旧童楽寺トンネル 第2話
スマホで時間を確認していなかったけれど、十五分──いや、もっとかもしれない。
とにかく、私たちはずっとトンネルの入り口を探して歩き回っていた。
けれど、誰一人として“それらしいもの”を見つけられなかった。
夜の山は、昼間とは別の生き物みたいだった。
湿った土の匂いが濃く、木々の影は黒い壁のように道を塞ぐ。
スマホのライトが照らす範囲だけが、かろうじて“現実”として存在していて、その外側はすべて闇に飲まれている。
私はため息をつき、飯口に声をかけた。
「飯口。そろそろ戻らない? 何年も前に埋められたトンネルなんだから、中には入れないって」
飯口は、振り返りもせずに言った。
「なんだ須賀野。びびってんのか?」
びびってる?
そんな単純な話じゃない。
「違う。無駄な時間を過ごすのがもったいないって言ってるの」
「無駄じゃねえよ。幽霊を見るためには必要な時間なんだよ」
バカバカしい。
どうしてそこまで幽霊に会いたがるのか。
会ったところで、ろくなことなんて起きないのに。
私は寧音の近くに移動し、探すふりだけをしていた。
正直、もう飽きていた。
見つかるわけがないし、こんな馬鹿げたことに付き合うのも限界だ。
──だが、現実はいつも私の予想を裏切る。
「おーい! こっち来てみろよ!」
飯口の声が、夜の山に不自然なほど大きく響いた。
嫌な予感しかしない。
「何かあったの?」
桂が反応し、駆け寄っていく。
私は胸の奥がざわつくのを感じながら、ゆっくりと近づいた。
飯口がスマホのライトで照らしていたのは、トンネル横の斜面。
そこに──猫が通れるくらいの、小さな穴が空いていた。
「何これ……穴?」
「そうなんだよ! 中覗いてみろよ!」
飯口は興奮しすぎて、声が裏返っていた。
桂がスマホを差し込み、中を照らす。
「……空洞になってる。これ、広げれば入れるってこと?」
「そうなんだよ! ここまで来て入らないとかありえねえよな!」
いや、ありえるだろ。
人が通れない穴なんだから。
それに──
「崩落の危険性があるから塞がれたトンネルなんだよ? 中に入るのは危険すぎる」
私は必死に言った。
けれど、空気は完全に三対一。
寧音まで賛成派なのが腹立たしい。
「そこまで言うなら須賀野だけ残ればいい。寧音は行くよな?」
「え? わ、私は……い、行こうかな」
寧音……。
怖がりなのに、どうしてそんな無理をするんだ。
「桂は?」
「え? あ、ああ……入れるなら行ってみたいね」
桂の返事なんてどうでもいい。
私は寧音のために来たんだから。
「寧音が行くなら私も行く。その代わり、何があっても寧音以外助けないから」
「はっ。須賀野の助けなんて当てにしてねえよ」
鼻につく言い方。
絶対に助けてやるもんか。
♢♢♢
桂と飯口が、穴を広げるために壁を蹴り始めた。
古いトンネルの壁は驚くほど脆く、蹴るたびに乾いた音を立てて崩れていく。
(……もっと頑丈に作っておいてよ)
心の中で文句を言いながら見ていたが、二人の勢いは止まらない。
やがて、人が通れるほどの穴が開いた。
飯口が真っ先に中へ入り、寧音が続き、桂も入っていく。
私は深く息を吐き、覚悟を決めて後に続いた。
♢♢♢
トンネル内は、外よりもさらに暗かった。
スマホのライトがなければ、何も見えない。
二十年も前に塞がれたというのに、舗装された道路は意外と綺麗で、逆に不気味だった。
落ちている小石を踏むたび、カツン、と乾いた音が響く。
その音が、やけに大きく聞こえる。
寧音と飯口は前で何か話していたが、私は聞く気になれなかった。
ただ、暗闇の奥へ進む足音だけが、やけに鮮明だった。
(なんでついてきちゃったんだろう……)
後悔が胸に広がる。
怖いし、暗いし、ネズミや蝙蝠が出てきそうだし──
特にネズミは絶対に無理だ。
そんなとき、寧音がぽつりと言った。
「そういえば、おばあちゃんが言ってたんだけど……このトンネルの中に昔の防空壕があるって」
飯口が振り返り、目を輝かせた。
「まじか! それは探さないとだな!」
寧音、なんで言うの。
絶対に言っちゃいけないやつだよ、それ。
「待ってよ。あるかどうかもわからないんでしょ? 崩落の危険もあるんだから、探すのはやめた方がいい」
私の声は、虚しくトンネルに吸い込まれていった。
飯口は振り返りもせずに言った。
「崩れるって言われてて、今も崩れてねえんだから大丈夫だろ。怖いなら一人で戻ってろよ」
……もうダメだ。
こいつには何を言っても無駄だ。
寧音が余計なことを言ったせいで、飯口の歩く速度は極端に遅くなった。
このままじゃ、反対側に着く頃には朝日が出ているかもしれない。
(……帰りたい)
でも、寧音がいる限り、私は戻れない。
暗闇の奥へ、私たちは進み続けた。
トンネルを歩き始めて、体感で三十分ほど経った頃だった。
実際にはもっと短いのかもしれないし、もっと長いのかもしれない。
暗闇の中では、時間の流れが歪む。
やがて、壁に白い文字が浮かび上がった。
伊志井方面 48m
神山方面 48m
──中央だ。
たった百メートルのトンネルなのに、ここまで来るのに異様に時間がかかった。
原因は言うまでもない。
飯口が、まるで地雷原を歩くみたいに、ちょっとずつ、ちょっとずつ進むからだ。
(まだ半分……? このペースなら、あと一時間半はかかる)
ため息をつきながら水を飲んだ。
喉が乾いているのに、飲み込むたび胃が重くなる。
そのときだった。
「ねえ春人。ここの辺りから風こない?」
桂の声が、妙に澄んで聞こえた。
寧音と飯口が先に進んでいたのに、桂だけが立ち止まっていた。
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