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20代最後のゲイのBL短編集  作者: 赤井獺京
捨て猫恩返し

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12/33

『捨て猫の恩返し』2

それから1週間毎日深夜に餌を与える関係が続いた。シフトが埋まらなくて休みも取れないから朝早く出て夜遅く帰る毎日。癒しはあの猫だけだ。


仕事以外でかかわる人間もいない。帰りのバスに乗って寝るまでにやることリストを作る頭の中では、一番先頭に「猫に餌を与える」がランクインしている。


向こうも俺が来る時間を把握したみたいで、最近は駐車場の前に着くとすぐに寄ってくる。本当は飼ってあげたいけれど、時間もないし……。


 明日は久しぶりの休みで部屋の片づけと数日分の作り置きをしたら猫と遊ぼうと計画を立てていた。20代後半の男が平日の昼間から駐車場で猫と遊んでいたら通報されるだろうか、そんなことを考えながら猫にまた明日なと声をかけた。


初めは黒猫かと思っていたけれど、実際は青みのかかった猫だった。今日は月明かりが明るくていつもより良く見える。


目はエメラルド色で綺麗な宝石みたいだ。名前は付けたら情が湧くと分かっていたけれど1週間も餌を与えて湧かない方がおかしい。名前はエメラルドから取って「メラル」と名付けた。安直で響きも悪いけれど気に入った。まだ直接は呼んでいないけれど、自分の中ではメラルと呼ぶようになった。


 連勤のせいで体は疲れ切っている。そのはずなのに、休みの今日は早く目が覚めた。ゆっくり眠ればいいものを早くメラルに会いに行きたかった。


 その前に溜まった家事を終わらせないといけない。朝の6時から洗濯機を回して掃除機をかけて窓を開けて換気した。昨日買っておいた食材を調理してタッパー20個分の作り置きをした。肉じゃがに、きんぴらごぼう、鶏肉とブロッコリーの炒め物。自分が食べる分に大それたおかずはいらない。洗濯物を干して一息ついた。


 珈琲豆を挽いてお湯を沸かして、珈琲を一杯ゆっくり飲んだ。これを飲んだらメラルに会いに行こう。足はそわそわとしていてまるでデート前の気分だ。デートなんてしばらくしていないのに、メラル相手にそんな気分になった。


 部屋着のまま出るのもなんだなと、どこに行くわけでも無いのに服を選ぶのに苦労した。最近はお洒落なんてしてなかったから、ジーンズに黒いシャツを着た。無難が一番だ。鏡を見ると髭も気になって髭をそった。


まるで本当に人とデートでもするみたいに身支度を整えている。


 これでよし、と買っておいた餌をポケットに入れた。駆け足で駐車場に向かって、ごめん遅くなったとデートの決まり文句を心の中で言った。


 いつもと違う時間だからか駐車場の前に出迎えが無かった。奥の段ボールの方に行ってみると、なんと段ボールが無くなっていた。誰かに撤去されたか、拾われたか、ただ出かけているだけか、まるでデートのドタキャンを食らったような気になった。


 仕方ないから家の近所を散歩して探してみた。餌を求めるのに昼間は別なところを歩いているだけかもしれない。いろんなところを回って、近くの公園に行くと別な猫がいた。三毛猫のしっぽのない猫だった。


「メラルの居場所知らないか?」


 冗談で聞いてみたけれどもちろん答えなかった。メラルのための餌をその猫にあげると美味しそうに食べた。食べ終わるとお礼も言わずにいなくなった。どこを探してもいなくて夜にまた駐車場に行こうと部屋に戻った。


 夜中になってもメラルの姿はなかった。駐車場は静かで鈴虫すら鳴いていない。昼間と同じルートで辺りを探してみても見当たらなかった。公園に行くと昼間のしっぽのない猫がいた。


よく目を凝らすとあちらこちらに猫がいた。まるで公園で夜の集会でもしているみたいだった。メラルがいるかもしれない。猫たちは近づいても逃げない。一匹ずつ見て回ったけれどメラルはいなかった。


 なんだか彼女に振られたときのような悲しさに襲われて、布団に入ると数年前に振られたことを思い出して少しだけ涙が出てきた。仕事終わりの楽しみも無くなって家に帰って飯を食う、そして寝るだけの生活に戻った。相変わらず帰りも遅くて人間らしい生活ができない。俺も猫になりたい。そんなことすら思えてきた。


次の休みまでの1週間。全く身の入らない日々だった。


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