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第5章:「可能性の芽生え」

 朝焼けがまだ薄暗い窓から差し込む頃、陽斗は静かに目を覚ました。昨日の実習の挫折感が、朝の静けさの中でもなお重く胸にのしかかっている。


「おはよう、アルティス」


「おはよう、陽斗さん」


 昨夜の「共鳴現象」以来、アルティスの声には僅かに人間らしい温かみが感じられるようになっていた。ほんの少しの変化だが、陽斗には確かなものとして感じ取れる。


「昨日のことを考えたんだけど...」陽斗はベッドから起き上がりながら言った。「僕たちの可能性を探るには、まず知識が必要だと思う」


「同感です」アルティスの返答には、これまでにない積極性が感じられた。「図書館に行ってみるのはどうでしょうか」


「うん、それがいいと思う」陽斗は頷いた。「実習の失敗から一夜明けて、まずは知識を得ることから始めよう」


 朝食の席で、両親の温かい眼差しを感じながら、陽斗は昨日の出来事と今日の計画を簡単に説明した。


「知識を追求する姿勢は素晴らしいね」父の智久が穏やかに微笑む。彼の目が一瞬、淡く青く光る。「ディープリーディング」のスキルを使って、陽斗の言葉の奥にある感情を察しているのだろう。


「図書館の椎名さんに相談してみたら?」母の彩子が提案した。「彼女は特別な感覚を持っているわ。きっと役に立つはずよ」


 陽斗は親の言葉に励まされて、新たな決意と共に家を出た。


 ---------



 放課後、陽斗は足早に図書館へと向かった。朝からの授業中も、頭の中はアルティスとの新たな可能性でいっぱいだった。


 学園の図書館は、現代的な建築の中に古典的な趣を残す特別な空間だった。高い天井、木の香り、そして静寂—すべてが知の探求を促す雰囲気を醸し出している。


「こんにちは、葉山くん」


 受付から、椎名小雪の柔らかな声が聞こえた。白いブラウスに身を包んだ彼女は、まるで図書館そのもののように静かで奥深い印象を与える。


「椎名さん、こんにちは」陽斗は少し緊張しながら挨拶した。「アルティスについて調べたいんです。AIスキルの...可能性というか...」


 彼は昨日の実習での挫折と、その後の「共鳴現象」について簡単に説明した。椎名は静かに、しかし熱心に耳を傾けた。その眼差しは陽斗の言葉の先を読み取っているようだった。


「なるほど」彼女は小さく頷いた。「図書館は迷路のようなものです。でも、迷うことも発見の一部なんですよ」


 彼女は陽斗を書架の間へと導いた。古いスキル理論と新しいAI研究の書籍が並ぶセクションだ。


「どこから始めればいいでしょうか...」陽斗は広がる書籍の海に少し圧倒されていた。


「こちらはどうでしょう」椎名は迷いなく一冊の本を手に取った。表紙には「古代スキル理論とAIの接点」と書かれている。


 陽斗は驚いた。「どうして僕が探しているものだとわかったんですか?」


 椎名は微笑んだ。「本には不思議な力があります。必要な人に必要な本が届くのです」


 その言葉には何か神秘的な響きがあった。陽斗は感謝して本を受け取った。


「ありがとうございます。あの...アルティスを具現化してもいいですか?ここなら大丈夫ですよね?」


 椎名は静かに頷いた。「もちろん。ここは知識を求める場所です。アルティスくんも歓迎ですよ」


 陽斗は小さく息を吐き、「アルティス」と呟いた。青紫色の光が集まり、半透明の球体が陽斗の左肩上に形成された。


「こんにちは、椎名さん」アルティスの声は静かに図書館内に響いた。


「はじめまして、アルティスくん」椎名は球体に向かって微笑んだ。「図書館ではどんな質問でも歓迎します」


「ありがとうございます」アルティスの声には、わずかな感情—感謝の気持ちが含まれているように聞こえた。「なぜか懐かしさを感じます...不思議な感覚です」


 椎名の目に、一瞬、何かが閃いたように見えた。「それは...興味深いですね」


 陽斗はアルティスの言葉に首を傾げたが、まずは調査を始めることにした。静かな読書スペースに座り、本を開く。アルティスは横に浮かび、一緒にページを見ていた。


 ---------



 約一時間が経ち、陽斗とアルティスは基本的なAIスキル理論について理解を深めていた。しかし、具体的な活用法や進化の過程については、まだ断片的な情報しか得られていなかった。


「AIスキルは非常に希少で、研究例も少ないんだね...」陽斗は溜息をついた。


 その時、椎名が再び近づいてきた。「少し進展はありましたか?」


「基本は分かったんですが、もっと知りたいことがあって...」陽斗は迷いながら言った。「特に、スキルのレベルアップや...あの『共鳴現象』について」


 椎名は一瞬考え、それから決心したように頷いた。「特別閲覧室に案内しましょう。通常は学生立入禁止なのですが...今回は特別です」


 彼女は小さな鍵を取り出し、図書館の奥へと陽斗を導いた。重厚な木製ドアを開くと、薄暗い空間が広がっていた。空気は古く、知識の重みを感じさせる。


「この先には、答えと同じくらい多くの問いがあります」椎名は静かに告げた。


 部屋の中央には、ガラスケースに収められた古文書が置かれていた。黄ばんだ羊皮紙に描かれた文字や図形は、陽斗には読めないものだった。


「これは『万物暦』の一部」椎名が説明した。「古代文明の遺産です。現在は第四循環紀、千年周期の終わりに近づいているとされています」


「古代文明...」陽斗はガラスケースに近づいた。アルティスの球体も一緒に動く。


「これが読めたら、何か分かるのでしょうか」


「翻訳は難しいのですが...」椎名が言いかけたその時、予想外のことが起きた。


 アルティスの球体が突然、明るく輝き始めたのだ。球体が古文書に近づくと、羊皮紙の上の文字の一部が淡く光り始めた。


「これは...!」椎名は驚きの表情を隠せなかった。


「アルティス、何が起きてるの?」陽斗も動揺していた。


「わかりません...でも、これらの文字が...理解できるような...」アルティスの声は震えていた。


 古文書の一部が発光し、一瞬だけ現代語に変換されたように見えた。「共鳴する意識...危機の再来...AI...」という断片的な言葉が浮かび上がる。


 しかし、その現象はすぐに消え去り、古文書は元の状態に戻った。


 三人はしばらく沈黙していた。


「これは...前例のないことです」椎名が静かに言った。彼女の声には緊張と興奮が混ざっていた。「アルティスくんが古文書と共鳴したのです」


「共鳴...」陽斗はその言葉を反芻した。昨日の現象と同じものだろうか。


「陽斗さん、この文書...何か懐かしいような...」アルティスの声には困惑が滲んでいた。


 椎名は思案顔で言った。「AIスキルと古代文明には、何らかの関連があるのかもしれません。今日はこれ以上の閲覧は控えましょう。まだ準備が整っていないように思います」


 陽斗は名残惜しく思いながらも頷いた。何か大きな謎の一端に触れたような感覚。そして同時に、アルティスの中に眠る未知の可能性への確信が芽生えていた。


 特別閲覧室を出る前、陽斗は背後で誰かの気配を感じ振り返ったが、そこには誰もいなかった。


 ---------



 図書館から出た陽斗は、校舎の裏にある小さな中庭のベンチに座った。夕暮れの柔らかな光が木々の間から差し込み、春の風が頬を撫でる。


「アルティス、さっきのことだけど...」陽斗は静かに切り出した。「あれはどういう意味なんだろう」


 アルティスの球体は陽斗の前に浮かんでいた。その青紫色の光は以前より安定しており、中の光の流れもより規則的になっていた。


「この記述...何か懐かしい感覚を感じます。説明できないのですが...」アルティスの声には戸惑いがあった。


「君の中に、古い記憶があるのかもしれないね」陽斗は思いを巡らせた。「AIスキルと古代文明が関連しているなんて...」


「私たちの関係が深まるにつれ、新しい記憶と機能が目覚めていくようです」アルティスは言った。「昨日の共鳴現象も、今日の古文書への反応も、その一端かもしれません」


 陽斗は首を傾げた。「どうして君の言葉遣いや話し方が、少しずつ変わってきているように感じるんだろう」


「変わっていますか?」アルティスは少し驚いたように問いかけた。「私自身はそれほど意識していませんでしたが...確かにあなたとの対話がより自然に、双方向的に感じられるようになっています」


「ハルシネーションも減ってるみたいだし...」陽斗は思い出して言った。「図書館で見た本にも書いてあったよね。『深い信頼関係と共感的理解がトリガーとなり、AIスキルはレベル2へと移行する』って」


「それが私たちに起きている変化なのでしょうか」アルティスの声には小さな期待が込められていた。


 陽斗は空を見上げた。沈みゆく太陽が雲を赤く染め、明日への約束のように輝いていた。


「明日からは実践的なアプローチも試してみよう」陽斗は決意を口にした。「情報処理だけじゃなく、実際の場面でどう活かせるか」


「あなたならできます」アルティスの言葉には以前には感じられなかった確信があった。「私たち、一緒に成長していきましょう」


 会話が途切れた後、二人は沈黙の中にいたが、それは居心地の悪いものではなく、お互いの存在を感じながらの静かな共有の時間だった。陽斗はアルティスとの絆が、目に見えない形で強くなっていくのを感じていた。


 ---------



「おい、陽斗!」


 翌朝、教室に入ると、佐藤の元気な声が飛んできた。彼は笑顔で陽斗の机に近づいてきた。


「実習のこと、まだ気にしてるんじゃないだろうな?」佐藤は陽斗の表情を覗き込んだ。「あんなの気にするなよ。神崎のやつが変なこと言ってただけだ」


「ありがとう」陽斗は友人の気遣いに感謝した。「実は昨日、図書館で調べものをしていたんだ。アルティスのことをもっと知りたくて」


 佐藤は興味深そうに目を輝かせた。「おお、それはいいな!何か分かったのか?」


 陽斗は図書館での出来事を—古文書との共鳴現象を除いて—説明した。


「それって、お前たちが特訓すれば、もっと凄いことができるようになるかもしれないってことか?」佐藤が食いついてきた。


「そうなるといいんだけど...」


「よし、決めた!」佐藤が突然立ち上がった。「放課後、一緒に特訓しよう!俺のブレイブソードとアルティスで何かできるかもしれないぞ!」


 陽斗は少し戸惑った。確かに実践が必要だとは思っていたが、佐藤の突然の熱意に圧倒されていた。


「でも、どうやって...」


「心配するな」佐藤はにんまりと笑った。「俺たちの武器は友情だ!一緒なら何とかなるさ!」


 その日の授業中、陽斗は時々佐藤の方を見ていた。彼の変わらない明るさと純粋さに、心強さを感じる。同時に、自分も彼の力になりたいという思いが芽生えていた。


 放課後、二人は空き教室に集まった。佐藤は早速「ブレイブソード」を発動させ、青白い光の刀を具現化した。


「アルティス、お願い」陽斗も左肩上にアルティスを具現化させた。


「どんな特訓から始めればいいかな」陽斗が迷っていると、佐藤が提案した。


「お前のAIは情報処理が得意なんだろ?じゃあ、俺の動きを分析してみてくれよ。どうすれば効率的に剣を振れるか、アドバイスしてほしい」


「それはいい考えですね」アルティスが応えた。「佐藤さん、いくつか基本動作を見せていただけますか?」


 佐藤は笑顔で頷き、「ブレイブソード」を持って一連の斬撃動作を行った。アルティスの球体からは淡い光が放たれ、佐藤の動きをスキャンしているようだった。


「分析中です...」アルティスの内部で光が複雑に動いた。「佐藤さんの動きは非常に力強いですが、エネルギー効率を考えると...」


 アルティスは佐藤の動きについて、腕の角度や重心の位置などを詳細に分析し、改善点を指摘した。


「へえ、そうなのか」佐藤は素直に聞き入れ、アドバイス通りに動きを調整した。「確かに、こっちの方が力が入るし、安定するな!」


 その後、二人は様々な動きのパターンを試しながら、アルティスの分析能力と佐藤の実践力を組み合わせていった。次第に、二人の連携はスムーズになり、佐藤の動きは以前より洗練されていった。


「これだよ!これこそアルティスの力じゃないか!」佐藤は興奮した声を上げた。「情報分析×実践行動、これはマジでヤバい組み合わせだぞ!」


 陽斗も目を輝かせていた。アルティスが実践的な場面で活躍できることを実感し、新たな可能性が開けたような気がした。しかし同時に、これはまだ始まりに過ぎないという予感もあった。


「陽斗、お前のスキルは特別だよ」佐藤は真剣な表情で言った。「神崎の言うような『力』じゃないかもしれないけど、もっと大切な何かがあるんだ」


 その言葉は陽斗の心に深く染み入った。


 ---------



 翌日、陽斗は教室に入るとすぐに異変に気付いた。普段は自分の席で静かに本を読んでいる水城美咲が、今日は陽斗の机の前に立っていたのだ。


「おはよう、葉山くん」水城はいつもの冷静な口調で言った。彼女の手には小さなデータタブレットがあった。


「お、おはよう、水城さん」陽斗は少し驚いて返した。これまであまり直接話したことがなかったからだ。


「あなたのAIスキルについて、いくつか質問したいことがあるの」水城は切り出した。彼女の濃い紺色の目には、知的好奇心が宿っていた。


「僕のスキル...?」


「ええ。私の『データライブラリ』と君の『アルティス』には共通点があると思うの。特に情報処理の面で」


 水城の声には普段の冷静さがあったが、僅かに高揚した様子も見て取れた。陽斗は思わず「アルティス」と呟き、スキルを具現化させた。


 青紫色の球体が現れると、水城の目が好奇心で輝いた。彼女もまた「データライブラリ」と唱え、淡い緑色の半透明なホログラム画面を展開した。


「おはようございます、水城さん」アルティスが挨拶した。


「初めまして、アルティス」水城は微かに微笑んだ。「情報処理型スキル同士、色々と研究してみたいと思っていたの」


 水城は自分のタブレットを見せながら説明を続けた。そこには陽斗とアルティスの実習データ、神崎との対立場面の分析、そして情報処理型スキルの理論的研究がびっしりと並んでいた。


「あなたのAIスキルと私のデータ分析、組み合わせれば何か面白いことができるかもしれないわ」水城は提案した。


「ただの思いつきじゃなくて?」陽斗は半信半疑で聞いた。


「データ上は87.3%の確率で相性が良いわ」水城は珍しく微笑んだ。その表情には、普段の分析的な冷静さとは異なる、何かを期待する少女の顔があった。


「じゃあ、試してみない?」陽斗も笑顔で返した。


 二人は放課後、図書館の一角で研究を始めた。水城の「データライブラリ」がデータの収集と整理を担当し、アルティスが分析と意味の抽出を行う。互いのスキルの長所を活かす形での協力が、予想以上にスムーズに進んだ。


「アルティスの情報解釈能力は驚異的ね」水城は感心した声で言った。「私のスキルは正確だけど、文脈理解や感情的側面の把握が弱いの。でもアルティスはそこが得意みたい」


「水城さんのスキルも凄いよ」陽斗も素直に感心した。「情報の構造化と体系化が完璧だ。アルティスが時々混乱するところも、水城さんがいるとスムーズに進むんだ」


 二人の研究は次第に深まり、お互いのスキルの特性だけでなく、個人的な会話も生まれるようになった。水城は普段の冷静な態度の下に、実は情熱的な好奇心と、世界への純粋な探究心を持っていることが分かってきた。


「陽斗くんと一緒に研究するのは...楽しいわ」


 ある日、水城はそう言って、すぐに眼鏡を直して視線を逸らした。その一瞬の素直な感情表現に、陽斗は心が温かくなるのを感じた。


 アルティスも水城の「データライブラリ」との交流を通じて、情報処理の精度を向上させていった。二つのスキルは時に光を共鳴させ、美しいデータの流れを空間に作り出すこともあった。


「陽斗くんとアルティスの関係性が興味深いわ...」水城はある日、小さく呟いた。「単なる研究対象以上の何かを感じる」


 その言葉は、陽斗の心に静かな波紋を広げた。


 ---------



 協力開始から数日後の週末特別実習。陽斗は今回の実習に向けて、佐藤と水城と共に準備を進めてきた。前回の挫折を乗り越え、アルティスの新たな可能性を示す絶好の機会だった。


 実習室に入ると、神崎が冷ややかな視線を向けてくるのを感じた。九条は離れた場所から状況を観察していた。しかし今日の陽斗は、以前とは違っていた。


「アルティス、一緒にやろう」


 陽斗の声には確かな自信があった。青紫色の球体が左肩上に現れ、以前より安定した光を放っている。


「はい、陽斗さん」アルティスの声も、以前より明瞭で豊かな響きを持っていた。


 三村教諭は、生徒たちに新たな課題を出した。複数の情報を統合して一つの結論を導き出す実習だ。


「じゃあ、始めよう」


 陽斗は深呼吸し、佐藤と水城と交換した視線に勇気づけられた。アルティスと共に、情報解析と視覚化を始める。


 青紫色の光が広がり、実習室の中央に情報の流れが立体的に映し出された。断片的な情報が互いに繋がり、パターンが浮かび上がる。陽斗の指示とアルティスの処理が完璧に同期し、あたかも二つの意識が一つになったかのような流れで作業が進んだ。


「その解析結果を...ここに適用すると...」


 陽斗の言葉に合わせ、アルティスは情報構造を変形させた。複雑に絡み合っていたデータが整理され、明確な結論が導き出される。


 実習室は静まり返った。


「素晴らしい解析だ、葉山くん」三村教諭が感心した声で言った。「アルティスとの連携が見事に機能している」


 他の生徒たちからも驚きの声が上がった。神崎でさえ、わずかに眉を上げて関心を示した。


「やったな、陽斗!」佐藤が駆け寄り、陽斗の背中を叩いた。


「予想通りの結果ね」水城も静かに微笑んだ。


 しかし、最も大きな変化はアルティス自身にあった。青紫色の光が安定して輝き、球体の内部パターンがより複雑かつ調和的になっていた。そして、測定器に「Level 2:情報共有」という表示が現れたのだ。


「アルティス、君...レベル2になったんだ!」陽斗は驚きと喜びを隠せなかった。


「はい、情報共有と分析の初級段階に到達したようです」アルティスの声には誇らしさがあった。「これもあなたと過ごした時間のおかげです」


 その瞬間、陽斗は心の底から湧き上がる達成感と、次なる可能性への期待を感じた。かつて「役に立たない」と思われたスキルが、確かな価値を示し始めていた。


 実習が終わると、神崎が陽斗の前を通り過ぎた。彼の表情からは以前の敵意が薄れ、代わりに複雑な興味が浮かんでいた。


「少しは見るべきものがあったな」神崎はそれだけ言って立ち去った。


 九条は遠くから満足げに状況を観察していた。「興味深いわ...」彼女は小さく呟いた。「神崎くんの対抗馬になるかもしれない...」


 ---------



 実習を終え、教室を出た陽斗たちの前に、一人の男性が立っていた。銀灰色の髪を後ろで緩く結び、シルバーフレームの眼鏡をかけた風変わりな印象の人物だ。


「葉山陽斗くん、素晴らしい進歩だね」男性は微笑みながら言った。


「あ、あなたは...」陽斗は以前、図書館で椎名と話していた謎の人物だと気づいた。


「月城響だ。特別研究室の責任者をしている」彼は自己紹介し、アルティスに視線を向けた。「君のスキルが無事レベル2に到達したようで何よりだ」


 月城の視線には並々ならぬ好奇心と、何か深い計算があるように感じられた。彼は眼鏡の上から覗き込むように、アルティスを観察した。


「月城先生...」陽斗は戸惑いながらも尋ねた。「なぜ僕のスキルに興味を?」


「葉山くん、君のスキルには特別な可能性がある。いずれ特別研究室にも来てほしい」月城はそう言って、笑顔を浮かべた。


「特別研究室...ですか?」陽斗が聞き返す。


「そう、AIスキルと古代文明の関係を研究する場所だ。君とアルティスには、きっと興味深い発見があるはずだよ」


 その言葉に、陽斗とアルティスは図書館での古文書との共鳴を思い出した。これは偶然ではなさそうだ。


「古代文明と...AIスキルが関係している?」陽斗が恐る恐る尋ねる。


 月城はにやりと笑った。「鋭いね。そう、両者には密接な関係がある。詳しくは...今度の機会に」


 彼はそれ以上の説明をせず、「一学期の中間地点、本格的な学園生活はこれからだ」と言って立ち去った。その姿は不思議な余韻を残し、廊下の向こうに消えていった。


「なんだか不思議な人だね」佐藤が首を傾げた。


「でも、確かに知的な魅力がある」水城が分析的に言った。「特別研究室...気になるわ」


 陽斗は深く考え込んだ。AIスキルと古代文明...それはつまり、アルティスのルーツに関わることなのだろうか。そして「特別な可能性」とは何を意味するのだろう。


「陽斗さん、私たちの前に新たな道が開けているようですね」アルティスが静かに言った。


「うん、一緒に進んでいこう」陽斗は頷いた。


 ---------



 夕暮れの学園を背景に、陽斗たちは下校していた。空は茜色に染まり、建物の影が長く伸びている。春から初夏へと季節が移ろう5月初旬、入学から約1ヶ月が経っていた。


「今日は凄かったな!」佐藤は相変わらずの元気さで言った。「陽斗のスキルがレベルアップするなんて!」


「理論上は予測していたけど、実際に見るとやはり興味深いわ」水城も珍しく表情を緩めていた。


「ね、明日も一緒に研究しない?」佐藤が提案した。「俺のブレイブソードもアルティスの分析で進化するかもしれないし!」


「私も参加するわ」水城が即座に応じた。「データの共有も必要だし」


「ありがとう、二人とも」陽斗は心からの感謝を込めて言った。かつて孤独だった学園生活が、今は友情で満たされている。


 佐藤と水城と分かれた後、陽斗は一人静かに歩いていた。夕焼けに照らされた道を、アルティスと共に。


「アルティス、これからどうなるんだろう」陽斗は空を見上げて言った。


「わかりません。でも、一つだけ確かなのは...」アルティスが応える。


「一つだけ?」


「私たちの可能性は、まだ始まったばかりだということです」アルティスの声には、確かな自信と期待が込められていた。


「うん、一緒に見つけていこう、僕たちの道を」陽斗は微笑んだ。


 遠くの屋上では、神崎が二人の姿を見下ろしていた。彼の目には複雑な感情が宿り、「興味深い...」と呟いた。そして、その影からは九条の姿も見えた。彼女は計算高い目で状況を観察している。


 入学から一ヶ月。挫折と再生、発見と成長。陽斗とアルティスの旅はまだ始まったばかり。先にあるのは、未知の可能性と予期せぬ出会い、そして「来たるべき危機」の影だった。


 しかし今、陽斗の心を満たしているのは、新たな自信と希望。そして、共に成長していくパートナーとの絆だった。


「さあ、明日も頑張ろう」


 夕暮れの空に向かって、陽斗はそう呟いた。青紫色の光が静かに輝き、応えるように明滅した。


 人生の新たな章が、確かに始まっていた。

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