『ラストクリスマス』完
十二月二四日
INC計画(Identification Number Chip)に選出された者が何をさせられるのかは、選出日同日に明らかになった。
数年前に話題になっていた北極領土問題を巡って水面下で各国争っていたとのことだった。北極の氷が溶けて広大な土地が姿を現した。
その領有権を巡って、アメリカ、ロシア、中国、日本の四カ国が一歩も引かず争うことになった。アメリカ大統領の提案により各国平等に争うためINC=INC計画によって国民の中から無作為に選出された者たちが戦うことになったようだ。
北極に現れた新大陸を四カ国で分割する。
そこを陣地として選出された者たちは、与えられた武器や知識を駆使して互いに殲滅し合う。
最後に残った国が北極の新天地を全て手にするという。出発は十二月二十五日、戦いの開始は一月一日だ。
各国平等化するために訓練もない。ただその土地に連れていかれて、殺し合いをさせられる。
辛いのはカインのはずなのに、泣きたいのは彼のはずなのに一度も涙は見せなかった。
クリスマスイブの今日は盛大にお祝いしようと一カ月前から準備をしていた。押し入れから腰ほどの高さのクリスマスツリーを引っ張り出してふたりで飾りつけをした。
アルミバルーンの飾り付けを壁に装飾して、あのサンタクロースの置物も出窓に飾った。ピザ用の食材とお酒の弱いカインのためのシャンメリー、自分用の白ワインも用意した。クリスマスケーキも頼んでおいた。
今日は心の底から楽しんでほしくて、明日からの事を一瞬でも忘れてほしくて、僕は惜しみなく準備に力を入れた。
一年間ふたりで過ごしてきた。喧嘩をしたわけでもないのに、別れるわけでもないのに、離れなるなんて実感がわかない。いや、実感したくなかった。
体内のチップをどうにか取り出せないかという考えもすぐに潰された。チップの取り出しを試みた者たちが死亡して、ニュースでは連日その話題で持ちきりだった。チップに体外からの刺激が加わると小さな爆発が起きて大量の内出血で死んでしまうという。
僕たちは知らない間に、デスゲームに参加させられていたのだ。
死亡した選出者たちの顔と名前は晒されて、代わりに新たな選出者が抽選で補充された。新たに選出された人達はふざけるなと、その怒りは死亡した元選出者の家族へ向いた。
顔と名前が出てしまえば特定されるのは時間の問題だった。そうして二次災害の事件も増えていった。恐怖による支配で、人々はチップを取り出すことを諦めるしかなかった。
クリスマスイブの朝。カインとの平和な最後の朝。それは何も問題なんてないかのように、いつも通り訪れた。僕はいつも通りコーヒーと紅茶を淹れていた。するとカインは起きてきて何も言わずに背後から強く抱きしめてきた。
「どうしたの?」強く締め付けてくる腕を僕は左手で撫でた。
「……寂しくて」
右手で注いでいたケトルを慌てて置いた。そして振り向いた。
「……こ」と僕はカインが口を開く前にキスをした。
何も言わせない。今日は何も考えさせない。
舌を絡めた。首筋を下から上へと何度も舌を這わせる。
「ごめん、寒いよね」
リビングへ行こうとするとカインは後ろからぎゅっと抱きついたまま一緒に移動する。
暖かいリビングのソファにカインを座らせた。僕は膝立ちでソファの上でカインと向かい合う。
上目遣いになる彼の前髪をかきあげて、おでこにキスを落とした。
「うわっ」とカインの顔はクシャっとした。その顔がどうしようもないくらい可愛すぎた。後ろ髪を優しくつかんでキスをした。
「今日は、やりたいことがたくさんあるんだけど」
「じゃあ、今はやめとく?」とカインは言った。
「順番が前後してもいいよね。それに、また後でやればいいし……」
そう言って僕は彼の首筋を舐めた。そこを舐めると必ず、小さな声が漏れてしまうのがたまらなく可愛いくて、おかしかった。
「なに笑っているの……」
「可愛いなって」と僕は返した。
彼は顔を赤らめてまた、クシャっと笑う。それを見てますます愛おしくなった。
ピザを焼いてワインを開けた。プレゼントの日記帳と手紙を渡した。そしてまたキスをした。ケーキが届いて、お風呂に入ってまたキスをした。ケーキを食べてソファでくつろいではキスをした。
今日は眠りたくなかった。寝てしまったら、明日が来てしまうから。今日という日を、永遠に止めておきたかった。
「このままふたりで死んじゃおうか。逃げられないEveなら、離れ離れになるなら、このままふたりで……」と僕は言ってみた。
「……それもいいね。でも僕はまた、こうしてクリスマスを過ごしたいから。必ず、生きて帰ってくる。帰ってきたらまた、クリスマスしよう。飽きるまで毎日やったっていいよね。馬鹿みたいにエッチして、飲んで、食べて……」
疲れて眠りに落ちるまで、僕たちは体を寄せ合った。そして絶望の十二月二十五日の朝が来た。すぐに布団から出ることはできなかった。
カインの寝顔を必死に焼き付ける。その後の記憶は、ほとんどない。何度も何度もキスをしたことだけ覚えている。
出窓のサンタクロースは腕に抱えた星のステッキを点滅させている。
緑。黄色、赤
今、僕の腕の向こうに広がる景色は、彼との思い出でいっぱいだった。彼は僕を引き離し両肩に手を乗せて言った。
「じゃあ、行ってくるね」
泣きたいのは彼の方なのに、辛いのも彼の方なのに、僕の目からは雪が溶けだして最後に唇を重ねた。
今年のクリスマス、サンタが彼を連れて行った。




