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20代最後のゲイのBL短編集  作者: 赤井獺京
夏の日の彼との銭湯

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32/33

パンツの香りと雨

僕は誰かと銭湯に行って裸の付き合いをするのが苦手だった。それは僕がぽっちゃりなこともあるけれど、こんなチャンスは逃せるわけない。僕は乗り気だと思われないように控えめに返事をした。


銭湯は倫太郎が言うように昔ながらの感じだった。と言っても昔に行ったことがあるわけじゃない。映画とかでよく見るイメージと同じだった。下駄箱は木の番号札を抜いて鍵を閉めた。倫太郎が7番に入れたから僕は隣の6番にした。

「おれの背番号なんだ」と倫太郎は言った。野球?と聞くとサッカーだと言う。昔は上手かったんだよ、と言いながら右膝を擦った。


番台のおばさんに300円を渡した。番台に座れば裸見放題だなって思ったけれどおばさんは興味もないようにお金を受け取ると頭上のテレビを見続けている。


「貸し切りじゃん」と倫太郎が言った。確かに中には人がいないようだった。倫太郎は躊躇なく服を脱いだ。ポロシャツを脱ぐと小麦色の綺麗な肌が露出する。引き締まった体。サッカーをしていたからだろうか。僕は思わず目をそらした。


目のやり場に困っていると「なに? 恥ずかしがってんの?」と倫太郎は言ってきた。

べつに……。と返すと、倫太郎はパンツごとズボンを下ろした。倫太郎のそれは、思っていたより小さくて皮被りだった。そして脱いだくしゃくしゃのパンツはグレーだった。倫太郎はグレーのボクサーパンツを履いている。


僕は外の気温以上に体の芯が暑くなる。あのグレーの布の匂いを嗅ぎたくなった。


僕の体は倫太郎の前で脱げる状態じゃない。トイレに行ってくるから先入ってて、と倫太郎に言って脱衣所のトイレで呼吸を整えた。体が落ち着くまでに5分はかかったと思う。

トイレを出ると倫太郎は中に入らずに、裸のまま待っていた。腰にはタオルを巻いている。

「タオル無かったから借りてきた」そういって僕にタオルを渡すと、倫太郎はトイレに行った。

僕はその間に服を脱いだ。隣ロッカーのかごの上には倫太郎のパンツがクシャっとなって置いてある。番台のおばさんはテレビを見ている。


唾をのんで、僕はそのパンツに手を伸ばした。そしてタオルにくるんで、仮に誰か来ても分からないように、その中に顔をうずめた。


倫太郎のパンツは汗ばんでいるのに、洗剤のいい香りがした。僕はすぐにパンツを戻して服を脱いだ。倫太郎がトイレから出てきて、僕はタオルを巻いた。半分、大きくなりかけているのを隠すためだ。


広い銭湯は僕たち以外にいなかった。隣に座って体を洗っていると、倫太郎の右膝に手術の痕のようなものが見えた。

「それどうしたの?」

「ああ、膝痛めちゃって。もうサッカーできないんだよ。だから夏期講習で勉強をね」

そっか、と意外と返せずにいると倫太郎は暗い空気を察してか話題を変えてきた。


「はるひとは彼女いないの?」


「え?いるわけないよ。こんな体型だし」


「別に体型なんか関係なくない? 太目が好きな人は太目が好きだし、俺もその方が好きだよ」


彼女がいるのか聞いてくる=女が好きな人。これで倫太郎がゲイな可能性はほとんど消えてしまった。だけど倫太郎はぽっちゃりが好きだと言う。僕は少しだけ期待してしまう。

「はるひとが女だったら抱き着いてるわ」と倫太郎は言った。頭をシャンプーで泡立てながら。


僕はその言葉に、ほんの少しの嬉しさと絶望を感じた。

女だったら……。


べつに女の子になりたいわけじゃない。だけど好きな相手と付き合えるなら、女の子になってもいいとさえ思える。


僕は恋愛の土俵にも立てないんだ。


目頭が熱くなってきて、シャワーをかけてごまかした。そしてシャンプーで絶望を洗い流した。


湯船は三つあって、低温、中温、高温に分かれていた。高温に手を入れてみると、反射的に引っ込めたほどの温度だった。中温でも熱くて、僕たちは低温の湯船に入る。倫太郎はなぜか、僕の膝の上に座ってきた。倫太郎のお尻が直接、僕の股間に当たる。


「落ち着くわー。昔もガタイのいい友達の上にこうやって座ってたんだけど懐かしくて」

「そ、そうなんだ」


急な裸での触れ合いに、僕は動揺を隠せなかった。低温なのに高温に浸かっているみたいに熱くなった。


倫太郎は、あれ?と言った。「もしかしてたってる?」


僕は恥ずかしくなって立ち上がってお風呂場を出た。体を適当に拭いて、拭ききれないままに服を着て急いで銭湯から飛び出た。体はまだ熱くて、夏の日差しに当たると余計に熱くなって気持ち悪い。


僕は足取りがふらついて、上手く歩けなかった。湯船に浸かった熱さと夏の気温とで熱中症かもしれない。どうにか倒れないように歩いた。けれど知らない場所で、自販機の場所も分からなかった。


やばい、と体の力が抜けた時に誰かが僕の腕を支えてくれた。僕は倒れずに済んだ。倫太郎だった。


「大丈夫かよ?ごめん、急に出てったから何か悪いことしちゃったかなって」

倫太郎の髪は濡れたまま、ポロシャツも肌にびっしょりくっついていた。

「水……」

僕にはそれしか言えなくて、倫太郎は僕を抱えて木陰まで歩いて自販機でポカリスエットを買ってくれた。僕は一気にそれを飲み込んだ。500mlは一瞬で空になった。


「ありがとう……。ごめんなさい」


「取りあえず休もうか」と僕たちはまた駄菓子屋へ歩いた。ベンチに座ってまたパピコを分けた。今度は僕が奢った。


「俺、嫌なことしちゃったかな。人との距離感近いって、よく怒られるから……」


「大丈夫、僕の都合だからさ」


倫太郎はそっか、と言ってパピコをかじった。


「俺さ、サッカーできなくなってからもマネージャーでみんなのサポートしてたんだけど、やっぱ選手でやっている時よりみんなとの距離感じちゃってさ、勉強するからってマネージャー辞めたんだよ。だから今、遊んだり仲のいい友達がいないから久しぶりに遊べて楽しかったんだ。だからはるひとが嫌じゃなければ、俺と友達になってほしい」


「はると……。はるひとじゃなくて、はるとなんだ」


「え、ごめん。ずっと今日間違えて呼んでたじゃん」


「でも、はるひとがいい。あだ名みたいで、僕もこうして遊ぶ友達がいないから、友達になってほしい」


倫太郎は食べかけのパピコを僕に向けてきた。グラスで乾杯をするみたいに、僕のパピコをそれに当てた。急な豪雨が降ってきて、僕たちの座るベンチにまで雨水が流れ込んできた。

夏の暑さは流されて、雨の匂いが前よりも深く感じ取れた。


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