砂利と猫 最終話
眠りについたのは覚えている。
だが、また一時半に目が覚めた。
そして――夢を見た。
昨日と同じ白いワンピースの女性が、通学路の脇に立っていた。
僕を呼び止め。
「佐伯さんの家に行きたくて」
と微笑む。
昨日と同じ台詞。だが、今日は続きがあった。
「知りません」
と答えると、女性は一度うつむき。
「そうですか」
と小さく呟いた。
その声が、妙に湿っていた。
まるで泣き声を押し殺したような響き。
女性はゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、表情が“笑顔”から“怒り”へと一気に変わった。
目が見開かれ、口が裂けるほど歪み、僕を睨みつける。
その顔が、異様に近かった。
息がかかるほどの距離で。
僕は叫び声を上げようとしたが、声が出なかった。
喉が凍りついたように動かない。
そこで目が覚めた。
息が荒く、全身が汗で濡れていた。
夢のはずなのに、女性の息遣いが耳に残っている。
そして気づいた。
夢から覚めた直後なのに――
廊下の足音が、また僕の部屋の前で止まっていた。
廊下の足音が僕の部屋の前で止まったまま動かない夜が続いた。
眠れない日々が続き、学校でも集中できず、帰り道の景色がどこか薄暗く見えるようになっていた。
そんなある日、外の足音が急に聞こえなくなった。
夜中に目が覚めても、砂利の音はしない。
廊下も静かだ。
久しぶりに“普通の夜”が戻ってきたような気がした。
だが、その静けさが逆に不気味だった。
翌朝、畑に出ると、見たことのない三毛猫が近づいてきた。
人懐っこく、僕の足元にまとわりつく。
この辺りでは珍しくない光景だが、どこか違和感があった。
――砂利の上を歩いても、音がしない。
猫の足音は軽い。
だが、完全に無音というわけではない。
昨日まで聞こえていた“ザリ…ザリ…”という深い沈み方は、猫では絶対に出ない。
では、あの足音は何だったのか。
その日の夜、僕は久しぶりにぐっすり眠れた。
だが、またあの夢を見た。
白いワンピースの女性が、通学路の脇に立っている。
僕を呼び止め、
「佐伯さんの家に行きたくて」
と微笑む。
昨日と同じ台詞。
だが、今日はさらに続きがあった。
「知りません」
と答えると、女性は一度うつむき。
「そうですか」
と呟いた。
その声は、昨日よりも湿っていた。
泣き声を押し殺したような響き。
女性はゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、表情が“笑顔”から“怒り”へと一気に変わった。
目が見開かれ、口が裂けるほど歪み、僕を睨みつける。
その顔が、異様に近かった。
息がかかるほどの距離で。
僕は叫び声を上げようとしたが、声が出なかった。
喉が凍りついたように動かない。
そこで目が覚めた。
息が荒く、全身が汗で濡れていた。
夢のはずなのに、女性の息遣いが耳に残っている。
そして気づいた。
夢から覚めた直後なのに――
廊下の足音が、また僕の部屋の前で止まっていた。
廊下の足音が、僕の部屋の前で止まったまま動かない。
夢から覚めた直後なのに、現実の音としてはっきり聞こえる。
耳を塞ぎたいのに、塞いだら逆に近づかれそうでできなかった。
――ギシ…。
床板が沈む。
誰かが、そこに立っている。
息を止める。
心臓の鼓動が、布団越しに外へ漏れ出してしまいそうだった。
足音は動かない。
ただ、そこに“いる”。
怖くて、僕は布団を頭の上まで引き上げた。
薄い布団一枚で何が守れるわけでもないのに、顔を隠すことでしか自分を保てなかった。
その瞬間――足音が止んだ。
完全に。
耳鳴りだけが響く。
静寂が、逆に“何かがこちらを覗き込んでいる”ように思えた。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
布団の中で呼吸を殺していると、空気がわずかに動いた。
次の瞬間。
頭の上から、何かが“覆いかぶさってきた”。
布団越しに、重みがのしかかる。
肩から胸にかけて、圧迫されるような感覚。
息が詰まる。
そして――
顔を掴まれた。
布団の上から、はっきりと“手”の形が分かる。
五本の指が、僕の顔の輪郭をなぞるように押しつけてくる。
顎を掴まれ、口が開かない。
叫ぼうとしても、喉が塞がれて声が出ない。
布団越しなのに、指の冷たさが伝わってくる。
人間の体温ではない。
氷のように冷たい。
必死に暴れた。
腕を振り回し、足をばたつかせ、布団を押し返そうとした。
だが、手は離れない。
むしろ強くなる。
視界が暗くなり、呼吸が浅くなる。
このまま窒息するのではないかという恐怖が、頭の中を支配した。
――やめろ、やめろ、やめろ。
心の中で叫び続けた。
どれほど暴れたのか分からない。
やがて、手の力がふっと弱まった。
その隙に、僕は全力で布団を払いのけた。
部屋には誰もいなかった。
天井にも、壁にも、何もない。
ただ、僕の荒い呼吸だけが響いていた。
しばらく動けなかった。
全身が汗で濡れ、手足が震えていた。
スマホを握りしめ、電気を最大の明るさでつけ、壁にもたれかかった。
朝まで一睡もできなかった。
朝になり、鏡の前に立つと――
顔と首に、黒い指の跡のようなものがついていた。
触っても痛くない。
ただ、くっきりと残っている。
瞬きをした瞬間、その跡は消えた。
まるで初めから存在しなかったかのように。
それ以来、廊下の足音は一度も聞こえていない。
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