銭湯の煙はもっくもく
高校二年生の夏、僕に好きな人ができた。
それはもう格好良くて、笑うと可愛くて、僕に優しい。名前は倫太郎って言うんだけど知り合ったのは夏期講習で隣の席だった。胸の名札に倫太郎と書いてあってかっこいいなと思った。名前がね。
倫太郎は夏期講習なのに筆記用具を丸ごと忘れてきて、僕に貸してくれと言ってきた。シャーペンは2本あるけれど、消しゴムは1つしかなくて、僕と倫太郎の間にそれを置いた。シャーペンを渡すと、ありがとうって笑った。その目元や口元、倫太郎の前腕、首筋、白いシャツ、彼の見えるところすべてがタイプだった。
僕は身長が170センチはあるけれど、ぽっちゃりで、眼鏡もしていて冴えない。おまけに毛深い。でも倫太郎はシュッとした細い体形で、だけど筋肉が程よく引き締まっていて、綺麗な体をしている。
なんでわかるかって、そう、僕は今倫太郎と銭湯に来ている。好きになったって言うのもついさっきの出来事だ。なんせ夏期講習は今日からで、倫太郎に出会ったのもつまりさっきだ。
講習中はずっと、倫太郎を見ないようにと思いながらチラチラ見ていた。10回に1回は目が合ってしまって、倫太郎も集中できていないみたいだった。休憩時間になると、倫太郎は僕に話しかけてくれた。
「おれ、小学生の頃にこの川は本当に海までつながってるのかなって気になってさ、よし海まで行ってみようって川を下ったことがあったんだよ」
倫太郎は聞いてもいないのにそんな話をしてきた。彼はおしゃべりなようだ。僕は無口な方だから、相性もよさそうに思う。
「それで?」と僕は聞いた。あくまで興味なさそうに。好意をバレさせないためにだ。
「小学生だからさ、川の上流も下流も分かっていなくて、気が付いたら山に登ってたんだよ」
「なんだよそれ、馬鹿だね」
「だろ」と倫太郎は笑った。他に彼が話してくれたのは、近くにある自販機のコーラが特別に美味しいとか、駅向こうの本屋はジャンプが土曜日に入荷するとか、近くに銭湯があるとかそんな話だった。
「昔ながらの銭湯なんだよ。番台におばさん座ってて、瓶の牛乳も売ってるんだぜ。風呂がまじあっちいの」
「まじあっちいんだ」
「そう、まじあっちい」
夏期講習の塾があるのは僕が通う高校の近くで、家からは電車で30分くらいだった。近いけれど、地元じゃない。倫太郎はこの辺りが地元らしい。通っているのは隣駅の高校らしい。
お昼ご飯も一緒に食べた。僕は母さんが作ってくれたお弁当で、おかずはハンバーグだった。倫太郎は菓子パンで、僕の弁当を羨ましそうに覗いてきた。
「いいな、手作り弁当、あこがれるわ」
「作ってもらえないの?」
「おれ、母さん知らんのよ。物心ついたときには父さんだけで」
「ごめん……」と僕は反射的に謝った。
「別に気にしてないわ」と倫太郎は笑う。僕はお弁当の蓋をお皿にしてハンバーグを半分倫太郎に渡した。
「いいの?」
「うん、暑くて食欲ないしね」本当はものすごくお腹が空いていた。倫太郎はありがとうと言って、一口でハンバーグの半分を食べてしまった。膨らんだ倫太郎のほっぺはリスみたいで、そのほっぺに触れたくなった。
そんな感じで仲良くなった。倫太郎は僕の名札に書いてある「晴人」を見て「はるひと」と呼んでくる。本当は「はると」だ。倫太郎に呼ばれるなら、はるひとでもいいかと思えた。2人だけの呼び名みたいで特別に感じるから。
講習が終わると、倫太郎はさっきのお礼と言ってアイスを奢ってくれると言った。別に気にしなくていいよ、と言いながらも内心とても嬉しかった。倫太郎の隣を歩きながら塾を出ると、外は炎天下で出た瞬間に汗がにじんでくる。ぽっちゃりだと特にだ。だけど倫太郎は汗もかかずに涼しそうに歩く。
「暑いな、これはアイスがうまいぜ」と涼しそうな顔でそう言った。
倫太郎の行きつけの駄菓子屋さんでアイスを買った。だけど暑いせいで売れ行きがいいのかパピコしか売っていない。倫太郎は他の物が食べたかったみたいで残念そうに、パピコを買った。
駄菓子屋の前のベンチは日陰になっていて、ふいてくる風も涼しい。僕たちはパピコを分け合った。
僕には友達がいるけれど、ゲーム仲間しかいない。学校で話して別々に帰る。そして家に帰ってネット上でまた話す。楽しいけれど、こうやって一緒に買い食いをしたりする友達はいない。
パピコを割って、倫太郎は先にふたの部分を噛んで吸い取った。僕もそれを真似してふたを噛んだ。パピコはカルピスソーダ味だ。
「こんな暑い日は、風呂に浸かってさっぱりしたいな」
倫太郎は不意にそう言った。さっき話した銭湯、この近くなんだよ、ほらあの煙突から煙出てるじゃん、と左の方を指さした。
その指の先には確かに煙突があって、うっすらと煙が出てる。
「夏だから見えないけど、冬だと煙もっくもくよ」
「もっくもく」と僕は言った。
「そう、もっくもく」
「せっかくだし、一緒に行こうぜ」




