出逢い
思えば俺は物心ついた頃から孤独というものに苛まれていた。いつからとか何がきっかけでとか、おそらくそんなことはきっと些細なことで、ただ一つわかっているのは、俺に幸せなんて一つもないってこと。
......幸せの価値は誰が決めたの?
「ーーーまた眠れなかったな......」
そんな独り言を寝室の壁に掛けているカーテンから漏れる光を見つめて俺は呟いた。いつからだろうか、俺は夜眠ることが殆ど出来ない。
何故眠ることができないのかは分からないが、俺にとっての"夜"とは"活動時間"であり、"朝"とは"就寝時間"だったりする。
まぁ今日に限って言えば朝から用事があるので起きるしかないのだが......。
「......えーと7月28日か、橘さんとこに集金だな」
そう呟きつつ身支度をし始めた。こんな生活を始めて10年。実家を出て10年。独り生き始めて10年経っていた。俺の仕事はとても簡単だ、誰にでも出来る。出来るけれど出来はしない。
寝室から出て洗面所に行き顔を洗いつつ素早く歯を磨き始めた。時間は有限なのだ、寝ていなくてもギリギリまで寝室にいるので常に朝は忙しくしている。
「シャカシャカ......げ、のみはいきょうだっふぇ?やはい、よへいくるっふぁ」
歯ブラシで口内を磨きつつスマホのカレンダーを見つめながら俺は珍しく焦っていた。飲み会が今日だったのを忘れていたのだ。腐れ縁のメンバー達とたまにある飲み会、騒がしいがとても心地よい関係性。
そんな"たま"にしかないような人間らしいイベントを忘れてしまっていたのは我ながら迂闊だった。
朝にならないとカレンダーを開かない"癖"がここにきて己の首を絞めている。何故なら夜は外せない予定が入ってしまっていたからだ。
「だからほんとごめんって。最近色々と立て込んでたからつい人間らしいことを忘れちゃってさ」
「元気くん流石に当日にそれはおかしいでしょ!?もう飲みのメンバーは店に伝えてあるんだよ!?」
仕事へ向かうがてら車を運転しつつ、俺を"いつも"誘ってくれる友達の1人に電話をかけて話していた。
かなり怒らせてしまい、片耳に付けたBluetoothのワイヤレスイヤホンから怒りの怨嗟が溢れ出している。
「本当にごめんな。......グループにもメッセージは送ったんだけど、実家のいつものアレで呼び出しくらって、さ」
「......ずるいじゃん。私の方が先に元気くんを誘ってたのにさ。そりゃお家があんな感じだから仕方ないのも分かるけどさ」
そんな友達の恨み言を聞きながら俺は頭の中で考える。うちの実家は割と裕福な方だ。別に嫌味な意味はなく"一般的"な家庭よりもという意味だが。そんな俺の実家では長男の俺が家を出て10年、一切女っ気一つすら持ち込まないことに危機感を覚えられ、有難いことに、本当に"クソ"有難いことに縁談という名の"爆弾"がよく持ち込まれていた。
最初に明言しておくと俺は非常に迷惑している。
何故なら"お見合い"という今のご時世あまり聞かなくなったこのクソみたいなイベントが"心底大嫌い"だからだ。
こういうのは家柄やステータス、そればかりを見られて、俺という人間にフォーカスが当てられることは少ない。どうしても実家が太いと、縁談やお見合いではそういう所を見られがちだ。
縁談という足枷から抗って逃げて目を背けて惰性のように生きる。そんな人間が俺、二階堂元気という奴だった。
「ーーねぇ、聞いてる!?ゆうき辺りは笑って済ませるだろうけど、お誘いして店にも連絡入れたりしてる私の顔もあるんだからね!?」
「わかってる...。今回の埋め合わせはキチンとするよ。みんなにも謝るけれど、誘ってくれたのに本当にごめんな」
「......そんなつらそうに謝られたらもう何も言えないじゃん。私も分かってるんだけどね、元気くんが私達とは違うってこと」
その言葉に鈍く胸が痛む。人と違う、みんなと違う、何かが違う、そんなことを物心ついた時から体感している俺にとってその言葉はとても鋭いナイフでしかない。
「......もう切るぞ。そろそろ仕事に入る。えりなも寝てただろ?ゆっくり休んでくれ、それじゃ」
「ちょ、元気くん、まっ」
ーーピ。通話を切り、まだ震えているスマホを車の助手席に放り投げ、仕事をすべく俺は橘さん邸へ赴いた。




