だろ」


 あっさりと見破られてしまった。


「それで言ったら三沖のほうがチビじゃん」


 立った時に三沖の目は鼻あたりにあるから、恐らく俺より十センチは低い。 


「俺はいいんだよ、背高い男と付き合いたいから」


「ふーん……」


 相槌を打ってモニターに視線を戻した瞬間、再び来店ベルが鳴った。ガサガサの荒い画面でも分かるほどスタイルが良いモデル体形のカップルが入ってきて、三沖の視線がそこに縫い付けられた。


「うわ、芸能人かな」


「こんなとこ来ないだろ。ボロいし」


「いや意外と穴場なんだって、こういうところが」


「そうなのか……?」


 一見、性欲なんかありませんみたいな爽やかな顔してるくせに、高身長の男に釘付けになっているのが何となく気に入らない。こんな画質で何が見えるというのか。


「二人ともマスクしてるし」


「マスクくらいするだろ」


「おっ、オーダー入ったあ」


 俺が反応する前に素早く三沖が紙を千切った。


「なに?」


「ナースのコスチューム」


「珍し」


 この時間帯は飲み物や軽食のオーダーが多い傾向にある。性行為に使う玩具、コスチューム類を真っ先に注文する人はあまり居ない。


「いってくる」


 後ろの衣装ケースの引き出しからナース服を取った三沖は、俺の返事も待たずにさっさと行ってしまった。それほどあの芸能人風の高身長男が気になっているようだ。

 つまらない気分で椅子の背もたれに寄りかかる。キイイッと痛々しい音がした。

 モニターで三沖の姿を追っていたら、早くもオーダーがあった部屋の前に着いたのが分かった。呼び鈴を鳴らした途端、パッと外扉が開く。


「──え?」


 驚いて声が出た。さっきの高身長男が、全裸で仁王立ちしていたからだ。廊下に設置してある監視カメラが、モザイクをかけたように肌色を映し出す。


「ふっ…………は、ははっ」


 一度笑い始めたらもう止まらない。

 三沖からコスチュームを受け取った男は、恐らくケツを揺らしながら戻った。さすがに三沖もあれを見て「かっこよかった」とは言わないだろう。

 それにしても、相手にはナースの服をわざわざ着せるくせに自分は全裸だなんて、どんなプレイをするんだ?


「飛間っ」


 妄想に耽っていると、なぜか目をキラキラと輝かせた三沖が帰ってきた。


「全裸マンだったな」


「見た? めっちゃデカかった!」


 何が、なんて野暮なことは聞かない。

 下品すぎる感想にドン引きした俺は、無視を決め込んでリネンルームに入った。タオルを畳んで棚に置くという単純作業をしながら、嬉しそうな三沖の顔を思い出して沸々と腹が立ってくる。


「俺だってデカいのに……」


 あそこの大きさは身長と関係ない。ハッキリとそう言ってやれば──いや、いっそ見せて証明してやればよかった。


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