第一章① "入学前日のお話"
───生命は"何でも願い叶う"ということに対してどうしようもないほど期待してしまうのだろう。
ある時代のある世界で、突如として卒業すれば何でも願いが叶うとされる学園が爆誕した。入学条件はただ一つ、能力者であるということ。そして注意事項もただ一つ、入学後一切の怪我、死亡に関して自己責任となるということ。
注意事項をきちんと理解できる正しい生命ならこんな学園の入学なんて考えずに今日の晩御飯についてでも考えるだろう。しかし、この学園に惹かれたどうしようもない者たちは即座に入学を決意した。入学を決意した愚者、その数4千人。その内の一人に一ノ瀬真夜も含まれていた。
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真夜は幼い頃の記憶が無い。それに加えて神に強い嫌悪感を抱いている。それが幼い頃の記憶に裏付けられたものなのか、はたまたそういう星の元生まれてしまっただけなのか、それは定かではない。特に目的もなく放浪し、人助けを生業としている彼は学園の噂を耳にし、自身の感情の真相を探るべく、何でも願いが叶うとされる学園への入学を決意した。
学園入学初日の朝、学園へ向かうために、桜並木を欠伸を噛み殺して睡魔に耐えながら歩いていると後ろから声を掛けられる。
「真夜!おはよ!」
「…何だ真昼か」
「何だとは何よ。そこまで私に話しかけられるのは不満だった?」
不服そうに話す少女の名は葵真昼。彼女との出会いは数日前まで遡る。
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喧騒が止まないある街を一人放浪する少年がいた。
(普段通らない道を選択してみたが、新鮮味があっていいな)
物思いにふけながら、相も変わらず平和な通りを歩いていた少年はふと路地の前で立ち止まる。彼が見据える先には自身と同じ程度の年齢であろう少し茶色がかった黒髪の少女と平和とは程遠そうな格好をしたガラの悪そうな男が口論を繰り広げていた。つい先日人助けをした結果面倒事に巻き込まれ時間を奪われた少年は助けるかどうか逡巡したが、
(…見て見ぬフリをするのも気が引けるな)
と、結論付き、路地の方へと足を進めた。
少年が現場を見据える半刻ほど前に、少女は買い物を終え、帰路を辿っていた。その際、気分転換も兼ねて普段は通らないような道を使っていたのだが、それが裏目に出た。慣れない道ということもありのんびりと歩いていると、男の集団がか弱そうな少女を取り囲んでいる様子を見た。周囲の人は気づいていないフリをしており、誰も助けない。
(…見て見ぬフリをするのも気が引けるしなぁ)
誰も助けない場面に一人歩を進め、声をかける。
「あの、すみません。女の子少し困っているみたいなのでちゃんとした場所で話し合いしませんか?」
その声を聞き、その集団は振り返り、その内の一人が、
「ああ?こっちは取り込み中なんだよ。部外者は失せろ。しゃしゃんな」
物腰柔らかく声をかけたのにも関わらずそれを蔑ろにするような口調で返答され、カチンと来た少女がとった行動は、
「グヮッ゛!」
急所を蹴りあげることだった。
「さっさと逃げましょ!」
「え、えぇ?」
まだ呆けているか弱そうな少女の手を引き走った。曲がり角を何度も曲がり、狭い路地を駆け抜け、何個目か分からない路地に差し掛かったところで追っ手の気配が無くなった。それを感じとった少女は急にペースは落とさず、徐々にペースを落としていき、呼吸を整えさせた。
「はぁっ、はあ、はあ、ありが、とう、ござ、いました。」
と、女性が息が切れ切れにも関わらず感謝を伝える。
「いえいえ困った時はお互い様ですから!」
と息を全く切らした様子もなく返事をし目的地に送り届けようと声を再びかけようとしたその瞬間背後から物音が聞こえる。
「…っっあぁもう!」
すかさず少女が振り向くと、先程の集団のリーダー格だった男が息を全く上げずに追いついてきた。少女を背中に隠し
「あそこの角を曲がって少し走ったら私の家があるからそこまで行って!そうしたらお父さんが匿ってくれるはずだから!」
と耳打ちする。
「それだとあなたが…」
不安そうに見つめてくる女性だが、
「大丈夫!足止めはしないといけないし、私は何とかなるから」
と笑いかける。
「…本当にありがとうございます!無理はしないでくださいね」
少し迷った様子だったが走り去っていく少女を見届けた彼女は、
「待っててくれるなんて随分良心的ね」
とあくまで日常会話を続ける努力をする。
「お仲間の一人を蹴り上げちゃったのは完全に私が悪いけど、それ以外に関しては割とおあいこだから許してくれない?後で何か奢るからさ」
「生憎と、あいつには飯を誘ったりするつもりで声をかけた訳じゃないんだわ。もっと重大な要件があったからそれについて問い詰めようとしてたってのに…」
「重大な要件?」
「それをお前に教える必要はないな。無関係なら謝るが、あいつとグルの可能性も捨てきれないからな。ちょっと眠っててもらう」
「どう考えてもただの通りすがりでしょ!」
平和な会話は終わり、臨戦態勢を整えた男は能力を開示する。
「能力:亜音速。自身にまつわる速度全てに干渉でき、その速度を極限まで高めることが出来る。これが俺の能力だな」
「初手から神勅までかけるなんて相当大事な要件らしいわね」
───神勅。神に供物を捧げる、又は憐憫を買う事によって力を与えられる現象の総称。その中には能力を開示することによってより力を得るというものもある。
「降参宣言でもしたらどうだ?俺も誰彼構わず傷つけたい訳でもない」
「それこそお生憎様、私は負けず嫌いだからね。降参なんて以ての外なの」
「そうか、なら眠っててくれ」
本心から残念そうに攻撃を仕掛けようとしてくる男の攻撃をどのように去なそうか考えていた瞬間、男があらぬ方向に吹き飛ぶ。
「グォッ!」
嗚咽を発しながらのたうち回る男を飛ばしたであろう白髪の少年は男に視線を向ける。
「ごめん。ここまでするつもりはなかったんだけど襲おうとしてたら焦って手出しちゃった」
「こ、この…」
「申し訳ないんだけど、出来ればこの人治してくれない?」
男から視線を切り、少女に頼む。
「え、ええ。別にいいけど…」
今にも失神しそうな男を見かねた少女は男の近くに屈み、手を翳す。
「治癒」
詠唱した直後手が僅かに緑に光、男の辛そうな顔も和らいでいく。
「さて、蹴り飛ばしたのは僕が完全に悪いけど、これでもう話せるよね?」
「……はああぁ」
物凄くでかい溜息をつき、男は真相を語った。