『親友の死んだ理由』3
こんなに、僕は疲れた顔していたのか。まともに鏡に映る自分と目を合わせたのはいつだろう。自分と見つめ合っていると目の奥が暑くなってきて誰にも見られないように下を向いた。
目頭を押さえて落ち着くと、僕以外いないことを思い出した。東京駅には冬なのに半袖で大きなキャリーケースを引いた外国人が歩いていた。彼の国では今は春とか夏なのだろうか。そうならば彼の国ではレイヤもまだ生きているのではないだろうか。
今僕のいる場所は明らかな冬なのに、冬ではない場所が確かに存在している。存在していることは確実なのに僕はそれを確認できない。それならば僕はまだレイヤの死を確認していない。
地球上のどこかが夏でここが冬のように、レイヤは死んだと聞かされただけで実は生きているのかもしれない。そんなくだらないことが一瞬で頭の中を駆け回った
新幹線は最終の二一時四四分発だ。僕は小走りで新幹線乗り場に向かった。レイヤが死んだ連絡がきたのは二日前だ。それからまともな飯を食べた記憶がない。お腹が空いているみたいで、ニューデイズでブラックサンダーを三つ買った。乗車券も買って新幹線に乗り込んだ。ブラックサンダーを食べると糖分が全身に行き渡るのを感じた。血の流れが速くなって、ドクンドクンと音がする。僕はこうして生きていて、レイヤは死んでいる。
発車のアナウンスがなって新幹線は暗闇の中へ速度を上げた。僕はすぐに眠くなってしまった。これは糖分と、ブラックサンダーと一緒に買ったストロング缶のせいだ。こいつを飲むのが癖になってしまっている。
地元の福島に帰るのはいつぶりだろう。学生の頃は必ずお正月には帰っていた。祖母に顔を見せるのが一番の理由だ。だけどその祖母も五年前に亡くなって帰る理由も減った。両親は仲が良くて、僕がいなくても寂しくないほどに定年生活を楽しんでいる。2人で旅行に行った写真がよく送られてくる。だからだんだんと帰らなくなった。正直言えばレイヤのことも忘れていた。母親から亡くなったと連絡が来るまで記憶の迷宮の中に隠れていた。祖母の葬式で帰った時も会わなかった。会わなかったというより、会う選択肢が全く無かったんだ。
僕はレイヤの『死』という現実を突きつけられて、勝手に罪悪感や、なんで相談してくれなかったんだという寂しさを勝手に感じている。この現実が無ければレイヤのことは記憶の迷宮に迷い込んだままだったはずだ。
気がつくと僕は夢を見ていた。小学校の帰り道でレイヤと一緒に帰っている。レイヤは木の棒を右手に持って円を描くように振り回しながら鼻歌まじりで僕の前を歩く。
僕の脳みそにはレイヤの死がこびりついていたからこれが夢なのだとすぐに分かった。レイヤは僕をりゅうちゃんと呼んだ。なに?と聞いても答えずに、振り返らずに鼻歌を再開した。顔は見えないけれどレイヤだと分かる。この後ろ姿をどれだけ見てきたか。そして僕をりゅうちゃんと呼ぶのはレイヤだけだ。
僕は小学一年生の時に自分の名前を漢字で書くことができた。周りはみんな平仮名で書いている時に、それも少し難しい漢字だった。『龍弥』と書いて『たつや』と読む。周りはみんな平仮名で名前を書く中で僕は得意げに小学一年生のテストの名前を漢字で書いていた。
レイヤはそれを見て、『りゅう』とだけ読めて、僕をりゅうちゃんと呼び始めた。初めは他の友達もその呼び方で呼んでいたけれど次第に『たつや』と呼ばれるようになった。レイヤだけがりゅうちゃんと呼び続けた。
しばらく歩くと見たことのない赤色の橋の上を歩いていた。橋の先は霧がかかっていて、どこまで続くか分からない。レイヤはいつの間にか橋の手すりの上を綱渡りみたいに歩いていた。僕が危ないよと声をかけようとするとレイヤは、「あっ」と短い声を漏らして橋の下へ落ちていってしまった。
僕は急いで手すりから下を見ると、手すりからロープが垂れていてその下はレイヤの首につながっていた。そこで全身に寒気が走って目が覚めた。首筋には冷や汗が、気持ち悪かった。




