『捨て猫の恩返し』3
毎日仕事終わりに駐車場の奥まで探してはみたけれど、あのエメラルドの目は見つからなかった。急に肌恋しくなったのは気温が下がったせいかもしれない。元カノに連絡でもしてみようか、初恋の女の子に連絡してみようか、そうは思ってみたけれど連絡先なんて持っていなかった。
地元の友達は結婚をして、子供を育てている。大きければもう小学生だ。小学生の時に出会った友達の子供が小学生。考えるだけで嫌になる。だからキラキラしたSNSでのつながりは切った。結婚報告も子供が生まれた報告も直接連絡が来ることはなくなってSNSの投稿で知る。そんなのを見るたびにお気に入りの食器が割れたくらいのショックを受けた。だから消した。今は僕の知らないところで結婚して子供を作って、僕の知っている人たちが普通をしている。
メラルのいない日々は、いた日々に比べてもの足りなくて、僕はよほど情が移っていたんだと気が付いた。
気の抜けた1週間が終わってようやく休みになった。目は覚めたけれど布団の外は寒そうで起き上がる気にならなかった。洗濯物を回して、作り置きをして、やらなくちゃいけないことはたくさんあるのに布団から出れずに時間が過ぎていく。
まだ朝の7時。いっそのこと、もうひと眠りしてしまおうと決めたところでインターホンが鳴った。
ピポピポピンポーン。
一度押せばピンポーンとなるのに連打でもしたのだろうか。荷物は何も頼んでないし、人が来る用事なんてない。居留守を使うことを決めて目をつむるとインターホンはさっきよりも長めになった。
なんだよ、と布団から起き上がった。さっきまで起き上がる気がしなかったのにきっかけがあれば動けるものだ。足音を立てないように玄関に近づいてドアスコープを覗いた。だけど何も見えなくて、僕はゆっくり鍵を開けた。
ニャオーン。
猫の鳴き声が聞こえてドアを開けた。だけどそこにいたのは猫じゃなくて少年だった。しかも服を着ていない。中学生くらいか、青みのかかった黒い髪に丸っこい目をして僕を見てくる。体に毛は生えていない。綺麗なすべすべした肌をしている。
「だれ?なんで裸?」
服を着てないのは異常だったけれどそれ以上に異常な点があった。頭に耳が付いている。猫耳のカチューシャでもつけているのかと思った。だけどそうじゃないみたいだった。扉が開くとその子は玄関にするりと入り込んできた。そして立ち止まって鼻をクンクンとさせた。
「お腹すきました」とその子は言った。
「ちょっと待って、知り合い?なんで裸なの?なんで勝手に入ってくるの?」
「寂しいって言ってたから、ペットは飼えないって言ってたから」
その子は真っすぐ僕を見つめてくる。その子の瞳はエメラルドかもしれないとバカみたいなことを思った。
「もしかして……メラル?」その子は不思議そうな顔をした。
「あの駐車場にいた……」
「よかった。忘れられてなかった」
その子、メラルは裸で僕に抱きついてきた。顔を胸に押し付けて擦り付ける。まるで猫が足元に顔をくっつけてくるみたいだった。
「なんでそんな格好なの?なんで話せるの?」
「僕にもわからないです。だけど一緒にいたいって強く願ったらこうなっていました」
夢でも見ているんだろうか。これは夢だ。メラルに会いたくておかしな夢を見ているんだ。僕は布団に入って目を閉じた。メラルも布団の中に入ってきてお腹のあたりに頭を乗せてくる。重さがリアルだ。けれど夢だ。
寝つきはよくてすぐに眠れた。
だけど起きたら相変わらず、裸の少年は僕のお腹を枕代わりに寝ていた。起きても現状が変わっていないならこの問題を解決しないといけない。僕はとりあえず朝食を準備した。




