表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホラー短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/52

旧童楽寺トンネル 最終話

 どれくらい眠ったのかわからない。

 ただ、車の揺れが妙に荒くなったことで目が覚めた。


「光莉、起きた?」


「うん……車の揺れがすごいから」


「春人、安全運転してよね」


「仕方ねえだろ。ここのトンネル、石が多いんだから」


──トンネル?


 私は一気に目が冴えた。


「飯口。このトンネルって……」


「ああ、童楽寺トンネルだぞ」


 全身に鳥肌が立った。

 背中を冷たい手で撫でられたみたいな寒気が走る。


 封鎖されているはずのトンネル。

 入口も出口もコンクリートで塞がれている。

 車が入れるわけがない。


 なのに──

 私たちは今、その中にいる。


「飯口……車止めて。揺れて吐きそう」


「おいおい、マジかよ。車の中だけは吐くなよ」


「光莉、大丈夫? 袋あるよ」


 寧音が心配そうに袋を差し出す。

 その優しさが、今は恐怖にしか感じられない。


 桂を見ると、呑気に眠っていた。


(……こいつ、本当に何も気づいてないの?)


 車が止まったのは、よりにもよって──

 洞窟へ続く扉の前だった。


「須賀野、吐くなら降りてくれよ」


「……わかってる」


 私は車を降り、辺りを見渡した。


 ここは間違いなく、封鎖されたトンネルの中。

 外の光は一切なく、車のライトだけが世界を照らしている。


(どうやって……ここに……?)


 考える暇もなく、視界の端に“白い影”が揺れた。


 洞窟の入口。

 そこに──

 白い服の女が立っていた。


 ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。

 口が動いている。

 何かを言っている。


 私は反射的に車へ飛び乗った。


「飯口! 出して!!」


 叫んだ瞬間、フロントガラスの向こうに、青い服の子供が二人、マリをついて遊んでいるのが見えた。


「飯口! バック!!」


「は!? 何言って──」


 寧音の悲鳴が車内を裂いた。

 サイドウィンドウに、白い女が張り付いていた。


 その顔は、笑っていた。

 歪んだ、壊れた笑みで。


 飯口はようやく状況を理解し、叫んだ。


「うわああああああ!!」


 車は荒々しくバックし始めた。

 石を跳ね、壁に擦り、金属が悲鳴を上げる。


 ごめん飯口。

 車の修理代、少しは出すから。


 だから今は──全力で逃げて。


 白い服の女は、バックする車を追ってはこなかった。

 ただ、トンネルの奥でじっと立ち、こちらを睨むように見つめていた。

 その口が、ゆっくりと動いている。

 何かを言っている。

 でも、車内には一切届かない。


 代わりに──


「おい須賀野! ここって……トンネルの中だよな!? どうやって入ったんだよ!!」


 飯口の怒鳴り声が、狭い車内で爆発した。

 耳が痛い。

 でも、それ以上に胸が痛かった。


「私寝てたから知らない! 寧音と飯口が起きてたんでしょ!? そっちこそ何か覚えてないの!?」


「わからねえ! 窓に張り付いてたあの女を見て……全部思い出しただけだ! 途中の記憶がねえんだよ!」


 飯口の声は震えていた。

 寧音も同じだった。


「私も……歩いてトンネルに入ったところまでしか覚えてない……なんで車ごとこんなところに……」


 寧音の声は泣き出しそうに揺れていた。

 その震えが、逆に現実味を帯びていて怖かった。


(……じゃあ、誰が運転してここに入れたの?)


 可能性は一つしかない。


 私は隣で寝ている桂を見た。


「おい桂! 起きろ!」


「ん……もう朝……?」


 寝ぼけている。

 この状況で、まだ寝ぼけている。


「それどころじゃない! 幽霊が出たんだよ!!」


「幽霊……? 何の話……?」


 私は、反射的に拳を振り上げていた。


 ゴッ。


「痛っ!? 何するの!?」


「起きろって言ってんだよ!! 幽霊が出たんだってば!!」


 桂は目を丸くして私を見た。

 その表情が、あまりにも“普通”で、逆に不気味だった。


(……こいつ、本当に何も覚えてないの?

 それとも──)


 考える暇はなかった。


 飯口が叫んだ。


「須賀野! この先、もし壁だったらどうする!? 車はもったいねえけど……ぶつけるしかねえよな! 言い出したのは俺だし……責任は取る! 全員で脱出するぞ!!」


 飯口の声は震えていたが、覚悟があった。

 あの時の飯口とは違う。

 今の彼は、恐怖に飲まれながらも、必死に現実を掴もうとしていた。


 ただ一人──桂だけが、呑気だった。


「この先は大丈夫だよ。僕らが入った方向と反対側だよね?こっちはね……コンクリートに見せかけて木で塞いであるから。車でぶつかれば壊れるよ。ただ──」


 桂が何かを言いかけた瞬間。


「本当に木だ! このままぶつかるぞ!!」


 飯口が叫び、アクセルを踏み込んだ。


「待っ──」


 言い終わる前に、車は木の壁に激突した。


 ガンッ!!


 衝撃で体が前に投げ出され、私は寧音のヘッドレストに顔をぶつけた。

 視界が一瞬白く弾ける。


 その一瞬の中で、私は見た。


 桂が──口角を上げて、ニヤついていた。


 そして、普段と同じ声量で、はっきりと言った。


「……この先は崖だよ」


「飯口!! ブレーキ!!!」


 私の叫びは、悲鳴に近かった。


 キィィィィィィィィッ!!!


 車は横滑りしながらガードレールにぶつかり、ようやく止まった。

 衝撃で、私は意識を手放した。


 目を覚ましたとき、空は明るかった。

 朝の光が、妙に冷たく感じた。


 窓をコンコンと叩く音。

 ぼんやりと顔を上げると、水色の服を着た警察官が立っていた。


(……助かった?)


 私は慌てて車内を見渡した。


 寧音は気を失っている。

 飯口も同じだ。

 二人とも、ヘッドレストに寄りかかったまま動かない。


 ただ一人──桂だけがいなかった。


 桂の席のドアは開いていて、そこから朝の光が差し込んでいた。


 私は、ゆっくりと外を覗き込んだ。


 そこは崖だった。


 そして──

 崖の下の大きな岩に、桂が倒れていた。

 頭から血を流し、動かない。


「っ……!」


 足が震え、後ずさった。

 背後から警察官が肩を支えてくれた。


「こういうことになるからね。心霊スポットに遊び半分で来ちゃだめだよ」


 耳元で囁かれたその声は、妙に湿っていた。


 私はゆっくりと警察官の顔を見た。


──笑っていた。


 桂と同じ、口角を上げた、不自然な笑みで。




 後日談


 私は無傷だった。

 寧音も飯口も、骨折や打撲で通院が必要だったが、命に別状はなかった。


 ただ──

 二人とも、旧童楽寺トンネルのことをほとんど覚えていなかった。


 寧音は、桂の存在すら「そんな人いたっけ?」と言った。

 飯口も同じだった。


 あの夜だけの関係だったはずなのに。

 忘れられるはずがないのに。


 そして、二人は戻ってきてからどこかおかしくなった。


 寧音は突然ギャルになりたがり、飯口は急に陰気になった。


 まるで、人格の一部が入れ替わったみたいに。


 私は二人と距離を置くようになった。


 あの夜のことを、忘れないために。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ