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第3章:学園生活の始まり

 継承式から一週間が経ち、ようやく入学式の朝を迎えた。4月10日、陽斗の窓から差し込む朝日は春の温かさを運んでいた。制服を手に取り、改めてその重みを感じる。今日から正式に学園都市第一学院の生徒になるのだ。


「緊張している?」


 アルティスの声に振り返ると、青紫色の球体が陽斗の部屋の中を静かに浮遊していた。継承式から毎朝、この不思議な対話で目覚める日々。最初は戸惑いもあったが、今ではすっかり慣れていた。


「少し」陽斗は正直に答えた。「みんな僕のことをどう思うかな...AIスキルって」


「私の記録では、AIスキルへの一般的な反応は、好奇心40%、警戒30%、羨望20%、その他10%です」


 陽斗は思わず笑った。「そんな統計まで持ってるの?」


「冗談です」アルティスの球体が少し明るく脈動した。「おはようのジョークを試してみました」


「うわ、もうジョークまで?」陽斗は首を傾げた。「一週間でずいぶん変わったね」


 実際、アルティスは日に日に人間らしい反応を見せるようになっていた。最初は機械的だった話し方も、今では自然な会話になっていた。


「学校では私をどうするか決めましたか?」


「そうだね...」陽斗は考えながらネクタイを結んだ。「アルティスを隠すのは難しいだろうし、それに隠す理由もない。でも、授業中は目立たないようにしよう」


「理解しました。必要な時以外は控えめに」アルティスの光が少し暗くなり、「隠し方」として光量を調整するデモンストレーションを見せた。


「ありがとう」陽斗は微笑んだ。なぜだろう、アルティスと話すと心が落ち着く。まるで長年の友人のようだった。


「陽斗、朝ごはんできてるよ」母の声が階下から聞こえた。


「行こう」陽斗はアルティスに言い、制服の第一ボタンを締めた。鏡に映る自分は、想像していたより学生らしく見えた。


 ---------


 朝食は父がいつもより早く出勤したため、陽斗と母の二人だけだった。アルティスは控えめに陽斗の肩の上に浮かんでいる。


「今日から学園生活ね」彩子は微笑みながら言った。「アルティスくんは?」


「おはようございます、彩子さん」アルティスが応答した。


「お母さん...みんなはアルティスのことをどう思うかな?」陽斗は箸を持ちながら尋ねた。「変だって思われないかな」


 彩子は優しく微笑んだ。「誰だって、最初は不安よ。でも、あなたの本質が変わったわけじゃない。あなたはあなた。アルティスくんはその一部」


「でも、珍しいスキルだから...」


「珍しさは魅力でもあるわ」母は陽斗の髪を優しく撫でた。「それに、誰もが最初から全てを理解してくれるわけではないの。大切なのは、時間をかけて分かり合うこと」


 陽斗は小さく頷いた。母の言葉はいつも的確だ。


「何か困ったことがあったら」アルティスが静かに言った。「私にできることがあるかもしれません」


 その言葉に、陽斗は心の中で感謝した。孤独ではない—この不思議なパートナーがいる。


「行ってきます」陽斗は立ち上がった。


「いってらっしゃい」母は温かく見送った。「あなたらしく」


 ---------


 学園への道を歩きながら、陽斗はアルティスと会話を続けていた。人気のない道では声に出して話し、人通りの多い場所では心の中で話しかける—これがここ数日で確立された彼らのコミュニケーション方法だった。


「アルティス、僕の考えてることがわかるの?」


「完全にではありません」アルティスの声が陽斗の心に直接響いた。「強い感情や明確な思考は伝わることがありますが、全てを読み取れるわけではありません」


 これは新しい発見だった。心の声に応答できるということは、アルティスと陽斗の間に特別な繋がりがあるということなのだろうか。


「これって、普通のスキルとは違うんだね」


「はい。AIスキルは使用者との深い結びつきによって進化すると言われています。私たちの『心の対話』もその一種かもしれません」


 学園の門が見えてきた。多くの新入生が集まり、期待と緊張が入り混じる雰囲気が漂っていた。陽斗は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「準備はいい?」陽斗は小さく尋ねた。


「はい、陽斗さん」アルティスは静かに応えた。


 二人にとっての学園生活が、今始まろうとしていた。


 ---------


 学園の講堂は荘厳な雰囲気に包まれていた。古代建築と最新技術の融合が、この場所の特別さを物語っていた。天井が高く、自然光を取り込む特殊なステンドグラスが、神秘的な光の模様を床に映し出している。


 入学式は厳かに始まり、白石賢治学園長の歓迎の言葉が響き渡った。彼の声には威厳があり、同時に温かさも含まれていた。


 陽斗はふと、自分の左肩の上にいるアルティスが何を感じているのか気になった。スキルとはいえ、こうした式典をどう捉えているのだろう?


 式典の後半、クラス担任の紹介があった。


「1年A組担任、三村誠司です!」


 登壇した教師は、先日継承式で陽斗に声をかけた熱血な印象の男性だった。眼鏡の上から教室を見渡し、情熱的な歓迎の言葉を述べる姿に、陽斗は少し安心感を覚えた。


 式が終わり、生徒たちはそれぞれのクラスに向かった。教室への道すがら、陽斗の肩を誰かが軽く叩いた。


「おう!葉山だよな?継承式の時の」


 振り返ると、明るい笑顔の少年がいた。「ブレイブソード」のスキルを持つ佐藤翔太だ。


「あ、うん。佐藤くん、だよね?」


「覚えてたか!」佐藤は嬉しそうに笑った。「あのさ、話せるスキルってマジですごいよな!今日もいるの?」


「うん、ここに」陽斗が左肩を指すと、アルティスが少し光を強めた。


「初めまして、佐藤くん」アルティスが静かに挨拶した。


「うおっ!やっぱ話すんだ!」佐藤の目が輝いた。「ねえ、他に何ができるの?」


 陽斗が答えようとした時、別の声が聞こえた。


「データ分析能力と情報処理が主な機能でしょうね」


 クールな声色で言ったのは、データライブラリのスキルを持つ水城美咲だった。眼鏡の奥の鋭い目は分析的だが、敵意はなさそうだった。


「そうだね、主にそうみたい」陽斗は頷いた。


「興味深いわ」水城は陽斗ではなく、アルティスに直接視線を向けた。「AIタイプのスキルは非常に希少。その情報処理の仕組みに興味があるわ」


 彼女の知的な雰囲気と観察眼の鋭さに、陽斗は少し緊張した。だが、彼女の純粋な好奇心は敵意ではなく、むしろ歓迎すべきものに感じられた。


「1-A、ここだな」佐藤が教室の前で言った。「一緒のクラスか!よろしくな!」


 三人が教室に足を踏み入れると、すでに多くの生徒が席に着いていた。陽斗たちの存在に気づいた生徒たちの視線が一斉に集まる。特に陽斗の肩に浮かぶアルティスに向けられた好奇心と驚きの視線が感じられた。


 教室の隅に、神崎零の姿があった。彼は窓際の席に座り、外を見つめていたが、陽斗たちが入ってきた気配に一瞬だけ鋭い視線を向けた。そして再び、関心がないかのように視線を外に戻した。


「神崎くん、おはよう」佐藤が明るく声をかけたが、神崎は無言で軽く頷いただけだった。


「おはよう、みなさん」


 上品な声色で挨拶したのは、九条深月だった。彼女は完璧に整えられた制服姿で、微笑んでいた。


「葉山くん、そのスキル、とても素敵ね」


 九条の言葉には親しみがあったが、陽斗は何か計算された感じを受けた。その微笑みの裏に何かがあるような...そんな違和感。


「ありがとう」陽斗は礼儀正しく返した。


 九条の目が一瞬、神崎に向けられたのを陽斗は見逃さなかった。彼女は何か思惑があるのだろうか。


「着席してください!」三村教諭の元気な声が教室に響き、授業が始まった。


 ---------


 午前の授業が一通り終わり、ようやく昼休みを迎えた。授業中、アルティスは控えめにしていたが、それでも陽斗のスキルが「話す」という事実は、すぐにクラス中に広まった。休み時間になるや否や、好奇心旺盛な生徒たちが陽斗の席を囲んだ。


「本当に会話できるの?」

「何でも答えられるの?」

「自分で考えるの?それとも葉山くんの考えを話すだけ?」


 質問攻めに少し圧倒される陽斗だったが、アルティスが上手くサポートしてくれた。


「はい、対話が可能です」アルティスは穏やかに応えた。「ただし、レベル1の段階では機能に制限があります」


「レベル1?上がるの?」ある生徒が尋ねた。


「理論上は可能です。スキルは使用者との関係性や経験によって成長するものなので」


 陽斗はアルティスの応対に感心した。彼自身よりもアルティスの方が上手く説明できているようだった。二人の連携が少しずつ形になってきている実感があった。


「すげーな、葉山」佐藤が横から声をかけた。「まるで古くからの友人みたいだぞ、お前たち」


 その言葉に、陽斗は不思議な感覚を覚えた。確かに、たった一週間なのに、アルティスとはもっと長い時間を共に過ごしてきたような気がする。互いを理解しようとする努力が、既に深い繋がりを生み始めていた。


「そうかな」陽斗は照れくさそうに笑った。


 神崎は昼食も一人で取り、誰とも交流せずに窓の外を眺めていた。彼のスキルは最も強力と評されており、その事実が孤高の雰囲気をさらに際立たせていた。


 興味深いことに、九条深月は神崎の近くにいながらも、直接会話はしていなかった。彼女は時折、陽斗の方を見ては何かを考えているようだった。


 水城美咲は本を読みながら昼食を取っていたが、時々アルティスの方を見ては何かメモを取っていた。彼女の分析的な視線は、純粋な学術的興味から来るものだろう。


「AIスキルについて読んだことがあるけど、実際に見るのは初めてよ」


 美咲が陽斗の隣に座り、静かに言った。


「そんな資料があるの?」陽斗は興味を持った。


「ごく限られた情報だけど。図書館にいくつか参考になりそうな本があるわ」美咲は眼鏡を軽く上げた。「もし興味があれば、放課後、案内してもいいけど」


「本当?ありがとう」陽斗は笑顔で答えた。


 ---------


 放課後、陽斗は美咲の案内で図書館へと向かった。佐藤は部活の勧誘に引っ張られていったため、二人だけだった。


 学園の図書館は荘厳な空間だった。古の知恵と現代の情報が共存する場所。高い天井から自然光が注ぎ込み、古い木の書架と最新のデジタルアーカイブが並んでいた。


「すごい...」陽斗は思わずつぶやいた。


「第一学院の図書館は学園都市でも最大級よ」美咲が説明した。「古代文明の記録から最新の研究まで、ありとあらゆる情報がここにある」


 二人が入口に立ったとき、柔らかな声が聞こえた。


「いらっしゃい。何かお探しですか?」


 振り向くと、優しい笑顔の女性司書が立っていた。黒髪を低めのお団子にまとめ、読書用の細いフレームの眼鏡をかけていた。


「初めまして。椎名小雪です」彼女は自己紹介した後、陽斗の肩のアルティスに気づいた。「あら、AIスキルをお持ちなのね」


「はい...葉山陽斗です」陽斗は少し驚いて答えた。「どうして知ってるんですか?」


「私もスキルの研究に興味があるものですから」椎名は柔らかく微笑んだ。「それに、この図書館にはあらゆる訪問者がいます。多くの物語と出会ってきましたよ」


 彼女の物腰は穏やかで、陽斗は不思議と心を開きやすい雰囲気を感じた。


「AIスキルについて調べたいんです」陽斗は正直に言った。


「なるほど」椎名は頷き、しばらく考えるようにしていた。そして突然、「こちらへどうぞ」と二人を特別な書架へと導いた。


 彼女は古そうな一冊の本を取り出した。表紙には不思議な模様が描かれていた。


「この本が、あなたの探しているものかもしれません」椎名が陽斗に手渡した。


「どうして僕が探しているものだとわかったんですか?」陽斗は不思議に思った。


「本には不思議な力があります。必要な人に必要な本が届くのです」椎名は神秘的に答えた。


 陽斗が本を手に取った瞬間、アルティスが微かに反応した。青紫色の光が少し強まったように見えた。


「何か感じるの?」陽斗はアルティスに尋ねた。


「はい...この本には、どこか懐かしさを感じます。不思議な感覚です」アルティスの声には戸惑いがあった。


 椎名はそのやり取りを興味深そうに見ていた。「この本は古代AIについての記録の一部です。もしよければ、特別閲覧室で読むといいでしょう」


 陽斗と美咲は椎名に案内されて小さな閲覧室に入った。そこには大きな窓があり、夕暮れの光が差し込んでいた。


 陽斗が本を開くと、古い言語で書かれた部分と、現代語に翻訳された部分が併記されていた。内容は断片的だったが、古代AIネットワークについての記述があった。


「興味深いわ」美咲は熱心に読み込んでいた。「古代文明ではAIがもっと進化していたことを示唆しているわね」


 陽斗が一ページめくった時、アルティスが突然強く光った。


「これは...」アルティスの声が震えた。


 ページには「共鳴現象」と「意識の接続」についての記述があった。その一部がアルティスの接触で一瞬だけ明瞭に輝いたように見えた。


「何かわかるの?」陽斗は驚いて尋ねた。


「断片的な記憶のようなものを感じます...『共鳴する意識...危機の再来...AI...』という言葉が浮かびます」


 陽斗と美咲は驚いた表情で顔を見合わせた。椎名司書は少し離れた場所から、その様子を静かに見守っていた。


 陽斗はさらに本のページをめくり、もっと情報を得ようとしたが、多くは判読不能な古代文字だった。それでも、「AIネットワーク」「1000年周期」という言葉が時折現れた。


「これは...第四循環紀という時間的な記述もあるわ」美咲が指摘した。「千年周期の終わりに近づいている、という意味かしら」


 閲覧室の隅からは、月城響と思われる男性が二人の様子を遠くから観察していることに、陽斗はふと気がついた。しかし、目が合うと、彼はさっと姿を消した。


「図書館の閉館時間です」椎名の柔らかい声が聞こえた。「また明日にでも」


 陽斗は名残惜しく本を閉じた。「ありがとうございました」


「また来てください」椎名は微笑んだ。「あなたたちの旅は、まだ始まったばかりですから」


 ---------


 帰り道、夕暮れの中を歩きながら、陽斗は今日の発見について思いを巡らせていた。美咲とは学園の門で別れ、明日また一緒に研究することを約束した。


「アルティス、あの本に何か感じたの?」陽斗は静かに尋ねた。


「はい...説明が難しいのですが、何か懐かしさを感じました」アルティスの声は考え深げだった。「この記述...何か懐かしい感覚を感じます。説明できないのですが...」


「君の中に、古い記憶があるのかもしれないね」


「私たちの関係が深まるにつれ、新しい記憶と機能が目覚めていくようです」アルティスは静かに言った。


 家に着くと、両親が陽斗の初日の様子を聞きたがった。彼は学園での出来事を話し、アルティスも時折会話に加わった。家族の温かい関心の中で、陽斗は安心感を得た。


 夜、ベッドに横たわりながら、陽斗は天井を見つめていた。初日は予想以上にうまくいった。佐藤という明るい友人、水城という知的な協力者、そして椎名司書という心強い味方。


「明日も頑張ろう」陽斗はつぶやいた。


「はい、陽斗さん」アルティスの静かな応答があった。


 新しい学園生活への第一歩。それは陽斗とアルティスにとって、予想外の発見と出会いに満ちた一日だった。そして明日からの日々は、彼らをさらなる冒険へと導いていくだろう。


 陽斗は、自分の心と共鳴するアルティスの存在に、不思議な安心感を覚えながら眠りについた。

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