プリンアラモードマッチャパフェ
「プリンアラモードマッチャパッフェ、シュークリームコシアンドラヤキ、アイスクリームミントゾエ」
遠くで鳥が鳴いているのかと思った。家を出たのが二十時過ぎで、この時間にこの山に登りに来る人はいないはずだった。ボク以外には。
習慣のランニングは中学一年の夏に始めてから、高二になるまでサボらず続いている。もともとはサッカー部で持久力を付けるために始めたことだけど、高校生になって自分には才能がないことに気が付いてサッカーは辞めた。ランニングも辞めようとしたけれど、いつも走る時間に部屋に居たら、体がウズウズと変な感じがして気づけば外に出ていた。だけど走るのが好きなわけじゃない。誰もいない夜の道を独り占めにできて、この世界にボクしかいないという非日常感を味わえるのが好きなんだ。
それを味わうために、ボクは家から三十分くらい走ったところにある城山まで登る。標高百五十メートルくらいの小さな山だ。春には桜が満開になってライトアップもされて夜でも人が来るけれど、それ以外の時期は閑散としている。ほとんどいない。居るのはこそこそと車の中でイカガワシイことをしているカップルくらい。
だから誰かがこの時間に、外で大声を出しているなんて予想もしていなかった。荒れた呼吸を整えながら声の方に歩く。何か呪文のような言葉を唱えているのかと思って耳を澄ましてみると、確実にプリンアラモード、と言って食べ物の名前を叫んでいる。男の声だ。
生い茂る木々の道を抜けると満月の光が地面を照らして、辺り一面が光り輝いて見えた。城山の山頂、拓けた原っぱになっている。そこの草木たちは月の光に照らされながら風に踊っている。その奥に異質に存在する慰霊碑がある。剣先みたいな形をした大きな慰霊碑だ。その下で誰かが両手を大きく天に掲げて慰霊碑を向きながら、プリンアラモードマッチャパフェと本気で唱えていた。応援団の応援みたいに張りのある声だった。
ボクは息を飲んで、足音を立てないように慰霊碑に向かって叫ぶ謎の人物に近づいた。こんな危なそうな人物には絶対に近づかない方がいいのは分かっていた。だけどその人物はボクの高校と同じ制服を着ていた。
謎の人物は、ボクが近づいても全く気が付かないでプリンアラモードマッチャパフェ、シュークリームコシアンドラヤキ、アイスクリームミントゾエまで叫ぶとまたプリンアラモードと繰り返す。白いスニーカーに制服は少し小さいのか、学生服の黒いズボンの裾から白い靴下が見えて、掲げた両手はシャツのボタンがキチンと止められているのかピッタリと手首にくっついている。
ボクはそれまで音を立てずに近づいてきたのに、彼が叫ぶデザートの名前を聞いているうちに頭の中でそのデザートが想像されてしまって、お腹が勝手に空砲を鳴らした。
それはとても大きな音を鳴らして、彼の叫びが止まった。
辺りは、シン、と静まり風も止んだ。空気中の酸素までも動きを止めて、呼吸すら止まった。すべてが止まった中で、彼だけが僕の方を振り向いた。
「ようこそ、地球へ」彼はにこりと笑くぼを作ってボクに微笑んだ。
彼の正体は木村貴士、ボクのクラスの学級委員長だ。
クラスでの委員長のイメージと違って、彼がこんなことをするとは思いもよらず、顔は委員長なのに目の前の人物が誰なのか、理解するまで時間がかかった。
「な。なにしてるの?委員長」
僕は委員長と特別中がいいわけじゃない。クラスのみんなが委員長と呼ぶから僕もそう呼んで、必要であれば仲良くするし、必要が無ければ話しかけない、そんな関係だった。委員長はボクの質問に答えずに、眼鏡の奥の目をまんまるく見開いてボクを見続けて言った。
「まさか高松君だったのか、、うんうん、大丈夫、僕は驚かないよ。こんなに人間そっくりになりすましてるなんて驚いたよ。でも僕の考えはやっぱり当たっていたね。宇宙人は甘いものに目が無い」
ボクには委員長が何を言っているのか分からなかった。だけどそんなボクを無視して委員長は話し続ける。目は月の光でキラキラ輝いて見える。
「地球人が宇宙に行くと味覚が鈍くなって感じづらくなる。だから宇宙に住み続けている宇宙人が感じている味覚は僕たちが感じている感覚より遥かに弱いものなんだ。だから宇宙人にこの地球上の美味しいデザートの味を念波に乗せて飛ばせば興味を持って近づいてきてくれるんじゃないかってね。まさかこんな早くに来てくれるとは思っていなかったけど、だから安心して、僕は君たちの理解者だから」
ボクは呆然としてあきれて、一周回って面白くなってしまった。「ばれちゃしかたないか」とボクが言うと委員長は目をさらに輝かせた。
「高松君、って呼んでいいのかな。それとも宇宙人さん?」
「委員長がボクを宇宙人さんって呼ぶならボクは人間さんって呼ばなくちゃいけなくなるよ。高松でいいよ、君もいらない」
「分かった。高松は生まれつき宇宙人なの?それとも高松の体を利用しているの?本体はグレイ型の宇宙人とか?それとも実態は存在しないのかな」
「ボクはこの体を借りているんだ。高松の記憶もあるから話も合わせられる」
「へえ、そうなのか。いつからその体に入ってるの?なんで高松の体だったの?」
「特に意味はないさ、この山に降りたら高松がいたから体を借りた。ただそれだけなんだ」
へえ、すごい。と委員長は言って興奮冷めやらぬ感じで僕の手を握ってきた。そして大統領どうしがカメラの前で仲良く握手をするみたいに大げさに、ボクに手を重ねてきた。興奮しているのが委員長の体温からも伝わってきた。
「聞いてもいいかな、宇宙に果てはあるの?僕を連れて行くことはできる?僕は宇宙を見たいんだ。この目でね」
「果てがあるかどうかは宇宙人にも分からない。分からないから無いかもしれないし、あるのかもしれない。連れて行くこともできないんだ。ごめんよ。見たいなら宇宙飛行士になるしかない」
「そうだよね……。あのさ、高松の体から抜けたら高松にはこの会話とかの記憶は残るの?」
「残らないさ。この体から抜ける時は僕と一緒にこの記憶も抜けていくんだ」
「そっか、それなら僕のことを話させて欲しい。僕は宇宙には行けないんだ。そこまでの時間がない。僕は死ぬ……。病気みたいなんだよね。だからお願いだから、一瞬でもいいから宇宙を見せてほしいんだ」
死ぬ……。ボクは面白半分で委員長の話に乗っていた。クラスでは真面目でふざけたりしない委員長があんなことをしていたから。あわよくば明日の話のネタにでもなるだろうかと思っていた。だけど委員長は一切ふざけていなかった。急に言われた暴露話に僕は言葉が見つからなくなった。なんて声をかけようか、口をあわあわしていると委員長は笑って言った。
「うっそ、そんな本気の顔しなくても。嘘だよ、嘘、でもどうしても宇宙を見て見たくてさ」
「そっか」
「うん」
「そろそろ帰ろうかな、極力この体通りの生活を送って迷惑をかけないようにしているんだ」
ボクは笑えない委員長の嘘に少し白けてしまった。というよりも騙されたことが面白くなかったのかもしれない。帰ろうとすると委員長はボクの手を引いて、慰霊碑の階段を下りた。
「宇宙人って家族はいる?」
「いないよ」
「一人は寂しくない?」
「寂しくない、仲間は沢山いるから」
宇宙人のフリは、僕は本当に宇宙人だったのかと思えるくらいに嘘がスラスラと出てきた。委員長は僕の帰ろうかなって言葉を聞こえていたはずなのに、無視をして僕の腕を引いていく。そしてゆっくりと原っぱの中心まで僕たちは歩いた。
「高松の住む星はどこ?」
委員長は原っぱの真ん中あたりまで来るとボクの手を放して星を見上げる。今日は月が陰に潜んで星がとても輝く空だった。だけど僕には星座が分からないから、どの星もただ光っている、だけに見えた。
「一番目の星を右に真っすぐ進んで、目を凝らすと薄っすらと輝く星がボクの星だよ」
「ロマンチックだね、ほかの星から自分の星を見れたら」
「そうだね」とボクは言った。
「ねえ、宇宙人も死ぬの?」
委員長は空のいろんな方角を見ながら僕にそう聞いた。ボクは死ぬよ、と答えた。
「ねえ、委員長は本当は死んじゃうんじゃないの? だからそんなことを聞くんでしょ」
委員長は星を見るのをやめて、帰ろうか、と僕に言った。そして僕のことは振り向きもせずに城山から帰る道を降りて行った。ボクは委員長が見えなくなるまで、星を眺めた。
次の日、委員長は普通に学校に来た。昨日話したからと言って仲が良くなるわけでも無くて、用事があれば会話をして、なければ話さない。変わらない関係だった。
だけどその日一日、ボクはずっと委員長の行動に気を配って観察していた。本当に病気で死んじゃうんじゃないか、だけど別に咳き込んだり、ふらついたりするそぶりは全くない。
その日の夜もランニングをして城山まで行くと、委員長は昨日と同じことをしながら慰霊碑の前で空に向かって叫んでいる。来なくてもよかった。だけど委員長に呼ばれている気がして、ボクは来てしまった。
「やっぱり、呼ぶと来てくれるんだね。僕のチャネリングに引き寄せられて」
ボクが声をかける前に、委員長はプリンアラモードをやめて振り向いた。ボクはなんか恥ずかしくなって委員長の顔を見られなかった。
「僕は宇宙人になりたいんだ。宇宙を見にいきたい。だから高松も一緒に交信して欲しい。もっと力のある宇宙人を呼び出すために……」
顔を上げると委員長は僕の唇と交信をして、ボクも交信を始めた。




