無縁ピラミッド 第2話
気づいたとき、俺は地面に倒れていた。
「……っ、は……!」
喉が焼けるように乾いている。
吸い込んだ空気は氷みたいに冷たく、肺の内側をざらついた刃でなぞられたように痛んだ。
暗い。だが完全な闇じゃない。
どこからともなく漂う青白い光が、霧のように薄く揺れながら周囲を照らしている。
光源は見えないのに、影だけがはっきり落ちる、不自然な明るさだった。
「悠真! 起きたか!」
顔を上げると、真司がいた。
その顔の輪郭も、光に溶けるように青ざめて見える。
その姿を見た瞬間、現実に引き戻される感覚がわずかに戻った。
「ここ……どこだ……?」
「わかんねえ……気づいたらここにいた」
周囲を見回す。
そこは山道ではなかった。
開けた場所。地面は土ではなく、濡れた石畳のように平らで、触れれば冷たさが骨に染みそうだ。
風はないのに、空気だけが妙に動いている。背中を撫でるような、嫌な流れ方だった。
そして――
「……あれ」
目の前に、それはあった。
墓だ。いや、“墓の山”。
段々に積み上げられた墓石が、巨大なピラミッドのようにそびえている。
石の隙間には黒い苔がびっしりと張りつき、ところどころから白い煙のようなものが漏れていた。
昼間に見たら遺跡みたいに見えるかもしれない。
だが今は違う。
青白い光に照らされたそれは、明らかに“人のものじゃない何か”の気配をまとっていた。
「マジで……あったのかよ……」
後ろから声がする。振り返ると、拓海と圭太もいた。
四人とも無事――そう思いたかったが、全員の顔色は死人みたいに青白い。
汗もかいていないのに、体温だけが抜け落ちたような顔をしている。
「さっきの……なんだったんだよ」
拓海が震える声で言う。
「車……どうなった?」
「知らねえ……気づいたらここだ」
圭太が周囲を見回す。
その目は落ち着かず、何かを探すように揺れていた。
「夢……じゃないよな」
誰も答えなかった。
代わりに――
――コツン
あの音がした。
乾いた石を指先で叩いたような、小さくて、やけに近い音。
全員の視線が一斉に墓の山へ向く。
動いている。いや、違う。
“増えている”。
下の段に、新しい墓石が一つ、音もなく現れていた。
まるで空気の中から凝固したみたいに。
「……見たか?」
「見た……今、増えたよな……?」
圭太が一歩後ずさる。
その足音さえ、石畳に吸い込まれるように小さく響いた。
「これ……何なんだよ……」
その時だった。
俺は違和感に気づいた。
「……なあ」
三人が俺を見る。
「人数、合ってるか?」
「は?」
「俺たち……四人だよな?」
「当たり前だろ」
真司が呆れたように言う。
だが、胸の奥で何かがざわつく。
視界の端が落ち着かない。
“誰かが足りない”感覚だけが、しつこくまとわりついて離れない。
「圭太、拓海、真司……」
名前を一人ずつ口にする。
そして、自分。四人だ。合っている。
なのに――
「……いや、なんでもない」
頭を振る。
考えすぎだ。そう思おうとした、その時。
「おい……あれ」
拓海が指差した。
墓の山の中腹。一つだけ、形の違うものがあった。
石じゃない。木だ。黒ずんだ、古い板。
湿気を吸って膨らんだ木目が、まるで皮膚のように波打っている。
まるで――
「棺……?」
誰かが呟いた。
――コツン
音が、すぐ背後で鳴った。
振り向く。そこには、墓石があった。
さっきまでなかった位置に。俺たちのすぐ後ろに。
「っ、離れろ!」
真司が叫ぶ。
全員で距離を取る。
だが――
――コツン
――コツン
音は止まらない。
気づけば、周囲にいくつもの墓石が並んでいた。
円を描くように、俺たちを囲むように。
「おい……これ……」
「逃げ場、なくね……?」
圭太の声が震える。
「ふざけんなよ……なんだよこれ!」
拓海が叫ぶ。その時。
墓の山の中腹――あの棺が、ゆっくりと軋んだ。
――ギ……ギギ……
蓋が、わずかに開く。
中は見えない。
だが、確実に“何か”がいる。
「……やめろ……」
誰かが祈るように呟いた。
――ドン
棺の蓋が、内側から叩かれた。
空気が震えるほどの重い音。
――ドン
――ドン
石畳が微かに揺れた。
内側から、確実に叩いている。
「……出てくるぞ……」
真司の声がかすれる。
――バキッ
蓋が割れた。
中から、手が伸びる。
土にまみれた、人の手。
指が不自然に曲がり、関節が逆に折れたまま固まっている。
ゆっくりと、それは這い出してくる。
顔が見えた。
目がない。
口だけが裂けるように開いている。
その口の奥は、底のない穴みたいに真っ暗だった。
そして――
そいつは、四人を見渡した。
順番に。ゆっくりと。
まるで、“数えている”みたいに。
「……ひとつ」
声がした。
口は動いていないのに、頭の中に直接響く。
「……ふたつ」
冷気が背骨を這い上がる。
「……みっつ」
心臓が嫌な音を立てる。
「……よっつ」
そこで、止まった。
だが次の瞬間。
そいつの口が、大きく歪んだ。
笑っている。
そして、こう言った。
――「足りない」
全員の背筋が凍る。
「は……?」
圭太がかすれた声を出す。
「四人だろ……俺たち……」
その時だった。
俺は気づいた。
足元の影。
青白い光に照らされて、俺たちの影が地面に落ちている。
数えた。
一つ。
二つ。
三つ。
――三つ?
「……おい」
声が震える。
「影……一つ足りない」
全員が一斉に足元を見る。
確かに、三つしかない。
「誰のだよ……!」
拓海が叫ぶ。
だが、答えは出ない。
その瞬間。
背後から、声がした。
「――ここにいるよ」
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは――
“俺”だった。
土にまみれた、もう一人の悠真。
目が、ない。
口だけが笑っている。
「最初から、四人じゃなかったよ」
そいつは言った。
そして、墓石が一斉に動いた。
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