『きっかけはただの一目惚れ』1
保育園に通っていた頃は、同性に好意を抱くことは当たり前なことだと思っていた。
女の子の友達が多いからバレンタインのチョコレートもたくさんもらった。でも、好きになるのは同性の男の子だけど、別に女の子になりたいわけじゃないんだ。
いろいろな性のあり方が言われているけれど僕の場合は心も体も男で、好きになる対象も男ってだけ。
ピンク色のビデオテープを何度も巻き戻して繰り返し聞いた。
「エッオー」の挨拶、お腹にテレビのモニターを備え付けた宇宙人のような四人のキャラクター、紫色の体で赤いハンドバッグを持った男の子設定の「ティンキーウインキー」が同じ男の子設定の緑色の体の男の子「ディプシー」に好意を持っていた。
だから僕は子供ながらに同性を好きになることが普通なことだと思っていた。
違和感を抱いたのは…中学生になるころの話で、知らないうちに僕に対してゲイ疑惑みたいなものがうっすらと立つようになっていた。
田舎で同性愛者とはあくまでテレビの向こうの存在で、実際には存在しないけど、それっぽい行動をする者をゲイだのホモだのいじりの対象にする存在にすぎない。
昔はUMAだと思われていたパンダと同じで、存在するのに存在しない存在。
学校の先生からも、友達からも、親からも、みんな自分の周りに存在するなんて思ってもいないことで僕は存在してはいけない。好きになった人と結ばれることは無い。
好きな人は作らない。
とは思いながらも一度だけゲイ向けの某掲示板に、顔写真を投稿したことがあった。
即座に40代のゲイから、かわいい、やりたいです、との文章とその人の卑猥な写真が送られてきて怖くなり消した。
田舎の掲示板に顔写真を投稿するのはリスクとも思った。 17歳の誕生日を迎える前には、一人で生きていくことを心に決めていたんだ。
僕は別れと出会いが同時期にやってくるこの季節は一番嫌いだ。
この世界に終わりのない物は存在するのだろうかと、陽気な春の天気の中、自転車で朝練に向かい走りながら考えている高校生は僕ぐらいだろう。
シャツを雑に肘までまくって見える自分の前腕にこの一年で筋力がついたなと肉体の成長を感じると共に去年のこの時期、高校生になった僕は、クラスメイトに話しかけたら一緒に部活の見学に行かないかと誘われたことを思い出した。
今では中の良い友達であるけれど、入る予定の部活もないからと見学についていくと、その友達はすでに先輩たちと知り合いで、断りもしにくい雰囲気でそのまま入部してしまい上手いようにしてやられたと思った。
しかもそれが弓道部だった。的を射るだけで何が楽しいのかは未だに分からないが、先輩も友達も活動しやすい雰囲気で、やめる理由もなく続いている。 部室に着くと先に拓哉が柔軟運動をしていた。
「楓、おはよう」との挨拶に気だるく返して練習ジャージに着替える。
俺を弓道部に誘い込んだ拓哉が今年は後輩を誘い込もうと計画を話してきた。
天然で筋肉馬鹿という言葉が似合う拓哉に後輩の面倒なんて見る気もないだろうと思いながらも、頑張れよと言葉だけの声援をかけ柔軟体操を始めてフォームの確認と軽い筋トレを済ませる。
今日から一週間、部活動の見学が自由に行える期間でまだ右も左も分からない一年生たちが自由に行き来するけれど、マイナーなお金もかかる部活に見学に来る者は少ない。
3月に卒業したいかつい先輩たちは4人、見た目に反して優しい人たちだったけど、今の3年生は2人、日サロで焼いている、冬でも黒い光輝先輩とオタク調でもさ髪の誠也先輩。2人とも先輩風など吹かない人達でシンプルに尊敬できる人柄だ。
僕たち2年生は拓哉と、無口キャラな慶三と、自分の3人で今のところ5人しかいない。 知名度もないこの部活に、自分から見学に来るのはよほどの物好きであって拓哉のように誘いに行かないと仲間を増やすのは難しい。
帰りのホームルームが終わって、拓哉が「先に行ってて」とリュックを右肩だけで背負って小走りで教室を出て行ったのを後に、老け顔でザ・日本人な雰囲気の慶三とパズドラのパズルをスクロールしながら練習に向かった。
:一目ぼれ・・いやそんな感じではない。
不意打ちを食らったような。好きな人は作らないと決めていたが、そもそも人を好きになる機会がなかったし好きになるという気持ちもまだ分からない:
拓哉以外の4人が集まった練習場兼部室で、黒色のボディに金のラインと背中に学校名の入ったチャンピオンのチームジャージに着替えて準備体操を始めようとした。
金属の太枠にガラス窓がはめられた重い引き戸の入り口がガラガラと音を立てて開かれて拓哉と見知らぬ顔2人がこそこそと後ろについて入ってきた。
瞬間的にタイプだと思ってしまった。イケメンじゃないんだ。好きなのは。
地味で真面目で、小動物みたいな・・守りたくなる年下に惹かれてしまう。
まだ垢抜けない顔で、入学式に合わせて切っただろう短い黒髪、クリっとした目にシャツのボタンも首元まで閉めているとても真面目な見た目に目を向けると一瞬だけ目が合ってすごい勢いでそらされてしまった。
もう一人は眼鏡の首元までの長髪で身長は2人とも同じくらいの160cmほどで、真っ黒な光輝先輩に引き渡された2人は休憩用のパイプ椅子に座らされ、いろいろと説明を受けている。
目の合った一年生がチラチラと俺のほうを見てくる気がする。
連れてきてやったぜと自慢気な顔をする拓哉に「よくやったな」と誠也先輩が褒めてまんざらでもない表情をさらに浮かべる。
「8割の本気で勝つ」がモットーのこの部活で緩く練習が始まった。1時間練習を見て帰ってしまい見学に来た1年生と言葉を交わすタイミングがなく残念な気持ちが自然と湧いてきた。心の底では後輩ができることにウキウキと浮き足立つ自分がいることは認めざるを得ない。
拓哉に1年生の名前を聞いてみると、当たり前のように知らないと言われてしまった。
また明日探して声かけてみるよと、行き当たりばったりで行動している姿は逆に見習いたくなる。
残りの見学期間にちらほらと覗きに来る一年生はいたが入部すると確定した子は1人もいないまま部活動編成日が訪れた。
各教室別に各部活が待機して、1年生は入部したい部活の教室に来て入部届を提出する日でぞろぞろと廊下を行きかう1年生達を黒板にもたれながら眺めていた。
「誰も来ないな」慶三が沈黙を破り口を開くと同時に拓哉が、「任せて」と廊下に出て行った。「さすがに0人はやばいな・・」光輝先輩も拓哉に続いて廊下に出て、まだ入る部活を決めかねて廊下をさまよう一年生に声をかけ始めた。
私もそれに続いて廊下に出て、二人と逆方向に目を向けると思わず呼吸が一瞬止まった。
「あ・・見学に来てくれたよね」拓哉が初日に連れてきた生徒のうちの一人、手元の入部届を見るとまだ白紙で決めかねているようだ。
こっちを向いているが目は合わない、人見知りか、緊張をしているのが伝わってくる。
「よければ、うちに入らないかな......無理にとは言わないけど。マイナーだけど雰囲気はいいし楽しめると思うよ」
そう言って右手を差し出してみると、少し戸惑った後に左手で握り返してくれた。
触れたいと、下心が出てしまったことに反省をした。




