第一章⑧ "生残"
「目覚めたかな?」
遠くから鳴り響いたドンッという音に鬼の意識は覚醒させられ、それと同時に頭上から声を掛けられる。
「…ああ、お前か」
視線を声の方向に寄越すと岩に腰を掛け、足を揺らす真夜の姿があった。
「身体は無理に動かさない方がいいよ。今の状態だと動かしただけで壊れる可能性あるから」
「まず何で俺は生きているんだって話になるが…」
大前提として極超音速で殴られたら生命は確実に死に至る。そして能力を発動していたとはいえ真夜の能力がドミネートしていたためこの鬼も本来は例外ではなかった。ならばなぜ生きているのか。答えは単純である。
「お前、あの状況下で手加減していたな?」
「さあ?君がそう思うならそうなんじゃない?」
傍から見たら全力を出しているように見せた真夜だったが、当事者からしたらどうやら違ったらしい。
「惚けても無駄だ。クラスB如きがあの攻撃を喰らって生きてるはずがないだろ。最初に相対した瞬間に俺はお前には勝てないと感じた。そんな威圧感を持つような人間の全力を耐えることが出来ると考える方が愚かだ」
「種族故の頑丈さもあるとは思うけどね。さっきも言った通り君がそう思うなら思えばいい。それに特に答える理由もメリットも無いわけだから」
そうして言葉を交わしていく中で真夜はあることを察する。
「…さっきとは随分違った話し方だ。それが君の素かな?」
岩から飛び降りて当然のように海水の上に着地し、波を一寸たりとも立てずに鬼の元へと歩く。
「当たり前のように海上を歩くな」
「人間だってことはバレてるから言うけど、風と水の魔法が扱えるて、指向性を持たせれるなら誰でも歩けるよ」
「それが本当なら人間ってのは随分強い種族だな…それで?意識が覚醒している内に殺したかったから待ってたのか?」
その予想が当たりなら死が差し迫っていると言うのにその鬼は取り乱したりなど全くしない。
「そんな碌でも無い人間じゃないよ、僕は。殺しは必要な時以外はしないし、何より聞きたいことがあったから生かしてるの」
動けずにいる鬼を見下ろしながら真夜は尋ねる。
「さっきまでとは態度が随分と違うから察したよ。君さ、さっきまで誰に命令されていたの?」
「………」
鬼は沈黙を保つ。
「その沈黙は肯定と看做すよ。いや、命令ってのがちょっと違うかな?ああなるほど。洗脳か」
そこまで看破すると、鬼は観念したように呟いた。
「………誰かは知らん。が、俺と話したソイツはエルフに見えた」
「なるほどね」
この鬼が命令…より直接的な言い方をすれば洗脳されていた、その事実を匂わせるヒントは幾つか鏤められていた。第一に口調の明らかすぎる変化。感情の起伏が激しくなると変化する者はいるが、一人称が気絶前までは憤怒に駆られた状態でも『私』だったのにも関わらず、落ち着いたはずの今こそが『俺』となっている。第二に発言の矛盾。戦闘以前に自分を強者と豪語していた者が先程自身をクラスB如きと卑屈に告げたことは違和感を抱く。そして勝てないと見た瞬間に察したのにも関わらず、真夜を弱者と看做し、蹂躙しようとしたこと。
「よく考えれば色々違和感はあったし、何より君も今知ってもらうためにヒントを小出ししていたでしょ?」
「意図まで見透かされていてここまで来ると恐怖だが…まあそうだな。今ここで、俺は洗脳されていたんだ!なんて主張しても信じられるわけが無い。だとすると言葉以外で気づいてもらう必要がある。俺が素で話続ければお前はそれを理解して、ちゃんと精査してくれるだろって思ったが故の行動だ」
そこまでを起きた瞬間から考えついていた鬼の思考力の高さには目を見張るものがある。真夜は心中で賞賛の声をあげる。それと同時に鬼の側でも期待以上に早く悟った真夜を賞賛する。その賞賛の表れか、鬼は名を尋ねる。
「お前、名前は?」
「一ノ瀬真夜。君は?」
「百目鬼暁だ。洗脳されていたとはいえさっきまでの態度を詫びるよ」
「少なくとも詫びる必要はないよ。君の本心があれな訳じゃないんだから…それにしても鬼は名を尋ねないんじゃなかったかな?」
「それは無闇矢鱈に尋ねないって言う事実が捻じ曲がってできた噂だ。気に入った相手には普通に尋ねるさ」
「そりゃどうも」
これにて特段いざこざはなくなり、双方どうしようかと考えていた時、真夜がふと気づいたことがあり声を掛ける。
「今思ったんだけどさ、洗脳が解けた理由についてどう思う?」
「…ん?気絶したからじゃないのか?」
暁も考え事をしていたため一瞬返答が遅れるが、至極当然そうに返す。それも一理あるのかもしれないが真夜はそれに納得しない。
「それも考えたんだが、遠隔操作可能で感情の昂りをも掌握している程の洗脳幻術を暁は受けていたってことになるんだが、そんな高度な幻術なら気絶程度で解けない気がするんだよな」
「俺は幻術には対して詳しくないからそこは知らんが…だがそうなると何故だ?」
おかしい点は見受けられるとはいえ納得のいく説明は出来ない。それ故に鬼は対して気に掛けなかった訳だが、尋ねられると考え込んでしまう。
「…幻術、能力、洗脳、神勅。もしかして意図的に洗脳を解除した?」
「いや、ないだろ。仮にそうだとして何のためだ?」
「…まさか」
その瞬間意図を察した彼は鬼に問う。
「暁!お前どっち側から来たかとか覚えてるか!?」
「あ?島の東端に着いてからの記憶が曖昧だからそっち側だと思うが…」
言い終わらないうちに真夜は鬼に魔法を2つ掛ける。
「二重詠唱・風・地!」
「ちょ、おま…」
いきなりの魔法に反応することもできず、狼狽した様子を見せる暁。
「説明は走りながらする!」
真夜は能力を発動しながら島の西部目掛けて音速で走ると共に、暁を土壁で囲い込み、それごと風を用いて移動させていた。無論、全速力で走らないのはソニックブームにより暁を破壊しないためである。
「…で、どういうことなんだよ」
僅かに振動を感じていることから自身が移動させられていることを理解し、その状況下で彼に尋ねる。
「上位洗脳が解かれるには術者の死亡か術者の解除命令が必須だ。だけど鬼に対して一瞬で洗脳を成功させるようなやつがそんな簡単に死ぬはずがない。ってことは解除命令を下したということになる」
「なんでまた…いや、自身の身に看過できないナニかが生じそうな状況にいるってことか。つまり…」
暁はなにかに気付いた様子で土の中で瞠目する。
「ああ。さっき鳴ったドンッという音のことも考えると、恐らくナニかの正体は能力者だ。能力者によって引き起こされる規格外の事象と言えば多分…」
彼が次の言葉を紡ごうとした刹那にその何かを感じ取った。
「まっずい!」
生命の根幹を冒涜している。そんな感覚を覚えた。
そして、そして、そして…
彼らの生残戦は終わりを迎えた。
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