25年ぶりの再会 終焉(最終話)
〜1年後〜
彼を殺した廃ビルは、もうなかった。
解体工事は予定通りに進み、今では更地になっていた。
フェンスの隙間から覗くと、雑草が少しずつ地面を覆い始めていた。
私はそこに立っていた。何もない空間を見つめながら、風の音を聞いていた。
あの夜から、何も変わっていないようで、全てが変わってしまった気がする。
彼の死は、事故として処理された。ニュースでキャスターがそう言っていた。新聞にも小さく掲載されていたが、誰も深く追求しなかった。
葬儀後の慰労式、同級生で集まって、亡くなった彼を追悼した。皆「酔っていたから」「あのビル壊れていたしな」と口々に言っていた。
誰も、私を疑わなかった。
誰も、私の目は見なかった。
被害者面しているのも、辛かった。
仕事はいつも通り続けている。
利用者の介護、食事を運び、夜勤をこなす。
同僚たちは、私の変化に気づいていない。
私は、笑顔を作るのが上手くなった。
でも、夜になると、時々彼の声が聞こえる。
幻聴だとわかっている。彼は確実に死んだのだからありえないって。
カウンセリングに行くことも悩んだ。だけど、これ以上話を蒸し返されたら、どこかでボロを出しそうで怖かった。
♢♢♢
私は健太郎を赦したかったのかもしれない。
でも、それは叶わなかった。
彼が謝ることも、後悔することも、もうない。
私が彼を赦すことも、もうできない。
赦しとは、何だろう。
誰かが許すこと?
自分を許すこと?
それとも、何もなかったことにすること?
私はまだ答えを持っていない。
ただ、あの夜、私は選んだ。
過去を終わらせるために。
自分の中の空洞を埋めるために。
でも、埋まったのは空洞ではなく、別の何かだった。
それは、静かな重さ。
誰にも見えない、誰にも触れられない、私だけの重さ。
私は、フェンス前で立ち尽くしながら空を見上げた。雲の隙間から、少しだけ光が差し込んでいた。
それが、赦しの形なのかもしれない。
誰にもわからない、私だけの赦し。
私は歩き出した。風が背中を押してくれた。
もう振り返らない。
赦しの余白を抱えながら生きていく。
♢♢♢
偶然、刑事も事故現場を見に来ていた。
「お久しぶりですね。その後変わりないですか?」
「松田さん。ええ、毎日忙しくしています」
「今日はどうしてここに?」
「何か取り調べみたいですね」
「そうおっしゃらずに」
「彼……橋本にお供物をと思って」
「人生を弄ぼうとした相手なのに“お優しいのですね”」
忘れようとした言葉だったのに、彼のことを思い出していた。
「そんなことありませんよ。同級生として、当たり前のことですよ。そんなに変ですか? 悼む心は私にもありますので」
「それは失礼いたしました。花などはご持参ではありませんか?」
「買ってこようかとも思いましたが、再建築予定の更地。人の土地ですので、置かれても迷惑かと思いましてね。飲み物の1つは持参していますけど、誰も置いていないようなので、このまま持ち帰ります」
帰ろうとしたが、彼はまだ呼び止めた。
「少し話したいことがあるので、警察署で話しませんか?」
時が来た。直感的にそう思った。
久しぶりの警察署では、前と同じような応接室ではなく、狭い空間に灰色の机が置かれている取り調べ室だった。
「それで、お話って何ですか?」
「先ほどの続きになりますが、橋本さんについてです。橋本さんの件は、誰もが事故だと思っていました。穴の付近にあった、カーテンに足を取られて、転落した。何も違和感はなかった。ですが、2つほど、気になるものが見つかったのです。1つは、4階の現場にあった新しい手形。これは、指紋がなく、手袋を着用していました。これがどうも違和感でして、橋本さんは手袋をつけていないので、彼のものではない。解体工事に訪れた人の手形である可能性は高いのですが、ただ、それにしては小さいんですよ。さらに、手袋は繊維などが一切落ちていないことから、ビニールもしくはゴム製であることはわかっています。現場に立ち入った作業員の話では、ビニール、ゴム製の手袋は使われていないと」
確かにあの時、突然起きてしまった彼に驚いて、手を付いてしまったが、指紋がない限り証拠としては乏しいはず。
「私たちでも入れたので、誰か他にも入った人がいるのではないですか? 例えば、窃盗目的の人など」
「可能性は捨てきれません。もう1つ気になることは、橋本さんの指紋です」
「指紋?」
「当日、彼は相当酔っていて、千鳥足で現場に向かってます。階段に残された足跡も、右を向いたり左を向いたり、まっすぐ歩けていませんでした。それなのに、階段から、橋本さんの指紋は一切検出されませんでした。壁に手をつくこともなく、ふらふらの足で、階段を登ることなんて可能でしょうか」
多分、バレている。
もう、楽になりたい。
なんで、こんなことをしてしまったのだろう。
「私に、見せるものはございますか?」
「用意しています」
「松田さん……私は、どこで間違えたのでしょうか」
「初めからですね。あと、用意が周到すぎました」
これで全て終わった。
どこかで、この結末を望んでいたのかもしれない。
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