『きっかけはただの一目惚れ』2
「よろしく、月島楓。上でも下でも呼びやすい方で・・名前は?」
「・・・晴人・・です」ソワソワと落ち着かないようだ。
「よろしく」 拓哉の方を見ると、初日に見学に来た眼鏡のもう一人を捕まえていた。
結局、拓哉が声をかけた2人だけ新入部員として迎えることが出来た。
いつも通る通学路を同じように自転車で走っているだけなのに、春の陽気のようにフワフワと気持ちが浮かんでいる。早朝、日課の朝練に向かうと2人が先に来ていた。
拓哉と慶三も後輩ができることでソワソワしているらしいことが感じられるほど、朝からいつもやらない重量でトレーニングしていた。
「舐められないようにしないと」などと、2人が話しているのが聞こえ、思わず表情が緩んでしまった。
「森下・・晴人です。よろしくお願いします」 シャキッとした挨拶をした眼鏡の1年生、高木裕太とは正反対にぼそぼそと自己紹介をした晴人の方に目をやるとまた一瞬目が合ってそらされる。
その日の放課後の練習は親睦を深めるため、おしゃべりしながらの軽い練習にしようかと光輝先輩がみんなの自己紹介を終えて場を仕切る。
二人一組で柔軟運動になり、拓哉が1年生の高木と組んでしまい、きょろきょろと晴人がしていたので一緒にやろうかと声をかけた。
「ここの雰囲気は大丈夫そうかな」そう聞いてもうなずくだけで、コミュニケーションがなかなか取れない。
晴人を先に、両足を前に伸ばした体勢で座らせる。「息吸って…」と晴人がスウっと息を吸うのを確認して「吐いて…」と同時に晴人の背中に体を密着させ、ゆっくりと前に押していくと「んんっ」と声を漏らす。
「固いな…体。今度は脚広げて」 足を開脚させて左右も同じように体をほぐしていく。
「中学でスポーツやっていたの?」
「とくには…」
「そっか…悪かったな。急にこんな運動部誘っちゃって」
「いえ・・大丈夫で んっ!」
少し強めに体を押したところで、晴人が小さく叫んで思わず笑ってしまった。
「……意地悪ですね」
「ごめん、ごめん。でも固いとケガするから」
晴人もつられて笑みを浮かべた顔で、胸の中が締め付けられて体温が上がっている気がした。
「ご、ごめん慶三… トイレ行きたいから変わって」1人余って黙々と柔軟をしていた慶三に晴人を任せて外へ出ると、野球部の団体が2列に並んでランニングをしながらこちらに向かってくる。
真ん中あたりにいたクラスメイトが小さく手を振ってくるので振り返し、野外のトイレに入るや個室にこもる。
ダメだ……晴人に惚れかけていた。あくまで後輩として…… ゲイだなんて感づかれたら終わる……好きな人は作らない。好きにならない。
自ら声をかけて柔軟体操をしたうえで、体が触れた時に高揚していた自分を戒める。 両頬をパチンと叩き気合を入れて練習場に戻ると、小さなダンベルでの筋力トレーニングの指導が始まっていて自然と話に戻る。意識しないようにと意識すると何もできなくなり晴人に話しかけることなく練習が終わる。
それから1週間、また1週間、学校ですれ違う時に見かける晴人はいつも独りぼっちで、部活の時も周りが話しかければ口を開くも自分から話すことはなく、あの笑顔もあの時以来見ていない。
練習中も必要な時は話しかけるが、一緒に柔軟運動をしたり体が触れることを避けて距離を取っていた。 距離をとればとるほど、気になってしまう。
近づいたら、もっと好きになってしまうのがわかる。 授業中も、練習中も、そして今布団の中でも、気を緩めると晴人とイチャイチャしているところを想像してしまう。
ゲイとして生まれてきてこの世界を恨むことは、この17年で何度もあった。
まず、同性を好きになることがここまで批判されることに対して 好きになった人が同じ同性愛者じゃないと恋が始まらないことに対して セックスをしても子供が生まれないことに対して 多様性が容認されないことで、同性愛者は滅びていくだろう。
同性愛は自然界からして、異端なもので排除しようとしているのだ。 ゲイが遺伝子的なものが原因と仮定すれば、自分のセクシャリティを隠して、親や周りの目線を意識して家庭を持って子供を作る。その先でまた同じ遺伝子のゲイが生まれる。
でも多様性が認められてきて、ゲイが子供を作るということをしなくなればその遺伝子は衰えて世界からゲイは消えていく。
多様性が騒がれるようになったのは人間の理解が広まってきたわけじゃなくて、自然界的に同性愛者を淘汰していこうと同性愛を容認していくようになっている。
同性婚を合法化しようと叫んでいる当事者たちは、自分たちを滅ぼそうとしているのだ。
ゲイなんて好きでなるものじゃない。
翌日の練習終わり、夕暮れの細道を1人自転車で進んでいると背後から光が近づいてきて真横でキーンとブレーキ音が停まる。
「・・・楓先輩。少しいいですか」 薄暗闇の中に晴人の顔が見えて目が合うも、晴人は目線をそらさなかった。
「・・どうした?」
「先輩いつもより元気なさそうだったので・・それに初日以来避けられているような気がして・・何かしてしまったのかとずっと気になっていたので」
「あ、いや。・・ごめん考え事してた……」
「何か、考えさせるような事しちゃいましたか・・」
晴人から目を背けて、細く流れる小川の方を見つめるも薄暗くよく見えない。
「先輩って・・ゲイですか」
「……」心臓が苦しく爆速に鼓動が早くなる。 なぜだ。何で気づかれた。体が硬直して呼吸をするのも苦しくなる。
「……そ、そんなわけないじゃん」
絞り出したセリフが白状しているようなものだった。
「少し前に掲示板で見かけたんですよね」
「……そんなの使ったことないし」
そう言い終わるタイミングで晴人はスマホを開き1枚の写真を見せてきた。
「なんでそれを・・」
「前に見てた時に、年の近い人がいてかっこいいなって保存したんですけど・・メール送る前に投稿消えちゃったんで・・」
「先輩に触れられたとき、嬉しかったんです。」俺の右手をギュっと握ってくる。
「好きです・・」 と言われて、気づいた時には握られた右手を振りほどいて、自転車で駆け出していた




